この前は看病してくれてありがとう、というお礼を兼ねてをデートに誘った。
 数少ない貴重なオフだから、なんて必死に懇願しなくても、は二つ返事で頷いてくれるのだ。たとえどんなに機嫌が悪かろうが、喧嘩をしていようが、外に遊びに行く約束を立てればはちゃんと準備をして待ち合わせに来てくれる。そういうところが本当に可愛くてしょうがない。俺のこと大好きってその顔に書いてる、照れた表情を見るのがたまらなく幸せだった。
 駅前で待っていると、待ち合わせ時間の5分前にはやってきた。遠目からでも、そのシルエットでだってすぐに分かる。だけどあえて迎えには行かないでじっと待ってみる。ようやく俺の前に到着したはくちびるを引き結んで、「おはよう」とやけにぎこちない挨拶をしてちょっとだけ俯いた。なに、もしかして緊張してんの? 久しぶりのデートだからって。

「……みゆき、ニヤニヤしすぎ。きもちわるい」
「ひでーなあ。俺の彼女はかわいいなーって思ってたのに」

 いつもはてきとうな部屋着ばっかり見てるから、たまにこうしてスカート姿なんかを見ると、やっぱり良いなあってドキドキしちゃうんだよ。もしかして、ちょっとメイクもしてたりする? ニヤニヤと覗きこめば、は顔を逸らして「あんまり見ないで」と手の甲で顔を隠してしまった。ああ、まじでかわいいなあ。なぜか俺の方が得意げになったりして。
 さりげなくの手を取って、近くの映画館へ向かって歩きだす。はプンプンしながらも、こうやって手を繋いで歩いていると途端におとなしくなって、少しは素直な顔を見せてくれるのだ。分かりやすすぎ。ふとその横顔を盗み見ると、嬉しそうに頬を緩ませてるのに気づいてしまって心臓がキュッとなった。かわいすぎ、やばい、死ぬ。
 今日は俺のおごりで映画を見て、それからの好きな甘いものでも食べて、ゲーセンでも行こうかなあ、とあまり大したことを考えているわけじゃないけれど計画していて、にこのあと何がしたいかそれとなく聞いてみると案の上、予想通りの答えが返ってきて少しほっとした。やっぱり甘いものが食べたい〜って言いだすと思ったんだよな。
 上りのエレベーターでを先に乗せて、その後ろに張りつくように立つ。それでもまだ俺の方が背が高い。小さいなあ、なんて思ってニヤニヤしているとは怪訝そうな顔で振り返って、なにその顔、と唇を尖らせた。

「んん、別に。楽しいなあと思って」
「……そんなこと?」
「大事なことだろ。それともは楽しくない?」

 あ、っていうかこれ、キスするのにちょうどいい距離かも。じいっと覗きこむようにして、の髪をすくいあげる。そうこうしているあいだに上の階にたどり着いた。エレベーターに乗っているのなんかわずかな時間だって分かっていたのに、惜しいと思っている自分がいる。もう少し傍にいたい、触れたい……って言葉にするとなんかすごい気持ち悪く感じるけど。
 は俺の問いに小さく首を振るだけで、はっきりと応えてはくれなかった。エレベーターを降りてからもう一度の手を取る。となりに並んで歩きながら、見つめていると、はくすぐったそうに俺を見上げて、みぞおちを肘で突いてきた。いってえ、不意打ちすぎだろ。

「みゆきって本当、意地悪いよね」
「はあ〜?」
「楽しいに決まってるじゃん」

 ばか、と呟いた捨て台詞も俺には最高のご褒美でやっぱり心臓がキュンと音を立てた。ああ、可愛すぎるわ、俺の彼女。







「そういえばお母さんが」
「ん?」
「今日、みゆき連れて帰っておいでって」

 一緒にごはん食べようって言ってたよ、と、スマホを見ながら当たり前のようには呟いた。てことは今夜、このまま遊びに行って良いってこと? どちらにせよを家まで送り届けて、そのあと実家へ帰ろうと思っていたから、ちょうどいいのかもしれない。どうせ親父は遅くまで仕事してるだろうし。
 目当てのワッフルのお店は行列を作っていて、入店するまでに数十分ほどかかった。その間もずっと会話をしているわけじゃない。の部屋にいるときと同じようなタイミングで、思いついたときにだけ話をする。とのこの距離感が良いんだ、ってことに気づいたのは、部の先輩たちにさんざん幼馴染や恋人に関する夢を語られたあとだからかもしれないけど。
 一緒にいて落ち着くんだよなあ。なんていうか、安心する。……こういうことを素直に口にするのは、やっぱりちょっと気恥ずかしいかな。

「にしても、久々だなあ。おばさんの料理」
「なんか食べたいものある?」
「何でもいいよ。いつもの感じで!」

 は分かったと返事をして、それからおばさんに連絡を入れていた。
 長らく待ってようやく入店したワッフル専門店で、は一番人気のバナナとチョコレートが乗ったプレートとアイスティーを、俺はホットコーヒーを注文した。は出来上がるのをずいぶんと楽しそうに待っている。目の前でニコニコしているのを、頬杖をついて見つめながら、すっかりオフを満喫している自分に気がついて気恥ずかしく思ったりする。……先輩方には見られたくねーかも、こういう気の緩んでるところ。
 さっき観た映画の感想を言いあっているうちにプレートが運ばれてきて、見るからに甘ったるい、盛りだくさんのそれを見ているだけで、もう腹がいっぱいになりそうだった。はナイフとフォークで上手に切り分けて、幸せそうに口に運んでいる。そんな姿を見ていると、やっぱり俺はこれだけでじゅうぶんだなあと胸を熱くなってゆくのだ。

「みゆき、一口いる?」
「……いる!」

 甘いものは苦手だけど、がフォークを差し出してあーんしてくれるって言うなら話は別だ。どきどきしながら待っていると、が一口サイズに切り分けてくれたワッフルを、そのまま俺の口に運んでくれた。うわ、まじか、ちょっと照れくさいけど、めっちゃ嬉しい。

「どう、おいしいでしょ?」

 ん、あまい。あますぎ。だけど、おいしいと言って頷いてやれば、は満足そうに口角を持ち上げた。うん、おまえが嬉しそうでなによりだよ。が笑っていると、俺まで嬉しくなるっていうかなんていうか……。まあ、そんなことはどうでもいいか。恥ずかしいからナシの方向で。なんか今更になって、頬が熱くなってきた気がする。







 夕暮れ時にはゲーセンを出て、ユーフォ―キャッチャーで取った小さなぬいぐるみを抱きながら電車に乗って帰路につく。かわいくないネコ、なんて言って悪態をついていたけれど、手渡してやればはまんざらでもなさそうな顔をして、それからずっとそいつを抱きしめていた。嬉しいかと問えば目を逸らして、「嬉しいよ」と答える、そういうツンツンしきれていないデレっぷりがまた可愛くて頭を抱えた。ずるすぎ、……。かわいい。
 駅からの家へ向かう間にもずっと手を繋いで、玄関の前に来てようやく手を離す。おばさんは今、買い物に出かけているところらしく、家の中はしんと静まり返っていた。の部屋に入るなり、俺はジャケットを脱ぎ捨てての手を引く。
 そんなにわざとらしく驚いた顔するなよ。俺のこと煽ってんの? 邪魔くさいぬいぐるみには、部屋の隅っこで待っててもらうことにして、ぽいっと放り投げた。

「ん、ちょっと待ってよ、みゆき」
「無理、待ちません」

 俺、今日一日ずっと我慢してたんだから。
 バランスを崩したの背を支えながら、じゅうたんの上に崩れ落ちる。触れるだけのキスをして、顔にぶつかる眼鏡がじゃまになって、唇が離れたタイミングで取りはずした。ずっと外を歩いてきたせいでの唇はひんやりと冷たくなっている。舐めた舌先が熱くって、そっと頬を撫でると「冷たい」と嫌がりながらも、は俺の首に腕をまわしてもっと、と甘えるような瞳でこちらを見上げた。
 潤んだ瞳に、細い指先の温度に、ゾクリと欲情を掻き立てられる。健全なデートをしてきたあとで、間違いなんか一つも知りませんみたいな顔をして、こんな風に頬を赤くほてらせているがやらしくって、どうしようもなく興奮するのだ。服の中にさりげなく手のひらを突っ込んで、やわらかい腹をサラリと撫でると、は俺の身体を押しのけようと俺の頬をギュウっとつねった。いってえ。

「ど、どこ触ってんの」
「どこって」

 おまえの身体だよ。わざと、耳たぶを齧りながら囁く。ビクリと肩をふるわせるの首筋を噛みつくように舐めて、そのまま力ずくで組み敷いた。相変わらず軽い身体。こんなんじゃあ、まともに抵抗なんかできないだろうなあ、と悪戯心がことごとく刺激されるような心地だった。

「ね、ねえ、みゆきはさ……」
「ん?」
「わたしのどこが好きなの?」

 ……ここにきて予想外の質問。の服をめくろうとしていた手がはたと止まって、俺は黙ってまばたきを繰り返す。は目線だけをこっちに寄越して、拗ねたように唇を尖らせている。

「んー、どこだろうな。ありすぎて、言いきれねーかも?」
「なにそれ」
「分かるだろ」

 宙に浮かんでいたの手を取る。外を歩いていたときよりずっと温かくなっている、手の甲にチュッとキスをして、指の隙間をぺろりと舐め上げる。はまたびっくりした顔をして身体をぐっと強ばらせた。
 ほら、こういうとこ。俺がなんかするたびに、おどろいたり、照れたりするところが、好きだよ。もっともっと、してやりたくなる。

「いじめ甲斐があるところ?」
「……ばかじゃないの」
「でも好きだろ。俺にいじめられるの」

 好きじゃない、と突っぱねるその声色は少し震えている。照れているのが可愛くって、俺はたまらず覆いかぶさってその唇を奪った。互いの心臓のドキドキが聞こえてくるみたいだ。ああ、これは俺のだろうか。何度もキスをしているうちに、甘い吐息がこぼれて、俺の背に回されたの手の力が少しだけ強くなった。これ、もっとしていいよってこと? ほんとに止まらなくなるかもしれねーけど、それでもいいってことだよな。

「……じゃあさ、は俺のどこが好きなの」
「え、」
「俺、答えただろ。も教えてよ」

 熱く火照っているのを隠すように、は自分の頬を手の甲で覆う。目じりには薄っすらと涙が浮かんでいる。答えを煽って、ひたいや耳たぶにキスをしていると、はふいに俺の首に腕を回して引き寄せた。耳元でひっそりと囁かれる、小さな小さなそれ。

「…………ぜんぶ、好き、だよ」

 うっわ、うわ。
 やられた。死んだ。俺。
 身体中の熱が顔やらなにやらに集まるのが分かって、思わずはあ〜っとため息を吐いて顔を覆った。それ、マジで俺のこと殺そうとしてんだろ、なあ、……。ちらと見下ろせばも俺と同じくらい恥ずかしそうに、頬を赤くしていて、ああもう本当にどうしてやろうかと、無意識に舌なめずりをしてしまった。

「……なあ、まじで、もう我慢しなくっていい?」
「みゆき……、」
「俺、と一緒に気持ちよくなりたいんだけど」

 どっちにしろ、今日はもう、止めてやれそうにないかも。いいよな、? めいっぱい優しくするから、さっきの台詞、また言ってよ。俺のことぜんぶ好きって、もっかい言って。
 ぐっと息を飲んだの髪を撫でて、お互いに見つめ合ってそのまま、惹かれあうようにして唇を重ねた。熱い、触れているところから溶けだして、鼓動ごと重なりあってしまいそうな感じがする。やわらかい、心臓の真上にそっと手のひらを乗せる。どくどくと脈打つそれを直に感じて、ごくりと唾を飲みこんだ。

「……好きだよ。

 このままのぜんぶを、俺にください。
 見つめ合う視線が交じり合って、傾れ落ちてゆく。ほんの少し首をたてに振って、は真っ赤な顔を隠すように、目をつぶって俺の唇を受け入れた。いま、頷いたよな? ってことは本当に、もう我慢しなくていいんだ。そう思えば弾けるような喜びが胸ににじんで、はあ、と胸を圧迫するような熱いため息が零れていった。
 部屋のじゅうたんの上で不格好にもつれあってるだけでも、驚くくらいに幸せで、嬉しくて、は可愛くて、働かない頭をめいっぱいに動かしながら、俺はゴクリと唾を飲みこむ。なあ、。このままベッドに、


 ――ガチャ、
 玄関のドアが開く音。足音。買い物袋をがさがさと置く音が、する。ちょっと待て、うそ、だろ。



ー? 帰ってきてるの? 一也くんもー?」



 案の上、のお母さんの叫び声がした。
 いや、ちょっと、まて、ここで!? 嘘だろ。現状を受け入れられない。色んな混沌とした思いを抱えながら俺はそのままフリーズする。いや、嘘だ。信じたくない。だってせっかく、ここまで、もオッケーしてくれて、もうちょっとで、ああ、えええ!?

「ちょっとみゆき、お母さん来ちゃう!」
「これはへこむわ……」
「ばか、よけてってば!」
「泣きそう……」
「みゆきよけて! ばか!」

 報われねえー!

おさななじみのみゆきくん8 (160124) 俺の逆転サヨナラ負けだよ!!

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