これからは、少しでも気になることがあったら隠さず相談する、自分一人で考え込まない、という約束をすることでウタくんはようやく納得してくれた。
 わたしからしてみれば、ウタくんだってよっぽど秘密を持っているし、わたしに教えてくれていないこともたくさんあるような気がするから、理不尽と言えば理不尽にも感じてしまうけれど。それでも、喰種の世界のことをあまり知らないわたしが安易に首を突っ込んでいいことではないっていうのも分かっている。それにウタくんは、きっとわたしを裏切ったり、危険な目に合わせたりするようなことは絶対にしないのだと思う。だからウタくんが線引きをすると決めたことに関しては、わたしは何も口出ししないでおこうと決めたのだ。
 ウタくんから見たら、きっとただの人間のわたしはあまりにも脆すぎて、心配で、目が離せないのだろう。わたしが分かってるつもりで、分かっていないことはたくさんある。ウタくんのマスク作りや、たまのお仕事、仲間と呼んでいるひとたちのしていること――それはわたしの手のひらで受け止めるには、きっとあまりにも重すぎる。ウタくんはそれを知っているから、わたしには教えてくれないのだと、思う。


「ウタくん、もうここでいいよ?」
「んーん。会社まで送るよ」


 あれからというものウタくんは、毎日わたしを送り迎えしてくれるようになった。朝は満員電車に一緒に乗って会社の近くまで送ってくれるし、帰りも会社の前で待っていてくれる。しばらくは念のためこうしよう、っていうウタくんの提案に乗ったのはわたしだけど――さすがに毎日だと申し訳なくなってしまうというか。
 ウタくんはやっぱり少し過保護、だと思う。わたしだって子どもじゃないし、もう言いつけを破って寄り道したり、もちろん危険なところに行ったりしないし、不用意にナンパされたりしない、はず、なんだけど。


「そうかな? でも、誰がいつどこで、君のこと見てるかわかんないよ」
「そうだけどー……」
「それに、これはぼくがしたくてしてることだから」


 いいんだよ、と言うウタくんはたしかに、無理をしているわけではないのだと思う。きっと本当にわたしのことを想って、心配して、そうしてくれているんだということは、わたしも分かっている。それでも負担になってしまっていることに対して、どうしても心にもやがかってしまうのだ。守ってもらうばかりの自分が、どうしようもなく情けなくって。

 そうやって漫然ともつかないままに迎えた土曜日、お風呂上りにドラマを見ていたそのとき、スマホに一本の電話が入った。親戚のゆき姉ちゃんだ。しばらく会っていなかったから、少し珍しく思いながら通話ボタンを押してみる。一体どうしたんだろう?


『もしもし? 久しぶりー』
「ゆき姉、久しぶり! どうしたの?」
『実は、急で申し訳ないんだけどさ……明日空いてない?』


 ゆき姉は数年前に結婚して、今年で4歳になる子どもの宗太郎くん――そうちゃんがいる。聞けばどうやら、明日はゆき姉夫婦の結婚記念日で、実家にそうちゃんを預けて旦那さんとデートをするはずだったのに、運悪くおばさんが風邪で寝込んで預けられなくなってしまったらしい。


『もうレストランも予約してるし、二人で出かけるのも久しぶりなんだよね。だからどうしても行きたいんだけど……』
「そっか……うん、そうだよねえ」
『てことで明日一日、宗太郎を預かってくれない?』
「えっ!?」


 突然舞い込んできた重大な任務に、思わず声を荒げる。コーヒーを淹れていたウタくんがキッチンからこっちを覗き込んで、不思議そうな顔をしているのが目に入った。  明日、一日、そうちゃんを預かる――。結局わたしはゆき姉に押し切られ、了承してしまった。小さな子どもを預かるってなんだか緊張する。不安は半分……だけど、久しぶりにそうちゃんに会える楽しみの方が今は大きい。電話を切って、わたしはソファからぴょんと飛び跳ねて、ウタくんの傍へ駆け寄った。


「ねえ、明日、親戚の子を預かることになったんだけど、いいかな?」
「へー。いいんじゃない」
「わ。あっさりオッケーだね?」
「うん。ちゃん、楽しそうだし」


 久しぶりに元気に笑ってるところ、見たから。
 ウタくんは少し切なそうにそんなことを言って、わたしの頬を冷たい手でするりと撫でた。ああ、わたしはウタくんがそう思ってたなんて知らなくて、また心配をかけていたことをようやく自覚して頬がかあっと熱くなる。ウタくんはわたしの心の中なんか簡単にお見通しなのだ。だってこんなに近くに、となりに、いっしょにいるんだから。
 ウタくんの胸に飛び込んで、首筋に抱きつけば、大きな手がわたしの背中をぽんと撫でた。安心する温度、淹れたてのコーヒーの香り、いつも通りの日常がここにある幸せに、わたしは改めて気がついた。


「ウタくん……好きだよ」
「ふふ。知ってるよ」
「ウタくんが思ってるより、何倍も何倍も好きだよ!」


 恥ずかしいことを言っているのは分かってる。それでも口にしておかないと、ウタくんに伝えないと、気が収まらなかったのだ。ウタくんはそっかと嬉しそうに笑って、わたしの頬にキスを落とした。一緒にコーヒーを飲もうと誘う指先がわたしの手指に絡む。もう一度ウタくんの胸に額を預けると、反対側の手がわたしの頬やくちびるの辺りをするするとなぞって、そっと上向かせた。


「あんまり可愛いこと言ってると食べちゃうよ」
「……だめ」
「え。ここにきてお預けなの?」


 ひどいなあ、と苦笑いしたくちびるがそのまま重ねられる。お預けなんか少しもされてくれないくせに、そんな風に言うのはずるいなあ。
 それからふたりでコーヒーを飲みながら、明日のことを少しだけ考える。そうちゃんはまだ小さいし、家の中だときっと飽きちゃうから、お弁当を作って、どこか公園にでも行こうかな。きれいな紅葉が見られるはず。最近は家と会社の往復だったから、良い気分転換になりそうだ。うん、楽しみ。わたしは色々と考えてしまって、なかなか寝付けずに次の日を迎えることになった。




(170423) 秘密と一緒に暮らすコツ

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