槙島聖護、26歳。職業、音楽教師。身長180cm、体重65kg。趣味、読書。好きな食べ物、トマト。嫌いな食べ物、肉。――――凡庸なデータだ。特に妙なところは見当たらない。ただこんな美形で、シビュラ判定の厳しい教師業をしているなんて、さすがに出来すぎてるような。まあ、それもラッキーのうちと思うことにしよう。
 駅前通りのシックなカフェで待ち合わせになって、わたしはそわそわと彼が来るのを待っていた。新調したばかりのコスデバイスでお気に入りの服を着て、自分に一番映えるメイクをして、ちょっと気合いを入れたりして。こういう風にどきどきするの、久しぶりかも。やっぱり会うことにして良かった、なんて少し現金かな。
 待ち合わせ時間までは、あと5分ある。ふと時計を見て、顔を上げたそのときに、目の前に男性が近づいてくるのが分かった。ああ、待ち合わせていたそのひと、だ。


さん……かな?」


 チェスターコートにシンプルなシャツ、細身のパンツ。うっすらと口角を持ち上げて、微笑んでいる。写真で見るよりずっと美形で、繊細そうないでたちに胸が高鳴る。あわてて立ち上がって、はい、と返事をした。上品な大人、という感じの男性だ。

「僕は槙島聖護。よろしく」

 本当にこのひとが、わたしと相性のいい相手なんだろうか。もしかして何かの間違いなんじゃないかって、そんな気さえしてくる。向かいあって座るとなおさら、その居住まいや雰囲気に圧倒されてしまう。なんだろうこのオーラ。何者なんだろう。ただの音楽教師とは思えない、なにか引きこまれるような特別な感じ。
 槙島さんは座るなり、メニューを開いて紅茶を注文した。コートを脱ぐしぐさ一つ様になっていてつい見惚れる。もしかしてわたし、本当にアタリだったんじゃないかな。どきどきしながら見つめていると、ふいに目が合ってしまって、かあっと頬が熱くなる。やわらかな笑みを浮かべる、大人っぽい表情に見つめ返されて、手のひらにじわりと汗をかいた。

「僕、こういうの初めてなんだけど、案外と緊張するものだね」
「え? は、初めてなんですか?」
「ああ、定期的に来るけどぜんぶ無視をしていたんだ。だけどもうそろそろ、さすがに怪しまれるかなと思ってね」

 僕はシビュラシステムを信奉していないから、こういうの、あまり信じていないんだよ。
 ……きれいな笑顔でしれっと、そんなことを言うから驚いた。もしかして、反シビュラ団体なんかに属している人だったりする? いや、でも、こんなにクリアなPSYCHO-PASSで、それは絶対にありえない。そんなことを普通に言うひとは初めて見た。わたしも今でこそ恋人を作る必要がないと悪態をついていたけれど、いずれはシビュラシステムの相性判定で相性の良かったひとと結婚しようと思っていたのだ。というか信じるもなにも、今時そんなの当たり前のことなのに。
 槙島さんはわたしが動揺するのも構わずに、何食わぬ顔をして紅茶を飲んでいる。やっぱり画になる。けど、なんだか、変な人だなあと思う。

「君はシビュラが好きかい?」
「え? 好きか……ですか?」
「ああ、ごめん。質問を変えるよ。必要なものだと思ってる?」
「はい……そりゃあ、そうですけど……」

 ほんとに、なに言ってるんだろう、このひと。わたしがあからさまに眉を寄せて、訝しむ表情をしたせいか、槙島さんはおかしそうに声をあげて笑った。

「驚かせちゃったかな。変なことを言ってごめん」

 ゆっくりと足を組み変える、その仕草をぼんやりと見つめる。あんまり素敵だから、なんだか現実的な感じがしなかった。普通のひとじゃない気がする。俳優とか、芸術家とか、そういう独特の雰囲気がする。だって普通に過ごしていたら、シビュラが好きだとか必要だとかそんな質問、思いつくはずもないのだ。
 ついつい、槙島さんの頭からつまさきまでをじろじろと見つめてしまう。美形で、仕草も持ち物も上品で、色相がこんなにきれいなのに、考えていることが独特でまったく一般的なひとではないというのは、さすがのわたしにも分かる。
 視線を落とせば、高そうな革靴を素足で履いているのが見えてぎょっとした。え、なんで? 靴下のホロだけ使わないとか、そういうことってある? なんのこだわりなんだろう……。よく見るとクラッチバッグは高級ブランドのものだし、腕時計だってなんだか高そうなものをつけている。このひと、もしかしてすごいお金持ちなのかな? 教師なんてそこまで儲かる職業でもないし、元々お坊ちゃまとか?

 あやしい。なんか、すべてが上手く出来すぎてる気がする。本当にわたしと相性がいいんだろうか? シビュラを疑うつもりはないけれど、槙島さんは、現実に存在しているのがうそみたいに出来すぎた人だ。


「――――どうしてシビュラは僕らを引き合わせたんだろうね?」


 ふいに言われて、はっと顔を上げる。
 やわらかに笑う槙島さんの笑顔はつい見惚れてしまうほどにきれいだった。やっぱりこのひと、変だ。危ない気がする。公務員でイケメンで、お金持ちでお洒落で、雰囲気も穏やかで優しい。整いすぎた笑顔も……完璧すぎて、なんだか妙に不安を煽られる。靴下も履いてないし、意味わかんないことばっかり言うし。

 あやしすぎる。このひと、よく分からないけど、なんかうさんくさい。1回目のデートの感想は、まったくそれに尽きる。


inserted by FC2 system