隣の席のは基本的に優しい。
 授業中に当てられたときも色々と助け船を出してくれたり、小テストの答えを見せてくれたりするし、机に書いてやった俺のサインを大事に消さないで取っておいたりする可愛いところもある。おそらく俺のファンなんだと思う。たまにツンケンした態度を取るのはその裏返しで、きっと照れ隠しみたいな感じに違いない。
 男子の間で、何組の誰がカワイイとか誰の胸がデカいとかそういう話の中での名前を何度か聞いたことがあったが、は小さすぎてその姿をなかなか見つけることができずにいた。同じクラスになってようやく存在をはっきり認識してみると、なかなか俺好みの顔をしている。しかも胸もデカい。小柄さに気を取られておそらくあまり気づいているヤツはいないと思うが、どうやらという女子はなかなかスタイルもよく、噂以上にずっとイイ感じだった。
 どうして今まで気づかずにいたのだろう。いや、俺の視界に入っていなかったせいか。授業中ヒマだからそんなことを考えてのことを見ていると、気づいたは怯える子犬のような顔をして俺を見つめ返した。小声で「なに」と呟いて唇をとがらせて、丸い瞳をぱちぱちと瞬かせている、その顔もまあ、嫌いじゃない。
「ふん……悪い気はしないぜ」
「はあ?」
 だけどは怒りのスイッチが入った途端、思いっきり眉間にしわをよせて俺に「バカ」と言い放つような気の強さを持っていたりするのだ。この前は胸デカいなって言った途端プンプン怒り出して、なんかが無いって俺の知らない言葉を持ち出してきていきなり不機嫌になったりした。姉さんにも言えることだが、つくづく女ってやつはよく分からない。褒めてやってんのに。この俺が。
「いいから黒板見なよ」
 ほら、また怒った。チビのくせに気性の激しい女だ。





 かったるい掃除当番もいつもならサボってるところだが、6時間目の終了と同時にが立ちあがり、大して高くもない距離から俺を見下ろし「サボらないでね」と念を押してきたから、まあそんな風にお願いされて悪い気もしないことだし、しょうがねえなと立ち上がればはびくっと肩を縮こまらせた。
 隣に立って並べばやっぱり小さい。俺の半分くらいのサイズだ。はまた不機嫌そうな顔をしてすたすたと去って行く。なんだよ、照れたのか? 俺に見つめられて。可愛いヤツめ。ちょこちょことすばしっこい子ネズミのような後ろ姿を追いかけて、掃除用具入れのロッカーを開けたの背後からホウキに腕を伸ばせば、「きゃあ」と鳴き声みたいな声が聞こえてきた。俺の腕の下にいるが、驚いた顔して俺を見上げている。
「びっ……びっくりさせないで!」
「あん?」
「なんか、近い、距離!」
 ホウキを1本抱えるようにして、は慌てて教室の隅まで逃げていく。
 ……照れてるにしたって、いちいち逃げすぎだろ。なんか気に入らない。俺がむすっとしていると、はそれに気づいているのかいないのか知らないが、一度も俺と視線を合わせないまま手際よく掃除を終わらせた。ちびっこのにとってはゴミ箱はデカいだろうから俺が持つって言ったのに、気を遣ってくれたのかは俺に部活に行けと言って、さっさと捨てに行ってしまった。
 ふうん、俺に早くサッカーして欲しいと言うことは、やっぱり俺のファンなのか。だったら素直にそう言えばいいのに。に応援されるのはまあ悪い気はしない。けっこう可愛いし。あと胸もデカい。





 それなりに満足した俺は部室に向かい、着替えながら最近のとのラインのやりとりを他の2年のヤツらに自慢していると、盗み聞きしていた君下のヤローが横やりをいれてきた。
「めでてー野郎だな」
「ああ?」
「ぜってー嫌われてんだろ。それ」
 何言ってんだ、こいつ。よく分からない。もしかして苗字とのラインが羨ましいのか。いや、きっとただ喧嘩を売りたいだけだろう。そう分かっていても君下に茶々を入れられると、それだけで死ぬほどムカつくのだ。理由なんかどうだっていい、相手が君下っていうのが悪いのだ。――睨みあいながら互いに襟ぐりを掴みあったその瞬間、臼井先輩が仲裁に入って、俺は猪原先輩に羽交い締めにされて無理やりに止められた。くるしい、痛え! 俺は正当防衛なのに!
「本当のことを言ってやるなよ。君下」
「はあ!? 臼井先輩まで何言ってんすか!」
「大柴、あんまり嫌がることをしてると本当に嫌われるぞ」
「えっ……!? なんで!?」
 臼井先輩にまでそんな風に言われるってことは、マジなのか?
 思い返せば、たしかに嫌われてる、と判断するのも、おかしくはないというか、なんか嫌われてるような気がしてきたし、そもそも嫌われてるって何だ、どういうことだ、嫌いとは、嫌い、キライ……。思考が宇宙圏に突入して、よく分からないままに急に絶望のふちに追いやられた感じがした。





 気分ムラでパフォーマンスの落ちた俺を見かねて先輩方が色々とフォローしてくれたけど、正直なところあんまりその内容を覚えてない。とりあえず黙ってろと言われたような気もするし、なんかを言えって言われたような気もするし、どうしたら良いのかはさっぱり分からないままだ。
 朝、教室に行くとまずに時間割りを聞くのが日課になっていたが、聞かずに黙っているとチャイムが鳴るギリギリのときにの方から「政経だよ、準備しなよ」と教えてくれた。あれ? やっぱり嫌われてないんじゃね? この感じ。途端になんか嬉しくなった俺は、ニヤニヤがおさまらなくなって、頬杖をつきながらをじいっと見つめてみた。
「くるしゅうないぞ!」
「……きもちわるい」
「あー? 俺がかっこいいって?」
「言ってません」
 なんて、くだらないことを言いあってるうちに、がちょっとだけ笑った。
 …………笑った?
 よく考えたら、はいつも教室で朗らかに笑っているが、俺への態度はちょっとだけ冷たい。でもそれはきっと照れ隠しだ。俺はそれをちゃんと分かっていたはずなのに、いざが微笑むのを間近で見てみると、実はこういう顔をあんまり見てなかったのは、俺にあまり笑いかけてくれていなかったのは、もしかして照れ隠し以外にも理由があったんじゃないかと、そういう大事そうなことに気がついてしまったのだ。
 もしかしてはマジで俺のことが嫌いなんだろうか。でも今、時間割り教えてくれたし、笑ってくれたし。嫌いだったっていう、過去形? また、んなわけない……とも言えないか。昨日、臼井先輩にまでああやって言われたのだ、それがウソとか冗談とかって言うわけでもないだろうし。





 悶々と考えているうちに1日が終わっていた。特に昼以降の記憶がまったくない(って言ったらが「寝てたからでしょ」とツッコミを入れてくれた。普通に嬉しかった。)。サッカー以外のことでこんなに頭を悩ませるなんて生まれて初めてかもしれないし、むしろサッカーでさえこんなに悩んだことはないのかもしれない、なんたって俺は生まれながらの天才だからだ。
 またボンヤリしているうちに下校のチャイムが鳴った。はナントカっていう部活に入っていると聞いているが、活動は週に数回程度で、基本的にいつもすぐに帰ってしまうのだ。俺は席を立ったをとっさに呼び止めて、逃げてしまわないようにその腕を捕まえた。
 腕、ほっそい。やわらかい。ヤバイ。なにでできてんだ。
「なに?」
「……あ。えっと、に聞きたいことがあって」
「う、うん。分かった。とりあえず……離して」
「おう」
 言われるがまま、腕を離すと、は両手を俺に向かって広げて「怖いから座って」と言った。怖い。……怖い?
「俺、怖い?」
「えっ……えっと、うん、ちょっとだけ。背高いし……」
「なるほど。はチビだもんな。大丈夫、俺怖くねーよ」
 親指を立てるとは微妙そうな顔した。なんでだよ、怖くねーって言ってやったのに。
 だけど確かに、俺が座ってるのに同じくらいの目線にいるにしてみれば、俺みたいにガタイのいい男子が怖く見えるのかもしれない。俺にぶつかっただけで吹っ飛びそうになるし、頭突きなんかしたら粉々に壊れそうだし。だとしたら怖がらせて悪かったな、とは思う。なんか急にばつ悪く感じて、うつむいてるうちに何を聞こうとしていたのかも忘れてしまった。
 は俺のファンじゃねーの? 俺のこと、嫌いなのかよ? 俺のこと、…………、ああ、クソ、よく分かんねえ。





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