「あ、カネキくんだ」
 振り返った先にはウタさんがいた。大きなサングラスをかけて街の中にいる。僕は新刊のハードカバーを買うために少し遠出をした帰りで、色んな格好の人たちがいる街の中でも、ウタさんはなかなか奇抜で少し目立っている……ように感じるけれど。ウタさんは気にしてないのかな。まあ、裏路地によくいるパンクなお兄さん……って感じで、あんまり関わりたくない気もするし、いいのかもしれない。
「ウタさん、どうしたんですか? こんなところで」
「うん、ちょっとね。これからデートなんだ」
 だから待ち合わせ。と言ってウタさんは楽しそうにきょろきょろしている。この前話してくれた、人間の彼女さんだ。トーカちゃんは複雑そうな顔していたけれど、ウタさんはきっとすごく幸せなんだと思う。ウタさんは表情をあまり変えないけれど、それでも僕にも分かるくらい愛おしそうに語っていて、僕の方が照れてしまったから……。
 一体どんな人なんだろう。ウタさんが好きになってしまった、っていうくらいだから、すごく美しい人なのかな。
「あ、来た。ちゃん、こっち」
 ウタさんが指さす方を見やれば、一人の女の子がこちらに向かって歩いてきていた。セミロングの茶髪で、背丈は小柄で、華やかなメイクがよく似合っている……なんというか、普通の大学生、って感じの子。上井大学にもよくいるっていうか、今時よく見る感じの女の子だ。なんて、こんなこと言ったら失礼かもしれないけど、正直意外だったのだ。もっと激しい感じを想像していたっていうのもあるけれど、あまりに普通の、人間の女の子だったから。
「ウタくん、このひとは……」
「カネキくんだよ。前に話したよね」
「ああ、あんていくの?」
 ウタさんはごく自然に、駆け寄ってきた彼女の手を取って、ゆるく自分のほうに引き寄せる。僕の目の前、なんてこと少しも気にしてないみたいだ。彼女はウタさんに寄り添って、僕を見てにこっと笑った。多分僕の事情を知っているのに、あまり怖がっている様子ではなかった。
「初めまして。です」
 愛想が良くって、きらきら輝いて見える。こういう華やかなひと、前はもっと苦手だった。でも今はむしろ、ウタさんの恋人って思っているからか、グールの傍にいる人間だからか、親しみのような安心感がある。
「カネキ……です。金木、研」
 ぎこちなく挨拶をする僕を見て、ウタさんは楽しそうにしていた。さんの手はしっかりと捕まえて、自分のほうに寄せたまま、「仲良くしてね」と言いながら首を傾けて彼女を見つめる。さんはそれに応じて、頷いた。息が合ってるというか、さんはウタさんのことを全部分かっているのだと、ウタさんは彼女にすべてを委ねているのだと、そう言っているような感じだった。
「じゃあね、カネキくん」
「今度もっとお話しようね」
 僕に背を向けて、笑い合いながら行ってしまうふたりが、どうしようもなく羨ましくなる。僕には分からない強いつながりのようなものが、たしかにそこにあったのだ。喰種と人間でも、幸せになれるのかな。あのふたりを見ていたら、そういうのもきっと、夢物語じゃないんだって、思った。




残されたまなざし (140726)




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