天井裏から覗きこむといつも通りのすました横顔が目に入る。こんな夜更けに、まだ起きているなんて悪い姫様ですね。男の夜這いを待っているって言うんならもっと、色気のある居住まいでいてくれなくちゃ。掻き立てられるモンも掻き立てられねーでしょ? ねえ、姫君。

「――――!」

 背後から抱き寄せて、騒ぎ立てそうなくちびるを片手で塞ぐ。とっさに息を飲んだ姫は、身を固くして俺を振り返った。怯えた様子が可愛くってつい笑みがこぼれる。どうやら俺は、姫のこういう顔が見たくて見たくてたまらないらしいのだ。毎晩ひとり寂しく眠っている姫君が、退屈を持て余しているのはあんまり可哀想だから。あの手この手で楽しませてあげる俺の気持ち、汲んでくれたっていいんじゃねーデスか。

「もう、半蔵ったら。離して」
「いやですよ。もっと堪能させてくださいヨ」

 擦りよれば花の香りが鼻腔をくすぐる。うん、この匂い。やっぱり心地のいい女の匂いだ。首筋にくちびるを這わせると姫はくすぐったそうに身をよじる。ここで甘い声のひとつでも上げてくれりゃあ、盛り上がるっていうのに。姫はどうもそういうコトには疎いようで、なんの危機感も感じてくれないらしい。はあ、これじゃあ殿も才蔵も、さぞ苦労しているんでしょうねえ。

「こんだけ体張ってあげてんだから、少しくらいご褒美くださいよ」
「そういえば、怪我はどうしたの?」
「まだ痛いですヨ。姫が触ってくれたら治るかも」

 その手を取って、するりと俺の腹を触らせてみる。案の上、姫の手は包帯の上をゆるゆる動いて、可哀想にと労わるように撫でてくれた。きっとあんたはなんのためらいもなく、俺に触れるんだろうと思いましたヨ。つくづく甘っちょろいお姫様だ。本当はあんな怪我、もう治っちゃってますけど、姫が俺を慰めてくれるっていうから、わざとらしく顔を歪めて痛がってみたりして。

「あいてて」
「! 大丈夫、半蔵?」

 覗き込んできたいたいけな頬に触れて、ゆっくりと近寄る。俺を心配するあまり、どれほど距離を詰めているのか、姫には自覚がないようだ。こんな夜半に、部屋で男女がふたりきり。こんなに近く密着している……となると、これはもう、さすがの姫でもその気にならざるを得ないでしょ? 白い手をつかまえて、細い腰を掻き抱いて、そのまま強く抱きしめる。ほら、あんたはこんなに華奢だ。連れ去ることなんか容易にできてしまうんですよ。

「……俺が十勇士になったとき、姫も不安がっていたらしいですね。自分を攫いに来た不届き者が、何故、と思ったんデスか?」
「それは……。あなたのこと、不審者だと思っていたもの」
「はは、違いねえ。それでも旦那様の言うことには従うってワケですかね」
「なにか策があるんだと思ったから。それに、あなたは怖いけれど……わたしを殺そうとしたり、無理やりに連れて行こうとしてるわけじゃなかったもの」

 ふうん、俺がただの暇つぶしでちょっかいをかけていたことに、気づいていたというわけか。人の殺気を嗅ぎ分けるとはさすが、信州上田の姫だ。なにか教え込まれているんだろうか。見たところなんの変哲もないお姫様に見えますけどね。
 俺がいぶかしんでじいっと見下ろしているのを、特に不思議がる様子もなく、ただ黙って受け入れている。そう無邪気に見つめられてしまうと、興が覚めちまうんですけどねえ。せっかく抱きしめてんだから、もっと色っぽい表情とか、恥じらった仕草とか、してもらいたいんデスけど。
 このままどう悪戯してあげようか考えていると、ふいに伸びてきた手のひらが、俺の頬に触れる。なにをするかと思えば両手で包み込んで、姫はふふと笑った。

「こんな怪我をしてまで守ってくれてありがとう」
「!」
「あなたはきっと真面目なのね」

 ……真面目なものか。いつでも自利のために働くような俺が。そんな風に言われたのは初めてですヨ。まあ、姫にそう見えているって言うんなら、特別に否定する必要もないけれど。俺が困惑しているのを分かってか、姫は楽しそうに笑って覗きこんでくる。ひどく無防備だ。俺を少しずつ信頼しているのだと分かって苦しくなる。……仲間だの絆だの仲良しごっこは嫌いデスけど、姫が笑っているんならそれでも良い気がしてきますよ。こういう気分は、なんて言うんですかね?

「あんたのせいですよ。責任取って俺を楽しませてくださいね」
「たとえば、どうやって?」
「そうデスね。俺の趣味に付き合ってくれるとか」
「いいわよ。そのかわり、わたしにも付き合ってね」

 その了承、しっかり聞きましたヨ? もちろん俺の趣味が、あんたの言う花札や散歩なんかと違うってコト、ちゃあんと分かってますよね。こんな夜更けに、部屋を訪ねてきた男とふたりっきり。するコトなんか、ひとつしかないでしょ。

「待ったはナシですよ」

 きょとんとした瞳を覗き込めば、ゆらりと欲望がうごめいた。小さなあごを捕えて、その無防備なくちびるをふさいでやると、甘い甘い菓子のようなあたたかさが伝わってくる。ああ、イイ。このいたいけなくちびるも、華奢な手足もぜんぶ俺の物にしてしまいたい。この白い肌のあらゆる場所にしるしを残して、誰の手にも触れさせないように――――。
 震える肩を押して、ほどけた手のひらに指をからめて畳に縫いつける。冷たく見下ろせば、その瞳が熱っぽくうるんでいるのに気がついた。ああ、ようやく、気づいてくれました? 俺があんたをどうしたいと思っているのか。無防備すぎるあんたを、今すぐ喰らいつくしたくてたまらないってコト、とか。

「……続きはまた今度にしましょうか」

 ほら、夜半の密室に男とふたりきりでいるのなんか、危ないでしょ? あんたはもっと気をつけなくちゃいけねーんデス。じゃないと俺みたいなのに夜這いされてぺろりと喰われちまう。ちょうどそんな風に色っぽい姿で見上げられちゃったりすると、もう止まんなくなっちまうんデスよ。ねえ、姫君。

「明日は俺を待っていてくださいネ」

 殿でも、才蔵でもなく俺をね。きっと一番満足させてあげられますから。そしてもう二度と、俺のことを忘れらんないようにしてあげますよ。ね、いいでしょ、姫。俺はあんたのこと、こんなに欲しくてたまらねーんデスよ。



うるわしゆめ 141227


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