場馴れしている様子はないが、ただの箱入りのお姫様というわけでもないのだろう。どうせ今夜も夜枷に付き合ってはくれないのだろうし、ちょっかいをかけるついでに道具を持ち出してみた。あんたは忍びについて知りすぎている。ただのお姫様なら、仕込みクナイや毒針の隠し場所なんか、ふつう勘付きもしないもんですよ。とても戦いなんか出来そうにないその身体で、一体なにを知っていると言うんですかね。 「なにも知らないわ。ただ此処に来る前、側近のくのいちに色々と教わっただけよ。縄抜けの仕方とか、急所のつき方とか」 「ほう、随分と物騒なことまで。なぜそのように?」 「前の城にいたころは、貧乏だったから。自分の身はある程度守れるようにしなきゃと思っていたの」 体術なんかも習ったけれど、自分のものには出来なかった、と。たしかに見るからに弱そうだし、気迫や覇気なんかも感じられないし、きっと本当に知識を持っているというだけなのだろう。此処には勇士たちがいるから戦う必要もない。 「わたしでも出来そうなことを教わっただけよ」 「そうですねえ。護身術くらい覚えておいても損はないでしょうし」 今ではもう、随分と日よっているような気がしますケド。俺が姫の鼻先をくすぐりながらからかうと、珍しくむっとした顔をしてみせた。日よっている、と言われたのが癇に障ったのだろうか。ああ、でもそういう強気な一面もまた、なかなかソソりますよ。 「じゃあ、試してみます?」 この縄で縛ってあげますから、抜けてみてください。手加減はしませんよ。 姫の細っこい手首にぎゅう、と縄を締めつけていく。ああ、いいですねえ、その表情。縛られると分かっていて手を差し出すのとか、痛いのを分かって顔を背けるのとか、いちいち煽られちゃいますヨ。 「いっ……!」 痛い、と無防備な悲鳴が上がった。可愛い声だ。縄を巻きつけるだけで、華奢な骨がぎしぎしと音を立てるのがわかる。可哀想デスけど、縄抜け出来るって言ったのは姫のほうですし。ちゃんと折れない程度には加減してますから大丈夫ですよ。 「半蔵……、少し強すぎない?」 「まだまだですよ。本当はこんなもんじゃ済まされないですよー?」 縛られ方から見て、姫は一応ちゃんとした縄抜けの方法を知っているようだった。きっと姫みたいな女相手なら、手首拘束くらいで済まされるんでしょうけど、俺くらいになると念には念を入れてしまうんデス。手首を縛ったら今度は、親指。細い縄をクルクルと結び付けて、ぎゅっと結わえたらおしまい。ちらりと見やれば姫はだいぶ驚いた顔をしていた。計算外って顔ですねえ。まさか親指まで縛られるとは思ってませんでした? 「ささ、どうぞ。抜けてみてください」 くちびるを可愛くとがらせて、俺を控えめに盗み見ながら、指を返して縄を外そうとする。普通の手順ならうまく外れるんでしょうけど、そっちにも細工を入れてるんデスよ。そこを広げようとすると、かえって食いこむように縄を絡ませてあるんです。言ったでしょ? 手加減はしないって。 俺があんまりニヤニヤと見ているものだから、姫はついに困惑した顔でこちらを見上げてきた。半蔵、と不満そうに俺を呼ぶのが、なんともいとおしい。 「こんなの……外れないわ」 「あれ? もう降参ですか」 「こんな結び方、知らないもの」 胸の前で両手首をすり合わせて、おそるおそると言った様子で俺を見やる。なに、もしかしてビビっちゃってるんですか? それとも、痛くて痛くて耐えられない? じりじりと距離を詰めていくと、萎縮した表情のまま後ずさりをした。そんな風にされると、もっといじめたくなっちゃうのが男ってモンでしょ? 拘束した手首をつかまえて、高く掲げさせる。ああ、皮膚が擦れて赤くなっちゃってますねえ。このままじっとしていたほうが身のためだと思いますヨ。 「俺の勝ちですね、姫。やっぱりアンタを捕えるのなんか簡単だ」 「半蔵……もうほどいて」 「まだ駄目です。俺に付き合ってくれるんデショ?」 姫の怯えた瞳ほど、ゾクゾクさせられるモノはない。固く結ばれた手首に口づけをしながら、ゆっくりと身体を押し倒す。抵抗する術を持たない姫は、ぽかんとした様子で俺を見上げている。がら空きの首元に顔をうずめて、うすっぺらな鎖骨、胸元に一つ、また一つとくちびるを押し当て、最後に首筋に強く吸いつけばすぐに赤紫色の痕がつく。ここまでしたら、怒られちまいますかね。身をよじる姫を組み敷いて、その表情を覗き見ると、うっすらと頬が赤らんでいるのに気づいて、ますます昂ぶるのを感じた。 癖になりそうだ。人のモノを手に入れるっていうのは、これ以上ない快楽と刺激を感じさせてくれる。 「姫、アンタがして欲しければ、俺は毎夜でも手ほどきをしてあげますよ。縄抜けでも急所のつき方でも……男の悦ばせ方でも、なんでもね」 じゃないとアンタはこんなに日よっちまって、簡単にヤられちまいますよ。するりと、その腰をゆっくり撫でてやれば、怪訝なひとみが刺すように俺を見上げた。ああ、ゾクゾクする。たまらねーデスよ、その顔も。 …………でもまあ、今夜は。 「――――なにやってんだよ、てめえ!」 牽制も兼ねてますんで、この辺で勘弁しといてあげますヨ。 ちゅ、と姫の喉元にくちづけをした瞬間に襖が開いた。気配を殺していたみたいデスけど、殺気がぜんぜん隠せてねーデスよ。わざと姫を抱きしめるようにして、横目でソレを睨む。霧隠才蔵。俺が夜ごと姫の部屋に遊びに来ているのを、快く思ってないヤツのひとり。 「なにって、夜這いですよ。見てわからねーんですか」 「ふっざけんじゃねーよ! 離れろ! おまえもなに押し倒されて……縛られてんだよ?!」 「才蔵、これはね、半蔵が特訓してくれるっていうから」 「特訓!? なんのだよ! いいから離れろ!」 「姫にお願いされたんデス。縛ってくれって。そんなの、男として応えない訳にはいかないデショ」 「半蔵ったら意地悪なのよ。きつく結ぶし、手加減してくれないし……」 「すみませんね。でも、姫のせいですヨ? あーんな可愛い顔するから、ついつい加減が出来なくなっちゃいました。ああ、思いだしてもグッとキますよ」 「……!! なにを訳のわかんねえことを……! てめえ、離れろ!!」 「嫌ですヨー。才蔵ってば、おっかないデスねえ、姫!」 「才蔵、落ちついて。わたしは大丈夫よ。ねえ半蔵、ほどいてくれる?」 「はいはい。続きはまた今度にしましょうか? ねっ!」 「ねっ、じゃねえんだよ!!! てめっ、こら! べたべた触ってるんじゃねえ!!」 |