どれくらい眠っていたんだろう。
 目が醒めれば部屋の中は真っ暗で、スマホで時間を確認すれは22時半を過ぎたところだった。俺、5時間くらい眠ってたのか。重たい身体を引きずって起き上がれば、思いのほか頭はすっきりしている。汗をびっしょりかいたおかげか熱は下がっていて、風邪特有のまとわりつくような倦怠感もそれほど残っていなかった。
 放課後から一度も開いていなかったラインを見れば、部活が始まる頃にが送ってくれていたメッセージが数件入っている。だいじょうぶじゃない、と返して以来既読をつけなくなった俺に対して、「みゆき?」「生きてる?」「だいじょうぶ?」と……珍しく素直に心配している様子があった。
 これで返事がないから慌てて来てくれたのか。なんかもう、可愛すぎる……。好き。嬉しくてもっかい熱上がりそう。ベッドに寝転がったままニヤニヤとスマホを握りしめて、時間をたしかめてハッとする。やべえ、風呂入らねーと。それに、気を使って部屋を空けてくれていた同部屋の人たちに謝りに行って……やることはたくさんありそうだ。俺はもそもそとベッドを這い出て、部屋の電気をつけて準備をする。

 ――と、数秒も経たずに勢いよく部屋の扉が開いた。うわっびっくりした。

「おい御幸! 起きたか!? 一から説明しろ!!」
「御幸、体調が悪かったのか」
「仮病に決まってるじゃん。騙されてるよ」
「ヒャハッ! 風邪だからって女連れ込んでんじゃねーぞ!?」
「御幸先輩っ! 球受けてつかぁさい!!」
「栄純くんそれは違うんじゃ……」
「…………」

 どたばたどたばた暴れながら、面倒くさそうな連中が押し寄せてくる。っていうか最後の降谷、寝てるだろ、部屋に置いて来いよ。あっという間に囲まれて尻もちをついた俺は、にじりよる純さんに掴みかかられ、亮さんに気おされ「彼女か!?」としつこく詰問された挙句――――視線に耐えかねて吐いてしまったのだった。

「彼女です……」

 鳴り響く怒号、悲鳴、地団太。おいおい、他の部員に迷惑がかかるだろ。というか俺、風邪引いて寝込んでたんですけど、その辺の配慮はナシ? 睨みかかってくる純さんの顔が怖い。俺はその場に正座をして、虐められているような構図で大の男6,7人に見下ろされている。

「いつから?」
「……半年前からです」
「幼馴染なんだ?」
「……そうです」
「名前は?」
「…………」
「名前はって聞いてるんだよ御幸」
「はい! と言います!」

 亮さん怖い、怖すぎる。ちゃんかあ、へえ、ふーん、と皆が口々に呟いているのは、なんだか知らないがものすごく恐ろしい。沢村もこんな気持ちだったのか……と今更ながら同情する。おまえならこの辛さ分かってくれるだろ、とすがるような思いで視線を送れば、俺の思いとはうらはらに沢村はニヤニヤと、楽しそうに俺を見下ろしていた。おい、おまえ。

さん、可愛かったっす」
「……!!」
「御幸が言ってた好みのタイプそのまんまだったな」
「あの子のこと言ってたんだ」

 もう勘弁してくれ……!! ちくちくと削るような心理攻撃に俺のライフはゼロ。熱、もっかい上がりそう。風邪ぶり返しそう。俺は土下座をして今まで黙っていたことを謝罪した。半年間、彼女がいることを黙っていてスイマセンでした。言うタイミングを逃してて……。
 なんてベタすぎる言い訳だけど、これで許してくれますように。そう願いを込めてちらりと見上げた彼らの瞳は鋭かった。とてもじゃないけれど、これで解放してくれるとはとても思えなかった。もう一度ずいっと迫られて、俺は唇を引き結んで息を呑む。こわい、こわいよ。なんなんだよこいつらのこの熱意は。

「で、どこまでしたの」
「は……?」
「まだヤッてないに一票」
「御幸だぞ? 俺はもうヤッてるに一票!」
「で? どうなんだよ御幸!?」

 ぐ……、人が触れられたくないことをずけずけと。見栄を張りたい気持ちと、あまり調子に乗ればまた亮さんに刺されるという怖さと、色んな思いがせめぎ合っている。俺があえて「いや〜」と言葉をにごせば、それを制するように有無を言わさない視線が突き刺さってきた。怖い、だから怖いって純さん、亮さん。
 ここまで責められて、嘘はつけない。バレたときの報復が怖いし、素直に暴露するほかはないのだろう。ちくしょう。

「…………まだです」
「まだ!? 御幸が、まだ!?」
「ヒャハッ! ウエーイ童貞!」
「うるせーなぁ! 彼女すらいねーだろ倉持は!」
「あー!?」
「こらこら喧嘩をするな」

 額を突き合わせる俺と倉持のあいだに哲さんが割って入る。この人もそういう話に興味あったのかと歯噛みしつつも、じりじりと俺の弱みに付け入ってくるのが先輩たちの悪い癖なのだ。その場を収めるような素振りでいなす亮さんはやっぱり俺の前にしゃがみこんで、膝の上にひじをつきながらまじまじと覗き込んでくる。ああ、やっぱりどうあがいても逃してくれないんだ、この人だけは……。

「ねえ、半年付き合っててしかも幼馴染なんでしょ? チャンスしかないじゃん」
「う……そうなんですけど、なかなか乗ってくれず……」
「キスは?」
「それは、まあ」
「してんのかよ!! 死ね!!」
「ちょっとうるさいよ外野」

 あー俺、なんで今こんな話してんだろ、後輩の前で……。しかし質問攻めは止まず、根掘り葉掘り俺との今までとこれからについて議論が止まらない。他人事だと思って、適当なアドバイスしやがって……面白がってるに違いない。が可愛かったからって僻んでるんだ、この人たちはきっと。なんて声に出そうものなら本当に殺されそうだから止めておくけど。

は嫌がってんじゃねーの?」
「ああ、御幸ってちょっとオラオラ攻めそうだし」
「いやー御幸は女心が全く分かってないっすからね!」
「眠い……」
「降谷くんはちょっと黙ってよっか」
「おい御幸! おまえ彼女つくる前に少女漫画読んでもっと勉強しろよ」

 このメンツは彼女いない人口のほうが圧倒的に多いくせに、俺がまだヤッてないと知った瞬間から妙に強気になって助言をして来る。ほら、降谷が立ったまま寝てるだろ、連れて帰れよ! 俺が全員に噛みつきたくなるのを抑えて正座していると、倉持は強引に肩を組んでニヤニヤした視線で覗き込んでくる。こいつ、何気に彼女いたこと結構あったはず……。実はそういうことに関しては慣れてるような節があるのだ。

「がっつきすぎなんだよ! もっと雰囲気から入れよ」
「雰囲気というか、感触は別に悪くないっつーか……」
「え? ちょっとそのへん詳しく」
「いや、なんかいざとなると、怖いからヤダって言われるんですよね」
「怖い? なにが?」
「俺も分かんないんです……やっぱがっついて見えんのかな」

 うっかり俺もそそのかされて悩み相談をしてしまった。悩みというか葛藤というか……まあヤキモキしてるのは確かなんだけど。有効な打開策があるなら是非とも参考にしたいところだが、先輩方には悪いけどあんまり期待は出来ない。全員で額を突き合わせ、どうやってそういう雰囲気に持ち込むか?どうやって事に至るか?という方法を話し合ってみるけれど、最終的にはふざけて結論を出せないままうやむやに終わった。ちくしょう、やっぱり面白がられてる、俺。
 しかしそんな中でいつも通り飄々とした様子の亮さんが、くすっと笑って俺の肩を叩いた。

「女の子は、少しくらい強引なほうが好きだよ」

 ――――かっこいい。なんか妙に説得力のある一言だ。
 俺はうっかり亮さんに惚れそうになった。隣にいる倉持も、いきっていた純さんもぽかんとした顔をしている。おお、面白い……。亮さんにもっとご指南いただきたい。
 最初は強引に巻きこまれたはずだったが、俺もなかなかその気になってしまっている。風邪を引いていることも忘れて、夜はそのまま俺の恋愛相談に乗る会が続いた。ネタとしてからかわれつつ、面白がられつつ、無情にも盛り上がる夜は更けて行くのだった……。
 目指せ、脱童貞!

おさななじみのみゆきくん7 (150922) まあ今日は俺の負けでもいいわ!

inserted by FC2 system