また来てしまった恒例の勉強会、君下のヤローは先輩たちのイヌとなって勉強が苦手な部員たちをかき集め、こってり絞りあげる、しかも俺の家で、そんな悪夢のようなイベントを毎シーズン取り仕切っている。
 俺はに教えてもらうという口実にかこつけてそれを逃れようとしたのだが、生憎思惑通りにはいかなかった。なぜなら勉強会と聞いた途端には手のひらを返し、「いいじゃん勉強会! やりなよ! むしろやるべき!」と嬉々として俺を君下に差し出したのだ。そうだ、は実はがり勉で、勉強に対してものすごく真面目だったのだ。俺のファン(仮)のくせに俺を庇ってくれないとは酷い奴だ。

「だけど君下くん、わたし毎日のように彼には色々教えてるんだけど、全然意味がないの」
「ああ……こいつはマジモンのバカだからな。迷惑かけて悪い」
「はあああ〜!? てめーに謝ってもらう理由はねえよ! 帰れ!」

 君下とはどんどん意気投合して結託を組み始める。ヤダ、やりたくない、勉強会したくない! 君下がと当たり前のように仲良く話してんのもムカつく! まじで帰れ! 俺はとりあえずを君下から引き離して(「差し出したのは自分でしょ」とは頬をふくらませたが、その顔もちょっと可愛かった)、の肩をガクガク揺らして懇願する。ぽきって折れそうな手触りに少し躊躇しつつも、意外とそんなに壊れそうな感じもしなくて、なんとなくとの距離間をつかめてきたような、そんな感じだった。

「俺はに教えてもらう! な、いいだろ? !」
「ええ……むりだよ」
「むりじゃない! 教えろ! ヤダ、勉強会、絶対ヤダ!!」

 教室で大声を出すなとと君下に同じことを言って叱られた。が言うのはいいとして君下は許せねえ。こうなったら意地でも這ってでも勉強会を阻止せねばならん。俺は赤点を取るだろうが、サッカーの天才枠で夏休みの勉強合宿は免除される予定なのだ! ヤダと言い続けて粘る中でどう手を打つか考えていると、後ろ頭をかきながら君下が「しょうがねえ」とため息を吐いた。おっ、やっと諦めたか。

「勉強会は敢行する。じゃねーとおまえは合宿を回避できねえ」
「ああん!?」
「んで、こいつにも来てもらう」
「え、わたし!?」
「てめーの家に呼ぶ分には文句ねーだろ? 喜一」

 なるほど、悔しいが妙案だ。が俺の家に来たら俺はなんか嬉しいし、俺に勉強を教えたい君下どもがやって来るのはまあしかたないとして、全員が俺の家に来れば、とりあえず全員にメリットがある気がする。これがウィンウィンってやつか。(と言えばは「わたしにはウィンがないよ」と言ってきたので、車で迎えに行ってやると言ったらキョトンとした顔をしていた。それはにとってはウィンのはずだから、おそらくオッケーだろう。)

「サッカー部を助けると思って頼む。えっと……」
「あ、です。です……」
な。よろしく」
「君下てめー、に馴れ馴れしく話しかけてんじゃねーよ! 離れろ!」
「うるせー勉強しろ。知性をつけてから文句言え」
「なにが『な、よろしく』だよ! かっこつけんな!!」

 追い払うしぐさをすれば、君下はそそくさと尻尾を巻いて逃げていった。は「予鈴が鳴ったからだよ」と横やりを入れてきたが、そんなことはどうでもいいのだ。なんだかんだで今回もまた俺の家で勉強会をやることが決まってしまったが、勉強を教えてくれるのが君下じゃなくだと思えば、別に嫌な気はしない。むしろ楽しみな気さえするから不思議だ。

「仕方ねえ。、よろしく頼むぜ!」
「……わたしに拒否権はないのね」

 次の授業の準備をする殊勝なの肩を叩いて、そんなもんあるわけねーだろ、と伝える。だって、俺がにそうして欲しいと思っているのだ。断る理由なんか一つだってあるわけがない。
 それからはなぜかニヤニヤが収まらず、妙に浮かれた気分のまま1週間を過ごして、あっという間に金曜日の放課後を迎えた。普通なら来週の月曜日までと会うことはない。だけど明日、俺の家で会える。……なんか得した気分だ、平日がもう1回来たみたいな……いや、違うな、そういうんじゃなくて。こういう感情は言葉にするのは難しいと分かっているので、あえて考えないことにする。なんせ俺は賢い。世の中、勉強のできだけが人間のできじゃねえぜ。





 の家の住所を聞いて、車で迎えに行けばは玄関を出てくるなり金魚のように口をパクパクさせて固まってしまった。迎えに行くって言ってたのに、そんなに驚くとは変な奴だ。トロくさい腕を引っ張って車に乗せて、改めてまじまじとそのすがたを見ると、私服姿が新鮮で妙にドキドキした。
 黄色のワンピースに白いカーディガン。姉さんがいつも着ている私服とはまた全然違った系統で、っていうかそもそもは俺が知っている女という生き物のなかでも、特別に形がきれいで、小さくてやわらかくて、よく分からないけど俺とはまったく別の生き物みたいな、神々しさみたいなものを感じるのだ。俺と同じ成分でできているとはとても思えない。でけー姉さんとは勿論、クラスの他の女子たちとかとも違う、なんかよく分からない特別なものを持っているんだと思う。

「喜一の家ってもしかして、お金持ちなの?」
「まあな。少なくとも君下ん家よりは」
「いや、君下くんの家のことは知らないけど……」

 後部座席で、少しはしゃいでるを間近で見つめながら、こうやってすぐ捕まえられそうな近さにいるのは良いものだと改めて思った。緊張してるんだろうか、でも少し、楽しそうに笑ってる。の色んな顔が見れるのはいい。近いっていうのは、隣にいるっていうのは、のことを見ているということは、言葉では上手く言えないけど、こういう感じになるってことなのだ。
 それを言葉にするとしたら、どんな言葉になるんだろうか。そんなことをぼーっと考えているうちに俺の家について、玄関に通したその瞬間にちょうどサッカー部の奴らが到着した。チッ、がやがやとうるせー奴らだ。との距離がもう離れてしまった。

「おじゃましまーす!!」
「うわっ! 女子だ!! 女子がいるぞ!!?」
「俺と同じクラスの女子です。皆さん、仲良くしなくてよいです。以上」
「えっ何それ! 紹介それだけ!?」

 ええい騒ぐな、騒いだとての視界にお前らのような凡人が入るものか。の前に出ようとする野郎どもをディフェンスしていると、ちゃんと紹介してよ、と拗ねた顔をするが可愛かったので俺は仕方なく、野郎どもを玄関に整列させることにした。

だ。貴様らはさん、いや様とお呼びするように」
「も、もう……。大柴くんと同じクラスのです。今日は色々あって勉強を教えに来ました。よろしくお願いします」

 丁寧に頭なんかを下げるに、1年坊主たちが好奇の視線を寄せている。話しかけたりする前にくぎを刺しておかねーと。いや、意外と君下とか、臼井先輩とかも怪しい。ちらっとの表情を盗み見ると、わいわい騒いでいる野郎どもの様子を見やって心なしか楽しそうに笑っていた。
 ……あれ、なんか、思ったよりも楽しくないぞ。俺のウィンはどこだ。





 1冊のノートを、と君下が一緒に覗きこんでいる。
 与えられた計算ドリルを俺が真面目に見つめている間に、いつの間にか君下のヤローはと距離を縮めやがって、教えられている側の俺たちをほったらかして二人で仲良く楽しそうに問題を解いてキャッキャと話し合っている。なにやってんだよまじで。イライラする。気がつけば俺は立ち上がって、二人の間に割りこんで座っていた。

「ど、どうしたの喜一?」
「どうしたもこうしたもねーよ。は俺に勉強を教えるんだろ」
「てめーはまずその九九のドリルを終わらせろっつーの」

 なんかほざいてる君下のことは無視して、二人が一緒に見ていたノートをてきとうに放り投げると、は「ああ!」と聞いたこともない悲鳴を上げた。君下のノートらしい。分からなかった問題を教えてもらってた、とかなんとか言っているが、そんなことはどうだっていい。言葉にできないイライラが募っていく。

「君下のバカとはもう話すな」
「バカって……どの口が言ってるんだか」
「俺の口だ! いーからこっちに来い!」

 の腕をつかむとそのやわらかさに少し驚きもしたが、ひょいっと軽く持ち上がって、俺の思うがままに動かせることにもまた少しの緊張があった。賢いかもしれねーが、フィジカル的にはこんなによわっちいんだ、そんなんでサッカー部の野郎どもの間に置いておくのは危険だ。と言ったらには「試合じゃないんだから」と反論されたが、たしかにそうだと思ったし、サッカーの試合ととは無関係だというのも分かってる、それでも俺以外の男どもと笑いあっているの姿なんぞ俺は一ミリも見たくないと思ったのだ。
 考えても答えの出ないことを考えるのは時間の無駄だ。柄本や来須たちが勉強していたテーブルの方に近づいて、机の上に置いてあったワークやらペンケースやらお菓子やらをざーっと退けさせて、俺の座るスペースをむりやり抽出する。隣にはを座らせて、君下には背を向けるようにして、答えが必ず存在するらしいドリルの続きに取り掛かることにした。まあ、俺には到底導けそうもないのだが。





04 CARES 160811







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