デートプランは何も考えてない、けど全部まかせろ、とあまりにも自信満々に言っていたから一体どこへ連れて行かれるものかと心配していたけれど、会ってその笑顔を見てしまえば、そんな不安もすぐに飛んで行った。
 結局のところ行先はどこへだって良いのだ。ただ喜一が傍にいてくれたらわたしはこんなに嬉しい。久しぶりに顔を合わせたら、お互いにわけもなく照れてしまって、しばらく顔を見れないまま黙って歩いていた。
 隣にいるとつくづく喜一は背が高くって、自分がものすごくちっぽけに思えてくる。周りから巨人と小人、くらいに思われているんじゃないかと、視線が少し気になってしまったり。だけど喜一はそんなこと少しも気にしていない様子で、わたしの腕を引いて行き先を指さした。あっちには何があるのだろう。喜一は「いいから着いて来い」と言って口の端を持ち上げて、その強引ささえ久しぶりでつい笑ってしまった。

「アートアクアリウム?」

 よく分からないうちに入口をつき進んで(喜一はあらかじめチケットを用意してくれていたようだった)、視界いっぱいに広がる幻想的な空間に目を回す。薄暗い中に浮かび上がる、万華鏡のような光。輝くように泳いでいる魚たち。どこを見ても美しくって、感動と興奮が一度に押し迫る。
 球体の水槽の前で、喜一は立ち止まって、わたしに見るように促す。プレコという種類の熱帯魚らしい。これが好きなのかと問えば、喜一はガラスをこつんと指でさしながら、得意げな顔をした。

「こいつの名前知ってるか?」
「知らない……なんていうの?」
「サッカープレコ。格好良いだろ。見た目は地味だが、俺のお気に入りだ」

   ……お気に入りの魚がいるくらいには、喜一は熱帯魚が好きなようだ。ぜんぜん知らなかった。アクアリウムをぐるぐると見て回りながら、喜一はずっと楽しそうにしている。可愛い柄をしたものにわたしが見惚れていると、隣でそっと名前を教えてくれるし、詳しいねと言えば、嬉しそうに笑う。こういうものには疎そうだと勝手に思っていたけれど、そういえば喜一の家に勉強会をしに行ったとき、リビングに大きな水槽があったっけ。さすがはお金持ち、くらいにしか思っていなかったけれど、そうか、喜一は熱帯魚が好きなんだ。新発見だ。

 アクアリウムは思っていた以上にずっとずっと楽しくてびっくりした。今まで、金魚や熱帯魚にはあまり興味がなかったのに、いざ綺麗なものを見てみるとひどく胸を打たれた。楽しそうにしてる喜一も見られたし、喜一の好きなものの一つを、知れたし。
 どれくらいの間、アクアリウムにいたのか分からない。混雑している館内で、わたしたちははぐれないように、どちらからともなく手を繋いでいた。きっと顔が真っ赤になっているだろうから暗くて良かった。アクアリウムを出る頃には周りの目なんか少しも気にならなくなっていて、わたしたちは手を繋いだまま、ランチを食べにお店へ向かった。
 そういえば夏休みが始まって結構長い間、会っていなかったはずだ。寂しく思っていた感情も今はぜんぶ塗り変えられている。何かに焦るような気持ちがあったけれど、ただの取り越し苦労で、傍にいれば空白の時間なんかすぐに埋められる。喜一の手は大きくて熱い。ぎゅっと強くつかまえられたまま、お店に着けば離されてしまうのだろうなあと、そんな当たり前のことを切なく思ったりして。ああ――、もう重症なのかもしれない。

「着いたね」
「おう」

 ぱっと手が離れる。シンプルな、質のいい服を着こなしている喜一のうしろにくっついて、お店に入る。かと思えば喜一はおもむろに振り返った。わたしがすぐうしろにいるのを確かめて、またすぐ前に向き直る。……きっとわたしが視界から消えたから心配になりでもしたのだろう。好きで消えてるわけじゃない、そう文句を言うつもりで、喜一の服の裾を引っ張ってみる。

「ちゃんとここにいるよ?」
「……!」
「あれ、違った?」

 喜一は唇を噛んだ。複雑そうなよく分からない顔をして、一言、「違わないけど」、と不満そうな声でぼそり呟いて、また前を向いた。そのうちに通されたボックス席で向かいあいながら、わたしたちは少し遅めのお昼を食べた。





 喜一は合宿の思い出を色々と聞かせてくれた。吐くほどエグい練習メニューで毎日しんどくて、だけど他校とたくさん試合ができて楽しかったし、発見も多々あったのだと、喜一なりにサッカーについて真面目に考えているようで感心してしまった。てっきりプレーでも俺様っぷりを発揮してふんぞり返っているのだと思っていたから、チームのことを考えているようなのが、喜一には悪いけれど少し意外だったのだ。
 水樹先輩の天然エピソードや、後輩たちへの文句も、ただの愚痴のようで、気持ちが込められているってすぐに分かる。サッカー部のことが喜一は本当に好きなのだ。女子は入りこめそうにない、男子たち特有の、部活特有の雰囲気には少し憧れる。わたしには手を伸ばしても届かない世界だから。

「良かった。電話するたび疲れてる感じだったから、心配してたけど」
「別に疲れてない。あれは、なんていうかストレスっていうか」
「喜一もストレス感じるんだ?」
「当たり前だろ」

 バカにしてるのか、と喜一は不機嫌そうな視線をよこすから、つい笑ってしまう。ストレスとは無縁の人だと思ってた。いつもバカみたいに前向きだし、自信家だし。何がストレスだったのかと一応聞いてみたけれど、「色々だ」となんとも大雑把な言葉ではぐらかされてしまった。

「それより秋の選手権、ぜったい見に来いよ?」
「うん! 楽しみにしてる。応援するから、見つけてね」
「おう。ちゃんと背伸びして、俺にアピールするように」

 人混みに紛れたら探せないからな。なんて軽口を叩くけれど、喜一ならきっとわたしを探し出すのだろうと、よく分からないけど、そういう自信があった。我ながらおめでたいやつだ。恥ずかしいから、喜一には言わないでおくけれど。
 氷の解けたアイスティーのストローに口をつけて吸いこめば、ついにグラスはからっぽになってしまった。もう少し引き延ばしていられたら良かったのに。そろそろ出るかと喜一はさりげなく伝票を取ってお会計へ向かう。財布を取り出したわたしの手から、財布を奪って、喜一はそれをわたしのバッグの中へと突っ込んで押し戻す。どうやら奢ってくれるらしい。ありがとうとお礼を言えば、振り返って笑った喜一が少しだけ大人っぽく見えた。
 どんどん変わっていくみたいで目が離せない。出会ったときよりも格好良くなっていくのは、ずるいと思う。聞いてないよ。会うたびにもっともっと好きになってしまう。店を出れば当り前にように差しのべられた手に手を重ねて、次はどこへ行こうかと取り留めもなく会話する。どこへだって良い、喜一がいればそれで良いのだと、素直に言葉にできたらどれだけ楽だろう。





10 AFFECTION 160917







inserted by FC2 system