このまえ家に行ったのをカウントしなければ、今回が正式な2度目のデートになる。学校帰りのわたしを迎えに来てくれるというから駅で待っていると、高そうな車が目の前に止まった。まさかと思ったのもつかの間、窓を開けてこちらを覗いてきたのはやはり槙島さんだった。
 もうなにを持って来られても驚くまい。お父さんの年収が余裕で飛ぶくらいの高級車だけど、槙島さんが乗っていても嫌味くさくないのだからなんだか悔しい。この道楽お坊ちゃまめ。立ち尽くすわたしを見て、おまたせと微笑む横顔さえ、ハマりすぎていてうっかり見惚れる。ごまかすように助手席に飛び乗ればふわりと良い匂いがした。香水の匂いだろうか。槙島さんによく似合う、清潔で上品な香りだ。
 オートドライブ車が主流の昨今とはいえ、男の人がハンドルを握って運転をする仕草はどうしてこんなに格好良いんだろう。騙されちゃいけない、と思って窓の外を見ると、ちょうど雲の向こうに夕焼けが隠れていく瞬間だった。オレンジがぼやけて、薄い紺色に混じっていく。まるで幻想的な景色が非現実をつれてくるみたいに。槙島さんの運転する車に乗っているのも、これからふたりで夕食を食べに行くのだということも、全部がうそみたいだ。非日常、誰も知らない場所……曖昧なふたり。



「ずいぶんと落ち着かないね」

 槙島さんはくすっと笑ってハンドルを切った。なんだか色んなことを、すべて見透かされているようで萎縮する。なんとなく緊張してしまっている。男の人の車で、二人きりでドライブをするのなんかはじめてだから。
 何度も会っているわけじゃないのに不思議と居心地は悪くない。槙島さんの空気、話し方、声のトーン。全部が、馴染んでいくみたいだ。不思議。やっぱりシビュラ判定の相性が良かっただけあるのかな。

「槙島さんは、慣れてますね。今までどれくらい彼女がいたんですか」
「彼女がいたことはないよ」
「……それはうそだ」
「まあでも、色々と経験はしてきたかな」

 な、なにを!と息巻いて槙島さんのほうを見やると、すぐにその金色の目と視線が合った。ああ、わたしが見る前からずっと、槙島さんはこっちを見ていたのだ。面喰って押し黙るわたしをよそに、槙島さんはいたずらっぽく口角を上げる。最初から全部、からかわれていたのだと思って、ふいに恥ずかしくなる。

「冗談だよ。でも、特別な相手がいたことがないのは、本当」

 道の向こうを見やる横顔も、骨ばった手首も凜と伸びた背中も。仕草の一つひとつが様になっていて、つい見惚れてしまう。なんだか怖いくらいだ。槙島さんの雰囲気、囁き方、笑い声。全部が、あまりにも出来すぎていて、おそろしくなる。
 普段はなにをしているのか、どうやって生活をしているのか、聞いても曖昧にはぐらかされてしまった。わたしのような普通の人間にはとても推し測れないこと、をしているのだ。きっと。当たり前のような顔をして、わたしは知らなくてもいいことなのだと窘めるのが、わたしたちのほんとうの距離なのだと思う。

「……それをわたしに言うんですね」
「シビュラ判定だろうと、愛せるかどうかは相手次第ということだよ」
「その人を、好きになったことはないんですか?」
「どうだろうね。そもそもなにが愛なのか、僕にはよく分からない」

 どうして、と聞こうと顔を上げると、ちょうど車が止まってオートドライブ終了のメッセージが流れてきた。どうやら目的地についたみたいだ。大事なことを聞きあぐねてしまった気がして、胸の奥がもやっとする。
 「ついたよ」と、槙島さんはスマートにエスコートしてくれた。車を降りて、さりげなくわたしの手を取って店まで向かう。こうしてみるとほんとうにただの美しい人のようだ。立派な家に住んでいても、靴下も履かないし、洗濯のひとつも出来ないし、自分で美味しい紅茶も淹れられない、ダメな人のくせに、まったくそういう顔をしないのだから、ずるい。


「君は僕を怪しんでるみたいだけれど、それはシビュラに向けるのが正しいよ。君が僕を愛するだろうと言った、その根拠は一体何だろう。僕たちを引き合わせたシビュラは、ほんとうに、愛のことを知っていると思うかい?」


 さっきは愛が何かを分からないと言っていたけれど、槙島さんは本当は、きちんとその答えを持っているような気がした。やっぱりはぐらかされたのだろうか。つくづく訳が分からない。怪しい、うさんくさい。そのくせ言葉を無くしてしまうほど、人を惹きつけてやまないのだから、おそろしい。


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