たとえばわたしが到底おしとやかな女子とは言えないような気の強いことを言っても、槙島さんはさして気にする様子もなく、うっかり男子顔負けの荒っぽい言葉遣いをしてしまっても気にする様子もなく、素直な言葉をひどく乱暴にぶつけてしまっても、特別に気にする様子はない。
 これはもしかしなくとも、槙島さんはわたしに興味がないのではないか、と思った。槙島さんはいつだってわたしの発言をいなしてくれるし、ふとした問いかけにも欲しい答えをくれる。気づかなかった視点を教えてくれたり、素朴な感想を伝えてくれたりもする。けれどそれは槙島さんが賢いからで、わたしレベルの会話なら特に不都合がなく、差し支えないというだけなんじゃないか、と。
 わたしに興味があると口に出して言いはするけれど、それがどこまで本心なのか分かったものじゃない。そもそも、一緒にいて楽しいんだろうか。わたしとデートをして、槙島さんはちゃんと楽しいとか、面白いって思ってくれてるのだろうか? 疑問だ。槙島さんの期待するものを与えられているのか、わたしには全然分からない。それでなくともなにを求められているのか、見当もつかないというのに。

「楽しいよ。君のそういう、歯に衣着せないところは好きだ」

 率直に聞けば、率直な答えが返ってきた。
 予想外の答えに押し黙る。ああ、やっぱり槙島さんは変だ。そういうことを面と向かって、照れずに言えるなんて。

「それに、意外とうぶなところもね。君が思っているよりずっと、君はすごく魅力的だよ」

 テーブルをはさんで、にこにこと微笑んでいる槙島さんを、もうまともに直視できそうになかった。槙島さんの思惑通りの罠に引っかけられて、馬鹿の一つ覚えのように頬が赤くしてしまうわたしを、きっと面白そうに眺めているのだろうと思ったら、その余裕の笑みすら憎らしくなってくる。わたしは翻弄されてばかりだ。槙島さんはきっと子どもを騙すくらいのつもりでいるのかもしれないけれど、わたしはそういうのに慣れていないのだから、加減をしてほしい。槙島さんだってそれをよく分かっているくせに。


 なんやかんやと言い合っていると、時間はあっという間に過ぎていった。丁寧で精巧なつくりをしたコース料理がすべて出終わって、デザートまでしっかりと味わいつくして、心の底から満足する。
 きっと普通に生活していたら、こんな高級な場所には一生来ることはなかったのだと思う。オーガニック食材を使って、オートサーバではなく一品一品、人が手作りをしているレストラン。ケータリングの食事よりも質がさらに上がる。味はもちろん、それはもう、とんでもなく美味しかった。けれどこれに味をしめたら、わたしはもう元の生活には戻れなくなってしまう気がする。これは今しか味わえない、とっておきの贅沢なのだと、よく肝に銘じておかなくちゃ。癖になったらいけない。

 お会計もいつの間にか済んでいて、わたしはただ槙島さんのあとをついて店を出るだけだった。スマートな対応に当てられてうっかり眩暈がしそうになる。わたしには一円も払わせてはくれなかった。槙島さんはさも当然のような顔をして、ただわたしの手を取って車へと連れて行ってくれるだけ。ああ、やっぱり少しも隙がない。どこまでも計算しつくされた、完璧な大人の対応だ。
 槙島さんの手は意外と骨ばっていて、わたしの手なんかすっぽりと包んでしまうくらいに大きい。真っ白なシャツをうしろから眺めながら、槙島さんのことを考える。この非日常のエスコートに、手のひらの温度に、清潔で上品な香りに、慣れてしまったらもう、戻れなくなるような気がしたのだ。胸の奥が熱く震える。癖になったら、いけない。ふいに振り返ったその微笑みになんだか切なくなって、もうこの手を握り返せなくなった。


「また食事に誘っても?」
「……わたしでよければ」
「ああ、もちろん。君がいいんだよ」
「……! そ、それより! ちゃんと自分で洗濯とか、掃除とかしてます?」
「そうだね。それに関してはきっと、君の予想通りじゃないかな」
「してないんだ……」
「やっぱり効率も悪いし、手慣れた人がやってくれたほうがいい気がするんだ」
「…………」
「そんな目をしないでよ。一応、考えてはいるよ」
「なにをですか?」
「どう頼んだら、君が手伝いに来てくれるかなってこと」


 黙ってしまったわたしを見て、やっぱりストレートに言うのが一番かな、と槙島さんは悪戯に笑う。さっき握り返さずにいたわたしの右手を掴んで、自分のほうに引き寄せる。まるで王子様のするみたいに、手の甲に口づけを落としながら、今度は僕の家においでと、悪魔のように囁いた。
 これがアラサーの本気だろうか。うっかりその気になって、照れたりなんかしている自分が憎い。


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