洗濯物を片づけてくれたお礼、ということで夕飯をご馳走してくれたけれど、それもセレブ御用達のケータリングで、テーブルの上には高そうな料理ばかりが並んでて普通に引いた。ハイパーオーツ由来じゃなく、本物の食材だけで出来た料理。こんな家ではおろかお店でだって食べたことがない。しかも女性が好きそうな低カロリーで野菜多めのメニューばかりで普通に美味しそうだった。女子会コースかよと思ったのは秘密だ。

「いつもこうやって出前を取ってるんですか?」
「ああ。オートサーバは味気なくて嫌いなんだ」

 ましてや、彼に料理などできそうもないのは明らかだから、手作りはしないのかという質問は飲みこんでおく。もう遠慮はしないで、目の前の料理をありがたく頂くことにした。洗濯を手伝ってあげたんだし、こんなの料理、次いつ食べられるか分からないし、このさい食べてもばちは当たらないだろう。
 カプレーゼにフォークをさしてぱくりと口に含む。――――美味しい。本物のトマトとモッツァレラチーズは、香りも食感もオートサーバのそれとは全然違う。添えられたバジルのペンネも、バケットも、こんなに美味しいものは今まで食べたことがない! つい表情がゆるんでしまったのを槙島さんは見逃さないで、わたしを見てくすくすと楽しそうに笑っていた。なんだか途端に恥ずかしくなる。あんなに悪態をついていたのに、美味しい食べ物を与えられて喜んでるなんて。きっと単純だと思われているんだろうな。それでも美味しい料理を前にして意地を張っているのも、だんだんと馬鹿らしくなってくる。

 会うのはまだ2回目なのに、こうやって槙島さんの家で夕食をご馳走になっているっていうのがシュールで、なんだかおかしかった。よく考えたらわたしたちの距離感や関係性がまったくよく分からない。最初は会う気もなかったのに、少しずつ抵抗感が薄れてしまっているのは、槙島さんの人を惹きつけるオーラみたいな、独特の空気感のせいだろうか。
 変な人のくせに。シビュラを信じてないとか、わたしが自分の勘で行動したのが面白かったとか、独特なことばかりを楽しそうに話してるけど、たしかに上品で清潔なにおいがする。知的で、物識りで、話す言葉の一つひとつに重大な意味があるような……柔らかな声色につい、耳を傾けてしまいたくなるような。



「自然食品のほうが、オートサーバのそれよりもずっと美味しいだろう?」

 悔しいけどこればっかりは認めざるを得ない。うなづけば、槙島さんは満足そうに口角を持ち上げた。その優しい笑顔と、冷たそうなまなざしを見ていると……受け入れられているのか、拒まれているのか、よく分からなくなる。

「……でも、無駄遣いですよ。自炊したほうがずっと安くすみます」 
「そうかな。でも、いつもは大体作ってもらってるよ」
「あれ、さっきドローンは使ってないって……」
「ドローンじゃなくて、仕事のパートナーなんだけど、料理が上手いんだ。彼が掃除も洗濯もやってくれる」

 ここにきて駄目ポイントがまたどんどん上がっていく。彼って。誰だよ。

「……ドローンがいやなら、せめて家政婦さんを雇うとか。お金あるんだし」
「知らない人を自分のパーソナルスペースに入れるのは、抵抗があるんだよ」
「わたしは大丈夫だったじゃないですか?」
「うん。君は可愛い女の子だから。1回デートもしてるしね。それに」

 実はけっこう好みなんだ、君のこと。
 …………にっこり微笑まれて、絶句した。フォークからトマトがすべり落ちる。え、なにこのひと、そういうの、こんな面と向かって言う? 普通。あ、なんか急に恥ずかしくなってきた。顔が熱い。でも、お見合いサービスで出会ったからって、別にお付き合いするとは限らないじゃない。そんなの。

「シビュラの相性診断を抜きにしても、君は僕のことをどう思う?」
「…………アラサーのくせに生活力のない人。そもそも、変な人」
「あはは。正直だね」
「本当にわたしたち、相性がいいんですかね?」

 シビュラを疑うわけじゃないけど、素直に疑問だ。だって全然、なんにも噛みあってないんだもん。条件としては最高だけど、槙島さんはかなり変だし。わたしがそれに付き合っていける気は全然しない。距離感だって、いまいちよく分からないし。

「試してみるかい?」

 君からシビュラへの挑戦状だ、と楽しげに宣言した槙島さんは、トマトの最後の一切れを食べて、美味しいと言ってうなづいた。そういう仕草は無邪気で、なんだか可愛らしい、と思う。絶対に変な人なのに。絶対アングラの人なのに。

「君さえよければ、また食事でもどうかな」

 ……それでもどうしてこんなに、ほうっておけないと思ってしまうんだろう。もっと知りたい、と思ってるのかな。槙島さんのこと。


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