冷たいメジャーが頬に当たる。輪郭のサイズを測る手つきはあまりに念入りで、ぞっとするほど優しく丁寧だ。こんなにもたくさんデータを取らなくたって、ウタくんはきっと立派なマスクを作れるはずなのに。必要ないでしょうと聞くと、「そんなことない」と当たり前のように返事をしたウタくんの爪先が、わたしの首を絡め取るように頸椎のあたりをなぞった。
「ぼくには必要なデータだよ」
 目を開けていい、とはまだ言われていないから瞑っておく。彼の意のままにしている身体が、彼のぬるい温度にいちいち敏感に反応してしまうのが、我ながらあまりに素直だと思った。採寸は何度やっても慣れなくて、なんだか気恥ずかしくなってしまう。彼の赤い目に、身体の隅々まで見られているような気がしてくるのだ。
「このかたち、いいよね。大好きだ」
 ウタくんはわたしの輪郭が好きなのだといつも言ってくれる。ゆっくりとわたしの耳の大きさと、耳の付け根からあごまでの距離とを測っていたウタくんの手は、しだいに逸れてついに首の後ろへと回った。わたしの髪を撫でるようにつかんで、ウタくんの鼻が首にくっつく。
「美味しい匂いがする」
「ウタくん、くすぐったい……」
「もう少しで終わるから、我慢してね」
 いったい、彼はいつもこの採寸のおわりをどこに設定しているのだろう。唇についている銀のピアスが肌に触れたから、冷たくて身をよじると、わたしが目を開けてしまったことに彼は少しがっかりした顔をして見せた。「あーあ」、メジャーなんてもう彼の手の中にしっかり納まっていて、わたしの耳たぶや首の厚みを測るのは、もう彼の指と唇しかないのに。
「目開けちゃった」
「だって、もう測ってないから」
「だめだめ。今度は味見しなきゃ」
 なんて当たり前のような顔をして、首筋に吸い付くから笑ってしまった。わたしがくすくす笑えば、ウタくんもつられるように笑顔になる。彼の膝の上に乗っているわたしの体は、彼にとってただの食べものじゃないのだ。わたしにはそれが嬉しかった。彼に人間として愛してもらっていることが、何よりも嬉しい。
 ウタくんのぬるく優しい唇がわたしの鎖骨にかじりついて、柔らかい舌でそれをぺろりと舐め上げる。彼になら食べられても良い、なんて崇高な愛を語るにはまだ時間がいるけれど、彼の舌はわたしを食べるためではなく愛するために動くから、こんなにも身体が熱くなるのだと思う。わたしはウタくんを愛している。ウタくんもきっと同じように。だからわたしのことを食べたりしないのだ。
ちゃん、また来てくれる?」
「もちろん来るよ」
「ぼくのこと愛してる?」
「うん、愛してる。大好きよ」
 その赤い瞳はわたしを愛するためにいつも優しく、幸せそうに笑う。これが幸福じゃなければ何なのだろう。世界に存在する恋という以上の存在を、わたしは知らない。




きみがここに触れて (140718)




inserted by FC2 system