勉強を教えろとやってくるくせに、ちゃんとシャーペンを持っているのなんて最初の30分くらいだ。
 野球をしているときはありえないほど集中力があるくせに、それ以外のことになると途端になんにも出来なくなる。いつも持ってくる数学や古文の課題だって、教えてあげたことを全部ちゃんと理解しているのかどうかもよく分からない。友だちにも分かりやすいって評判のわたしが、せっかく丁寧に説明してあげているというのに。
 あんまり真面目にやらないなら、もう教えてあげないよ。なんて言ってもあまり効果がないのは分かっている。プリントを覗きこむ距離がどんどん近くなって、たまにわたしをぎらぎらした目で見つめてるのが分かって思わず知らんぷりをしてしまう。近いと突っぱねても、かえってその手首をつかまえて、ぐいっと距離を詰めてくるのがみゆきなのだ。
 にやにやと眼鏡の奥の目が笑っている。数学の課題は? もういいの? あんまり顔を寄せてくるから、正座していたのが崩れておしりをつくと、みゆきはその膝を割って身を乗り出してくる。あ――――、ひっくり返る。そう思った瞬間には床に背中を打ちつけて、天井とみゆきを仰いでいた。

「もっと色気のあるかっこしてくれたらなあ〜。おまえ、いつ来てもスウェットじゃん」
「だって、部屋で可愛いかっこする必要ないもん」
「俺がせっかく遊びに来てんだから、もっとサービスしろよ」

 わたしが適当な部屋着でも、結局こんな風にもつれあって襲ってくるくせに。最近のみゆきはいつもこうだ。男の子だからしかたないって自分で言っちゃうあたり、堪え症がないし、我慢弱いっていうか……。みゆきは前よりもずっと力が強くなったし、身体も大きくなって、会うたびにどんどん男っぽくなっている。それに引き替えてわたしはよわよわとしたままだ。いざ身を持って男女の差を実感すると、みゆきに良いように転がされている自分がちっぽけなもののように感じてくる。
 抱きしめたり、キスをしたり。そうやって触れるときに、みゆきのことを男の子だなあって、意識する。

「たとえばどんな?」
「んー、そうだな。短いスカートとか、中学んときの制服とか?」
「それ、ただのコスプレ」

 ははっと笑って、みゆきはわたしの唇を塞いだ。
 キスをするのは気持ちいいから好き。それを教えてくれたのはみゆきだ。少しだけ口を開けばみゆきの舌がすべりこんで、深く深くまで入ってくる。邪魔そうに眼鏡を取って、もう一度キスをして、ちゅうっと吸いつくように舌先を食む。
 わたしをじとりと見下ろす瞳、手首を押しつけてくる厚い手の平、身体に圧し掛かってくる、重たい身体。おとこっぽくてやらしい。みゆきは唾液で濡れた唇を、わたしの首元に押し当ててくる。ちゅ、ちゅっと丁寧にキスをして、熱くなった吐息をはあと吐き出す。ぞくりと背筋がふるえた。

「や、だ……みゆき」
「ん……、だいじょうぶ、」

 怖くないから、と耳元でわたしをなだめるその声は、初めて聞く声だった。おとなびた、いつの間にか、男の子になってしまったみゆきの優しい声。
 つつ、と服の裾から手が入ってきて、思わず身体が跳ねあがる。みゆきの手は熱くって、まめだらけで固い。ゆっくりと胸に宛がわれたそれを、押さえるように服の上からつかまえる。みゆき、と見上げた目はぎらぎら、揺れていた。男の子の顔をしている。

「……みゆき、やだ」
「なんで。ちゃんと優しくするって」
「やだ、こわい、」
「……おまえそればっかり。なにが怖いの?」
「みゆきが!」

 ふんっと言い放ってやればみゆきは眉をしかめて、深いため息をついた。駄々っ子のように頬を膨らませて、「なんでだよ」と拗ねたような声で擦りよってくる。落ち込んだふりしてその右手はわたしの胸から離れる気配がしないのだから、心底強かなやつだと思う。
 みゆきはブラの上から力を込めて、やんわりと指先を遊ばせる。手のかたちにつぶしたり、ふにふにと手の平を押しつけたり。くすぐったいような、よく分からない感覚が背中を走る。みゆき、やだ、離して。わたしが何度押しのけようとしても、みゆきはわたしの上からどいてくれない。

「もう、やだ、ってば」
「だって触り心地いいんだもん。気持ちよすぎ」
「さいあく、みゆき……、あ、っ」

 ――――身体がびくっと跳ねて、変な声が出た。
 はっとして思わず固まる。なに、今の声。今の感じ。一瞬ひどく驚いた顔をしたみゆきはすぐににんまりと頬をゆるめて、いやらしい顔でわたしを見下ろしている。信じらんない、ありえない。身体も顔もとたんに燃えるように熱くなって、両手でみゆきを押して突き放した。剥かれた服も慌てて直して、どたばたと距離を取ってみゆきを睨みつける。
 ほんと、なにこれ。ひどい。みゆきの顔も、わたしの声も!

「みゆきのばかっ!」
「ははっ、いまのやべー。俺動けないんだけど」
「さいてーーー!!」
、ほんと可愛すぎ」

 嬉しそうに笑っているみゆきにそっぽを向いて、居住まいを正す。こんなつもりじゃなかったのに。とりあえず正座をしろと怒ってもみゆきは「動けない」の一点張りで気持ち悪いから放っておくことにした。
 途中で放っておいた数学のプリント、もう答えてなんかやらない。机の上のそれを手繰りよせて、シャーペンで思い切り『みゆきのばか』と書いて、くしゃくしゃのまま机の上に放り投げた。
 最近のわたしは、なんだか変だ。これも全部みゆきのせい。自分の色んなことが暴かれているみたいで、くやしくって、なんだかこわいよ。

幼馴染のみゆきくん 2 (150225)

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