臼井先輩の作った旨いカレーを食べて、ひと眠りしていると叩き起こされて、それからまた勉強をして、ずいぶん暗くなってから、やっと勉強会はお開きになった。勉強のしすぎで頭がおかしくなってしまったかもしれないと心配になるレベルの密度だ。だけど、一瞬どこへ行ったのか心配していた俺のウィンは予想以上にたくさん訪れて、その一日にまあまあ満足しながら心地よく眠りにつくことができた。 テスト範囲を最低限カバーしてみせると宣言して、君下とは結託してコンビプレーを見せ(二人だけが何かを分かっている感じで教えてくるのが腹立った、特に君下のヤローはを見習ってもっと優しく分かりやすく教えるべきだ)、ほぼ俺につきっきりの形で一日を終わらせたのだ。私服のは可愛かったし、良い匂いがしたし、隣に並んでカレーを食べたときには「美味しいね」と油断した顔をして笑っていたし、俺が一人で正解を導きだしたときなんかは我がことのように喜んで、すごいすごいと俺を褒め称えてくれたし。特に勉強会が終わったあとにだけを車で送って行ってやったのだが、野郎どもを追い抜いたあの瞬間の優越感といったらなかった。それはそれはもう、心地よい感じだった。 今日はやはりいい日だ。の家は車で向かえばすぐで、あっという間に到着してしまったのが残念なくらいで、車を降りて「またね」と手を振るが、角を曲がるまでずっと車を見送っていたのがたまらなく嬉しいと感じた。 今日、改めて思ったのだが、俺は自分が思っているよりずっとのことを気に入っているらしい。顔が好みだし、胸もデカいし、ただ気づかないうちに潰してしまいそうで怖いからなるべく目の届くところにいてほしい、くらいに思っていたはずなのに、どうやらそれだけではない他の理由が、特別にあるようなのだ。 他の男と話しているところをあまり見たくないとか、いや、全然見たくないとか、他の男と笑っているところをあまり、いや、全然見たくないとか。むしろ俺のことだけ考えていればいいのにとか、抱きしめたいとか触りたいとかまあ欲望は色々とあるが、全部ひっくるめるとつまり俺は、のことが好きなのだと思う。 ずっと隣にいればいいのにと思っている。席替えがあっても、夏が終わっても、俺の隣に。いや、むしろ俺がそうしたいと思っているのだから、そうなるべきだ。なぜならチャンスとは待つものではなく、掴むものだからである。バイ俺。 ◇ 朝、教室に行くと俺の席には他の奴が座っていた。 いつもの隣の席にはの姿もない。何が起こったのかと立ち尽くしていると、テストだから座席が出席番号順になっているのだと近くにいたクラスメイトが教えてくれた。そうだ、今日はテスト本番だから席が違うのだ。バッグを下ろしたときにちょうどが教室に入ってきて、俺を見つけて「おはよう」と笑った。 「勉強会の成果、出そうね」 「おう。まかしとけ」 他の奴にちょっかいかけられる前にきちんとの手綱を結んでおこう(的な言い回しがたしかあるはず)と思っていたのだが、いざ顔を見ると意外と言葉が出てこなくなるものだ。もっとなんか色々と言おうと思っていたのに。 隣の席にがいないっていうだけで、モチベーションが全然違う。鬱屈な雰囲気に耐えきれず、2科目が終わって机に突っ伏していると、コンコンと机をノックされる。誰だ。この俺を呼ぶのは。しぶしぶ顔を上げると、そこに立っていたのはだった。予想していなかった登場に思わず面喰う。 「甘い物食べたら元気出るよ」 は小さなチョコレートの包みをいくつか手渡してくれた。天使かよ、嬉しさで思わず抱きしめてしまいそうになったが、机が邪魔だったし、にもこっぴどく怒られるだろうから止めておいた。しかしこんな風に施しをくれるなんて、はやっぱり俺のファンなのか。可愛いやつめ。チョコレートを口に含めば、に言われたとおり元気が出てきて、なんかよく分からないけどすごい成分が入っているのかと聞いたら、は「そうだよ」と言って笑った。 「調子どう?」 「元気。でも眠い。サッカーしてえ」 「喜一の調子じゃなくて、テストの調子」 テストの出来は正直よく分からん。だけど、何度も教えてもらったところがちょうど出題されて、そこだけはうまく解けたと思う。そう答えるとは嬉しそうにうなずいていた。俺が赤点を無事回避できたら、それはのおかげだ。何かお礼をしないといけない気がする。というか、ご褒美がほしい気もする。悩ましい。ぐるぐる考えているうちにチャイムが鳴って、は同時に自分の席へ戻ってしまった。 同じ教室内で、ものすごく遠いってわけでもないのに、無性に気がかりだ。はどう感じているのだろうか。考えているだろうか。俺のことを。…………。ああ、次は古文のテストか。いとをかし。 ◇ 2日間にも渡るテストが終わって、放課後ようやくサッカーができる、その喜びのあまり雄たけびをあげると担任からうるさいと叱られたが、そんなことは全くもってどうでも良いのである。俺は早くボールに触りたいのだ。ウズウズしながらLHRを終え、終了と同時に飛びだそうとした、そのときにふと思い立って、俺はのほうへと近寄った。 「。俺はおまえに今回のお礼をしようと思う」 「う、うん」 「ひいては、も俺に何かご褒美をくれるべきだと思う」 は眉をしかめる。俺の言ったことがよく分からないみたいな顔をしている。とにかく、赤点を回避できたら、俺はおまえに礼を言うし、おまえも俺におめでとうよく頑張ったねと言うべきだと思う。そうはっきり伝えるとはようやく理解したようでうなずいて、だけど何か考えるような仕草をした。 「よく分かんないけど、分かった」 「よし。その言葉を忘れるなよ」 「なんか怖いんですけど……」 「心配するな。悪いようにはしねーよ」 悪役の台詞みたい、と言って少し困ったように笑う、その顔が俺は無性に好きだと思った。堪えきれない何かで胸がいっぱいになる。溢れる、と思った瞬間には言葉になって出て行った。 「なんでそんなに可愛いんだよ」 「は、」 「他の奴にそういう顔、見せんじゃねーぞ」 まばらに残っていたクラスメイトが何人かこっちを見たが、そんなことはどうだっていいのだ。が俺を見ているというのが一番に重要だった。の顔はあっという間に林檎のように真っ赤になって、俺はやっぱりその顔を見て、どうしようもなく嬉しくなってしまうのだ。 そんな態度をされたら余計いじめてやりたくなるだろうが。ばかめ。可愛いんだよチクショー。 06 OVERFLOW 160814 |