予告した時間のちょうど10分後を狙ってインターホンを押して、返事を待たずに玄関のドアを開ける。5分で行くと言って本当に5分で行けばは嫌な顔をするのだ。ピンで止めていた前髪を下ろしたり、かなりダサい部屋着をちょっとダサい部屋着に着替えるくらいの差しかないのに、女子には準備があるとかなんとか言って玄関で待たされてしまうから、いつも告げた時間より少し遅めに行くことにしている。化粧もろくにしないくせに、妙に色気づいちゃってさ――――なんてからかえば、きっと顔を真っ赤にして怒るのだろう。その顔を見るのもまた一興ではあるのだが。
 ぱたぱたと階段を下りてくる小さな足音を聞きながら、誰もいないリビングへ向かう。ソファにどかりと腰を下ろし、テレビをつけたときにようやく追いついたがうしろから俺を覗き込んできた。「おかえり」と呟く唇はいつものようにつやつやで、俺を誘うように桃色に潤んでいる。

「ただいま」

 その柔らい頬が恋しくなって、つい手を伸ばしてぎゅうっとつまみあげる。輪郭は細いのにふくふくと丸い、幼げな横顔は昔からずっと面影を変えずにいる。
 おばさんは、と聞けばは「買い物中」とぶっきらぼうに返事をした。週に一度の、俺の唯一のリフレッシュが今、絶好のタイミングで叶おうとしているのだから、これは喜ばずにはいられない。俺がついニヤリとしてしまったのには気づかなかったようだ。俺の手をするりと逃れて、台所でふたり分のお茶の用意をしてくれる。の家に来たときにこうするのが俺たちのルーティンだった。コップを手に持ちながら、階段を上るのうしろを追いかける。
 野球部の練習のない日。週に一度でもあればいいこの日に、俺は決まっての家を訪ねる。物心つく前から幼なじみとして一緒に育ってきた、隣の家のちゃん。
 俺がずっとずっと大好きでしょうがない女の子だ。

「今週の課題もぜんぜん分かんなくってさ」
「また数学? わたしもそんなに得意じゃないよ」
「そんなこと言って。俺の何倍も出来るくせに」

 の部屋は白とピンクを基調にした、女の子らしい部屋そのものだ。甘い匂いがしたり、可愛いクッションが転がっていたりする。その部屋のまんなかに小さなテーブルを広げてふたりで覗きこむ。
 俺がバッグから取り出した数学の課題プリントに目を通して、はすぐにシャーペンをカリカリと動かした。ここは、この公式を使って、こっちはこうで……と、きっと分かりやすいのだろう解説をまじえながら、いつも達筆な数字をみっちりと書きこんでくれる。

 都立の進学校に進んだは、昔から俺よりもはるかに勉強の出来が良かった。部活もやらず習い事もそこそこに家に引きこもってばかりで、ついに得意なことが勉強しかなくなったのだと、頭のおかしいことを言うのも頷けてしまうくらいには、は真面目な性格をしている。昔は一緒に自転車に乗ってあちこちと駆けまわっていたと言うのに。そんな活発な子ども時代がうそみたいに、月日が経つほどには女の子らしく、おんならしく、小さくて弱い生き物になってしまっていた。
 隣に座っているとそのからだの華奢さに目が行く。さらさらの髪は良い匂いがして、白く手触りのよさそうな首筋なんかについ手を伸ばしたくなる。真面目な顔でプリントに向かっている頬を、指でするりと撫でてこちらを向かせる。集中力なんかとっくに切れていることに気づいてたくせに、俺がにやにやと笑っているのを、は鬱陶しそうな目で見上げた。
 じりじりと距離を詰めればシャーペンを手放して、俺がキスを迫るのをはだまって受け入れてくれる。観念したように俺の肩をきゅうっとつかむ、その仕草にもいちいちグッと来る。小さい、かわいい。女の子のからだはどうしてこんなに、柔らかいんだろう。の小さな唇に、ただ自分のそれを重ねているだけではもう足りない。舌でぺろりと舐めて、うっすらと開いたそこに差しこむように舌を伸ばせば、困った顔をしながらもそれに応えてくれた。ちゅぷ、と唾液が絡む音がして、呼吸が荒くなる。つい夢中になって、勢いよく押し倒してしまった。
 後ろ頭をぶつけて「いて」と色気のない声を上げたの瞳は、俺を映してゆらりと揺れ動く。思わず、ふは、と笑みがこぼれた。

「さあ、今日こそは最後まで」
「……みゆき怖い」
「怖くない怖くない。な、」

 覆いかぶさって見つめ合って、ちゅっちゅっと小さなキスをしているうちはまだいい。徐々に深くなって舌を絡めていれば、は無意識なのか狙ってるのか知らないが俺の首に腕を回して、ときどき喉を鳴らして唾を飲みこんで、うっとりと目を閉じてみせたりするのだ。もうすっごい、気持ちよさそうに。そんな表情を見せられるたびに俺はギンギンに興奮して、うっかり鼻息が荒くなってしまう。やべえ、マジでエロい。可愛すぎる。こちとら男子寮に閉じ込められて、生身の身体に触れるのも一週間ぶりだってのに、我慢なんか出来るわけねーぜ。
 いつもはこの辺で止められるけど今日は行ける気がする。そっとの胸に手を触れて、弾力のあるふわふわしたそれを揉みしだいてみる。と、すぐに手を振り払われて、眉をしかめたにじとりと見上げられてしまった。

「みゆき……やだ」
「……すいません」
「すっごい当たってる」

 ――――おまえのせいでね。
 またこんな中途半端なところでお預けされて、俺の高ぶりはどうしてくれる。俺たちが幼なじみという枠を越えて恋人同士になったのは約3か月ほど前のことだ。キスはいいけどエッチはだめ、よく分からないけど怖いから。という漠然とした理由で何度も何度も断られ続けて俺のメンタルはそろそろ限界に近い。しかし嫌われてしまってはかなわないから、毎回折れてやるのは俺のほうなのだ。
 が俺のことを大好きなのは知っているし、他の男に取られる心配もあまりしてない。問題はいつ身体を許してくれるのかどうか、それだけだ。幼なじみだからこそ、キスはイケるけどエッチは生理的に無理、なんて身も蓋もないことを言われたら、俺の精神だってさすがに崩壊するに違いない。だからこう、込み入ったことを聞けない。

「……ホントにもうダメ? 俺辛いんですけど」
「ダメ。しない」
「ちょっとだけ。お願いちゃん」
「みゆき怖いもん」
「……手だけでもいいから!」
「さいってー!」

 手の平で額を押し返された。もぞもぞと俺の下から身体を引き抜いたは、乱れた髪の毛をささっと整えながら俺の前に座りなおす。人をその気にさせといて、自分ばっかり平然とした顔しやがって……こいつ男のカラダ事情を舐めてやがる。
 どうしてくれんの、と行き場のない思いをくすぶらせていると、はふいに俺の胸に寄りかかるように身を乗り出して、おもむろにキスをしてきた。さっきのよりずっと可愛らしい触れるだけのキス。

「キスだけならいいよ」
……」

 ――――だから、それが辛いんだっての!
 にこにこと可愛らしく微笑むそれは、俺を思いやってのことなのだろう。ちくしょう、結局今日も生殺しだ。がちがちに興奮してるそれを抑えるように深呼吸して(当然無理だった)の身体をぎゅっと抱きしめる。
 腕の中にすっぽり隠れてしまうほどちっちゃくって、どこもかしこもやわらかくって、うずめた首筋からはシャンプーの香りがする。また一週間会えないのかと思うと名残惜しくて、ずーっと触っていたくなる。連れて行っちゃだめかな。いや、他の奴らの目に晒すのもいやだし、やっぱり連れて行かなくていいや。そのかわりこの匂いと感触をしっかり覚えて一週間がんばろう。色々と。

「みゆき」
「……トイレ行ってきます」

 収まりつくわけねーっつの! ああもう、来週こそリベンジしてやるから覚悟しろ、。心の中でそう誓いながら、苦しまぎれに目の前の可愛い唇にぱくりと噛みついた!

幼馴染のみゆきくん (150225)

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