きっともう会うことはないと思っていたのに、なんと2回目のデートのお誘いが来た。


『もしよければ、また食事でもどうかな』


 メッセージを見た瞬間は、驚きのあまり悲鳴をあげた。えっ、なんで? なんで!? 前回のデートでは、自分でも引くほど素っ気なくしたのに。どういうことだろう。もしかして彼はそういうのが好きな人だったの!? ああ、意味が分からない。狼狽えてみても、何度考えてみても、よく分からない。
 そりゃあたしかに槙島さんは美形でお金持ちっぽくて公務員で色相もきれいで、非の打ちどころは何にもないけれど、あんまりにも出来すぎているから、なんだか怖くなってしまったのだ。思想家っぽいし、頭が良くって魅力的なのに、話していると無性に不安にさせられる。よく分からない危険な匂いがしている。だから、素っ気ない、ぎこちない態度を取っていたのに、まさか、まさか2回目のデートのお誘いが来るなんて。
 驚きのあまり立ち尽くす。正直わたしは特別な美人でもないし、どこにでもいる就活生だから、槙島さんみたいなかっこいい人がお見合いサービスを利用しているっていうのもなんとなく信用ならないし、わたしと相性がいいっていうのも信じられないし、わたしを気に入ってくれたなんていうことも、当然のように信じられないのだ。シビュラを疑っているわけじゃないけれど、シビュラを信じてない、なんて言っているくせにあんなに色相がきれいだなんて、まったく意味が分からない。

 ああ、どうしよう。なんて答えよう。あんまり返事を渋っていれば、催促されてしまうかもしれない。とりあえず今日はこのまま学校に行って、帰ってきてから、また考えよう。そうしよう。でも何度考えたって答えは出ない。シビュラの推奨してくれた相手なのに、どうしてこんな風に思ってしまうんだろう?
 一生懸命、考えて、考えて引き伸ばしているうちに、気づけば3日が過ぎてしまっていた。そろそろ返事をしなくちゃ。でも……なんて? うーん……。



*



「……え!? 槙島さん!?」
「やあ、君か。偶然だね」

 帰り道でばったり出会った。学校から駅までの道のりで、横断歩道で立っていると、ふと横に並んでいるひとを見てみれば槙島さんがいたのだ! こんな偶然ってある? なんか怖い。なんの巡り会わせだろう。槙島さんはあいかわらずの美しい笑顔でにっこりと笑っている。

「学校の帰りかい?」
「は、はい……槙島さんは?」
「僕はちょっとコンビニまで行こうと思って」

 家がこの辺なんだ、とちらと後ろのほうを見やって教えてくれた。こんな都心に住んでいるなんて、やっぱりただものじゃない。そもそも、今は平日の夕方だ。なんでこのひとはこんなところにいるんだろう? 桜霜学園で音楽教師をやっているんじゃなかったのか。怪しい。すごく怪しい!!

「て、手ぶらなんですね」
「……あ。そういえば、財布を忘れた」
「!?」

 え!? 天然? ここにきて、どじっこ? それなのに、あわてるとか恥ずかしがるとかそういう態度をまったくせず、普通の顔をしてるのがまた変だと思う。普通ならもっと「しまったー」って顔をするはずなのに。意外とマイペースなのかな……、いや、さすがにその域を越えているような。

「……あの、ちょっとくらいなら、貸しますけど……」
「本当かい? 助かるよ。飲み物を買うだけなんだ」

 槙島さんはにこっと笑って、行こうか、と青信号を歩きだした。
 なんで貸しますよ、なんて言ってしまったのか、分からない。でもなんだかすごく頼りなく思えてしまったのだ。このひと、一人で買い物とか出来るのかな? っていうか、仕事はいいのかな? もしかしてこうやってお金を借りるのも、計算のうちだったらどうしよう。でもわたしがここをこの時間に通るなんて、知ってるはずもないし……やっぱりただの偶然かなあ。ずっと返事をしないで申し訳なかったかな、と今更ながら少しだけ後悔する。
 横断歩道を渡ったさきのコンビニに入るなり、槙島さんは水のボトルを1つと、ナチュラルクッキー――――それもコンビニにしては高い値段のやつを買った。たったこれだけを買うために、手ぶらで出てきたんだろうか。やっぱり変なひとだなあ。お会計をしながら槙島さんをちらっと見上げて、失礼だけどそんなことを思う。

「ありがとう。もしよかったら、このまま家においでよ。お金を返したいし、お礼もしたいから」

 ……!?
 店を出てわたしに振り返った槙島さんは、当たり前のようにそう言った。家においでよ、って、なに言ってんだろうこのひと。思わず、ぽかんと立ち尽くしていると、どうも肯定的にとらえられてしまったようで、槙島さんは優しく笑って、「近くだから」と向こうを指さした。いや、あの、そういうことじゃないんですけど……。
 つかめない彼の笑顔を見つめて、それでもこのひとは、シビュラ判定でわたしと相性が良いって言われているひとなんだ、と思いだす。変だけど、危ない人ってわけでは無いんだと思う。今日も靴下履いてないけど、シビュラが言うんだから間違いない相手なんだろうなあ。……めちゃくちゃ怪しいけど。


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