ショートケーキを口に運んでいる最中もみゆきはずっとわたしのことを見つめていた。
 まったく食べにくいったらない。じろりと睨んでも効果なし、みゆきはさっきとは打って変わって涼しい顔してアイスコーヒーを飲んでニコニコ笑っている。
 ケーキは知り合いからのもらい物らしい。みゆきが甘いものが苦手なことを知っているけれど、一応ふたつお皿に用意して部屋まで持ってきた。みゆき用に甘くないブラウニーを選んだけれど、2,3口食べればもう十分だと言って残りをわたしによこすのだ。太るからべつに要らないけど、みゆきがもう食べないって言うなら、わたしが食べてあげないこともない。ケーキがもったいないし。

「ほんと美味そうに食うよな」
「甘いもの好きだもん」
「ふたつも食ったら太るぞ?」

 別にいいの。いじわるなみゆきの言葉を突っぱねて、ひとつ目のショートケーキを平らげる。指についた生クリームを舐め取ると、みゆきの眼鏡の奥がしかめられた。なに、と言おうかと思ったけれど、返ってくる答えにはおおむね想像がつくから口をつぐんでおく。

「今のそれ良いな。エロい」

 ……まだ何も聞いてないのに。
 さっきのできごとから間を置いて、一旦リセットしたみゆきは――――その方法については特に突っ込まないでおくけれど――――何事もなかったかのような顔をしてわたしの目の前に座っている。妙にすっきりした顔しちゃって、なんかむかつく。元はと言えば、わたしはみゆきに怒っていたのに。いつも遊んでたオフの日を、先週はなにも言わずにすっぽかされたんだから。

「……今になってむかついてきた」
「なんだよ?」
「べつに」

 ふたつ目のブラウニーにフォークを刺し入れる。みゆきの食べたあとから切り崩して、ほろ苦いそれを口に含めばみゆきはいっそうニヤニヤしながら、わたしの頬に手を伸ばしてきた。口の横についてる、とブラウニーの破片をつまんで、自分の口に運ぶ。そして甘いと渋い顔をして、アイスコーヒーで飲み下す。
 ……そういう仕草の方がよっぽど、エロいと思うんですけど。むかつくなあ。みゆきは無意識なのか狙ってるのか知らないけど、すぐそういうことをするから。思わずじりと睨んでみたのを、みゆきは舌なめずりでもしそうな顔で見下ろしてくる。

「んだよ。そんな顔してたらちゅーするぞ」
「はあ……」
「おい、ため息つくな」

 気持ち悪いみゆきを無視して、ブラウニーをぱくぱく食べ進める。うん、すごく美味しい。こんなに美味しいケーキを食べられないなんて、みゆき可哀想だなあ。人生損してるよ。それなのにわたしが最後の一かけらまで食べるのを見守って、わたしが美味しかったと言えば、なぜかみゆきのほうが嬉しそうな顔をして笑うのだ。
 みゆきは、わたしが美味しいものを食べて、幸せそうな顔しているのを見るのが好きなんだって。まるでわたしが、野球をやっているみゆきを見るのが好きなのと同じみたいに。……なんて、恥ずかしいからあんまり言ってやらないけれど。
 テーブルの隔たりが邪魔だと言うように、みゆきはわたしの隣に来て、ずいっと距離を詰めてくる。みゆきは大人ぶった顔をするくせに、実はずいぶんと甘えたがりだと思う。部屋にいれば、1メートルと離れていられない。わたしの行動の一つひとつを眺めて、ぜんぶ自分のモノみたいな顔をする。

「なあ、さっきの続きは?」
「この期に及んでどの口が言うの」
「んー、この口かな」

 わたしの髪を指先に巻きつけて、みゆきはわたしのおでこに唇を寄せてくる。
 身じろぎして避けようとすると、みゆきに正面を向けたのを良いことに両手首を捕まえられた。ああこれも、罠だった……と後悔しても遅い。そのまま引き寄せられて、わたしはあっさりとみゆきの太ももの上に跨るように座らされてしまった。

「はっはっは。油断したな」
「ちょっと……」
「軽いね、おまえ」

 やわらかく笑って、手指のあいだにみゆきのそれがゆるりと絡む。片手をぎゅうと握りあっているのが、みゆきは好きらしい。たぶん。いつもこうしたがるから、きっとそうなのだろう。鼻先をくすぐるように顔を近づけて、唇が軽く触れる。もどかしい、わざとらしい、距離。みゆきのいじわるさが垣間見える瞬間。

「……続きなんかしないよ?」
「ふん。その気にさせてやっから、覚悟しろ」

 あんまり自信たっぷりに見上げるから、少しドキリとした。面喰った隙を突くように、みゆきの唇がわたしのそれに重ねられる。アイスコーヒーの苦い味。今日はこんなことしてばっかりで、なんだか恥ずかしい。けれどみゆきの言葉に流されてしまっているあたり、わたしもよっぽど麻痺しているのだろう。
 ……っていうのが顔に出ていたみたいで、両頬を片手でむにっと抓まれた。いたい。

「いいね。その顔ソソるわ〜」
「みゆきほんと、そういうことばっかり」
「しゃーねえだろ。可愛いんだもん」

 俺がいつからおまえのこと好きだったと思ってんの。
 みゆきの視線がぎらり、わたしを射抜くように揺れた。その目はもう、触りたくってたまらない、って言ってる眼差しだ。さっきみたいのはいやだと思う反面で、みゆきに触れられることは気持ちよくって、好き。だから拒めないでいる。
 わたしの腰を抱き寄せるみゆきの眼鏡をそっと外す。長いまつげが無防備に微笑んで、そのまま惹き合うように唇を重ねた。


 昔のことを少し、思い出していた。
 最初にみゆきがわたしのことを、そういう対象として見ていることに気づいたのは中学の頃だ。中学に入ってお互いにぎこちなくなってあまり話さない時期が続いた。みゆきは野球ばかりやっていたし、クラスも生活リズムもまったく違うおかげで、わたしたちの距離は自然と離れて行った。わたしがクラスの男子に告白されたのはその頃だった。ちょうど2年生に進級した春くらい。噂を聞きつけたみゆきはわたしの家まで押しかけてきて、「あいつと付き合うのかよ」って珍しく焦った様子で、わたしに問い詰めたのだ。
 その時にわたしは気づいてしまった。みゆきはわたしのことを特別な目で見てる、っていうこと。昔とは違う思いを持って、お互いを意識しながら、あいまいな距離のまま中学時代を終えた。
 高校では離れてしまったけれど、みゆきに勉強を教えてくれとねだられたのがきっかけで、オフの日には決まってうちで勉強をするようになったのだ。学校は離れたのに、中学の頃よりずっと一緒にいる時間が増えて、ぎくしゃくしていたのが少しずつ無くなって。
 ……そうして、初めてキスをしたのは高校2年生の夏。付き合ったのはその秋。もう4か月半も経つ。それまでふたりでどうやって過ごしていたのか、もう思い出せない。


 会うたびにこんなにくっついて、キスをしているのに、前までは一体どういう距離で過ごしていたんだろう。首をなぞるように手を回せば、みゆきはくすぐったいと笑って身じろぎをした。耳元やうなじの辺りを触られるのが弱いみたいだ。ほんの少し悪戯心が芽生えて、顎のラインをなぞって、耳たぶをきゅうと抓ってみる。あ、みゆき……スイッチ入っちゃったかも。瞳がぎらぎらして、やり返されそう。機嫌を取るように、唇の上に軽くキスを落としておく。

「……、キスするの好きだよな」
「うん。好き」
「こんだけキスしてたら、ちょっとはムラッと来るだろ。普通」

 その普通の例に漏れず、みゆきはまたムラムラしているらしい。太ももに固いものが当たってる感触がある。

「……みゆきのエッチ」
ちゃんのせいですけどね」

 苦しそうな顔で笑うみゆきを見て、じゃれるように唇を重ねる。ちゅう、と軽く音を立てながらついばむようにキスをして、わたしの太ももあたりで主張しているみゆきのそれを、興味本位でツンとつついてみた。……かたい。そのまま指の背でゆるりと撫でる。と、みゆきは聞いたことのない声をあげて、膝をびくんと揺らした。

「っく……! おま、」 

 それまでわたしの腰を撫でていたみゆきの手が、きゅうっと服を掴んで悶えている。……これも、見たことない反応。変な顔。なんだか新鮮で面白い。みゆきがいつもわたしにしていることを、やり返してやった感じがする。
 やっぱりこうやって触られると気持ちいいのかな。みゆきの顔を覗きこんでみると、はあっと熱い息を吐いて、頬を赤くしながら恨めしそうにわたしを見上げた。揺れる鋭い瞳に、ちょっとだけ身体が竦む。どうしようか戸惑ったその一瞬に、みゆきはわたしの手を捕まえて、そこに擦るように押しつけた。
 ズボン越しにもその熱さが伝わってくる。ドクンドクンと脈打つ自分の心臓がうるさくって、思わず、狼狽える声が漏れた。

「なあ……さわってよ」

 みゆきのその声は、ずるい。掠れる「おねがい」の声にぞわり鳥肌が立つ。そのままゆるく手の平で撫でるように動かすと、みゆきは眉をしかめる。苦しい顔。気持ちいい……のかな。なんか辛そう。指先でなぞっていると、さっきよりも固く大きくなってきた。みゆきの呼吸は少しだけ乱れてる。はあと息を吐きだして、ごくりと生唾を飲む、のどの動きに少し見惚れる。

「みゆき……気持ちいい?」
「っ……、んん、おまえ……しゃべんな……」

 しゃべんな!?
 予想外の答えにだいぶびっくりする。少しいらっとしたけれど、もしかしたらみゆきも余裕がないのかもしれない。だって耳まで赤くなってるところなんか、初めて見たし。なんか可愛いかも……。
 ゆるく絡めていた左手をくい、と引いて、みゆきはわたしの手の平に頬をすり寄せる。あ、いまの顔。無防備すぎる表情に、母性本能がくすぐられる。身体の奥のほうがきゅうっと軋んだ。

、」
「……ん」
「直接、さわって……」

 熱っぽい瞳が近づいてきて、思わず身体がこわばった。みゆきの声、掠れてて色っぽい。こぼれる吐息も。カチャリとベルトを外す音がしてはっと顔を逸らす。ここまで来たら、なんだか引き下がれない。ドキドキしてる。目線を下げれなくって、そっぽを向いていたわたしを、みゆきは焦れったそうに抱き寄せた。わたしの手の平を、自身のそれにあてがう。
 ……熱い、ぬるりとした感触。不安によく似たおそろしさがよぎる。

「みゆき……」
「っ……、かるく……握って」
「う、うぅ」
「っはは……やべえ、もうイキそー、」

 指の腹でスル、と撫でつけるように動かすと、みゆきはビクッと肩を震わせた。ゆっくりと視線を戻して、みゆきの顔を覗きこむ。潤んだ目でわたしを見て、みるな、って顔をしてくちびるを噛む。その表情がいやらしくって、なんだか無性に胸騒ぎがした。みゆき、気持ちよさそう。かわいい、声……。

「っあ、」

 人さし指と親指でクルリと囲むようにして、ぬるぬるした先のほうを擦る。みゆきはうつむいて、わたしの肩にひたいを乗せた。しがみついて、耐えるようにしているのが分かる。苦しい……のかな。気持ちよくない? どこに触ったら、気持ちよくなるんだろう。まだ直視はできないけれど、少し手の平を下ろして、根本までゆるゆると触ってみる。きゅう、と強く握って軽く上下に擦ってみれば、みゆきの身体がびく、と揺れる。

「ぐ、……おまえ、まじ……!」
「あれ、だめだった?」
「そう、じゃねーよ……、すっげ気持ちいい……」

 耳元で聞こえる呼吸が荒くって、たまに混じる声がやらしくてわたしまで変な気持ちになる。
 こうやって、ちょっとキツく擦られると、気持ちいいみたいだ。はりがねが入ったみたいに立ち上がったそれは、ドクドクと脈打ちながら熱を持っている。さっきよりまた、おっきくなった……かも。先っぽからはぬるぬるしたものがどんどん溢れてくる。指に絡んで、手を動かすたびに小さく水音が鳴った。なんかやらしい音、だなあ……。ようやくちら、と目をやる勇気が出てきた。体液がぬらりと光る、肌色のそれ。初めて見る男の子のそれにぐっと息を飲む。
 みゆきのこめかみには、薄っすらと汗が滲んでる。いつも涼しい余裕な顔で笑ってるくせに、今は真っ赤な顔して眉をしかめている。わたしにもたれて、はぁはぁと息を荒くしているみゆきは、少し幼くって、可愛い。それなのに、おとこっぽくて、すごくやらしい。
 先のほうを軽く握って、先っぽをグチュリと指で押してみる。みゆきはぐっと息を詰めて、わたしのTシャツをぎゅうっと握った。

「っ、そこ……、」
「……ここ?」

 ずいぶん掠れた声で、もっと、って言うからさっきよりも早く上下に動かして、ぬるぬるしたそれを擦りつけるように扱いてみる。少しくぼんだところ、を弄られるのが気持ちいいみたいだ。みゆきは辛そうな顔してるけど、どういう風にすれば、みゆきが気持ちよくなるのか、少しずつ分かってきた……かも。
 じいっと見つめていると、不意に目が合って、その顔を見ているとこっちが恥ずかしくなってしまう。余裕のないみゆきは噛みつくように、わたしの唇を食んだ。ちゅっちゅっと音を立ててキスをして、舌を伸ばして応じればみゆきはびくっと腰を揺らして、吐息交じりの声を上げた。


「っやべ……、、」
「へ」
「も、イく……っ!」


 その瞬間に――――手指の隙間からぴゅうっと白い液体が飛んで来た。
 ほんの一瞬のできごと、だ。ぱたっと手や腕についたそれはドロリと流れて、わたしの手を汚している。生温かいぬるぬるした感触。手の平を開いて見てみると、白く濁ったそれが蜜のように垂れた。

「……すっごい」
「おま……、だから、そういうこと、言うなって……」

 はああ、と何度目か分からないため息が聞こえてきた。脱力してベッドにもたれかかったみゆきは、まだ火照る頬を隠すように覆って、呼吸を整えてる。みゆきでも恥ずかしいんだ。さっきからみゆきは珍しい顔ばかり見せてくれる。それも、わたししか知らないみゆきの一面だと思えば、なんかちょっと……うれしいような。

「なあ……ティッシュは」
「あっち」

 少し身を乗り出せば届くところにある。みゆきに跨ったまま、可動域の広いわたしがうんと腕を伸ばして、ボックスを汚れていないほうの指先に引っかけた。
 みゆきはまず自分の手や下腹部を拭いてずり下していたパンツを履きなおす。それがなんだか間抜けな仕草で少し笑った。気恥ずかしそうに「じろじろ見るな」と悪態をつきながら、わたしのぐちゃぐちゃに汚れた手の平や、指の間を拭いていく。少しらんぼうだけど、丁寧に。みゆきはおもむろに、ばつ悪そうな顔してわたしを見上げたから、ふいに胸がドキリと高鳴った。……みゆきの顔、まだ赤い。

「なんか俺すっげー情けねえ」
「なんで」
「いや、そりゃあさ、気持ちよかったよ。もーマジ、めちゃくちゃ興奮したんだけど」

 一言多いよ。だけどもしかしたら、みゆきは拗ねてるのかもしれない。ふて腐れた顔で口を尖らせるから、その薄っぺらい頬をむにっと抓ってみる。みゆきはわたしの手を掴んで、覗きこむようにじっと見上げた。少し気だるげなその瞳に、まっすぐ見つめられると、なんだか少し構えてしまう。

「……俺ばっかり気持ちよくても意味ないじゃん」

 予想外の言葉。急に恥ずかしさがこみ上げてきて、なんにも言えなくなった。みゆきのほうが余裕な顔していて悔しい。さっきまで真っ赤になってたくせに、なんかずるい。

「わたしのことは……いいよ。みゆき怖いし」
「またそれかよ!」
「……でも、今日のみゆきはちょっと可愛かった」

 言えばみゆきはぐっと口をつぐんだ。あ、照れた。顔を背けるようにうつむいたみゆきが、照れ隠しにわたしの手の平をぎゅうと握ったり、指を絡めたりして手持ち無沙汰に遊ばせたりしているのは、甘えてる子どもみたいでやっぱり可愛い。
 かっこよかったり可愛かったり、変なみゆき。だけどわたしが思ったより恥ずかしくなかったのは、そういうみゆきも含めて好きだって実感したからかもしれない。悔しがるその顔も、恥ずかしそうに笑う瞳も、それを知っているのはわたしだけかもしれない……から。なんて、みゆきには絶対言ってやらないけど!

幼馴染のみゆきくん4 (150531) 今日はわたしの勝ち!

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