なんとなく寝苦しくって時計を見やれば、まだ1時半を少し過ぎた頃だった。
 寝返りを打って、スマホでSNSやニュースに目を通しているうちにもどんどん目がさえていく。これはしばらく寝つける気がしない。仕方がないから一度お茶でも飲んでリラックスしようと、わたしは起き上がってカーディガンを羽織って談話室に向かう。さすがに誰もいないだろうと思っていたのに、談話室には誰かの影があった。あの後ろ姿は……。

「真澄くん?」
「……! 監督!」

 Tシャツ姿でソファに座っていた真澄くんは、どうやらわたしと同じように寝つけずにここまでやってきたようだった。真澄くんが眠れないなんて珍しい。思ったことをついそのまま口にしても、真澄くんはまったく気にしていない様子で、それどころか「おそろいだ」と嬉しそうに肩をすくませている。なにそれ。そんなことまで嬉しいなんて。

「監督、眠れないの?」
「うん……真澄くんも?」
「俺も。だけど、監督が添い寝してくれたらすぐ寝れると思う」

 この子はさらっと、呼吸をするように口説いてくるから油断ならない。はいはい、と流して真澄くんのとなりに腰かける。背もたれに寄りかかって、手足を軽く伸ばしてみるけれど、眠気はまだやってきてくれそうになかった。

「じゃあ、俺が添い寝する。あんたの部屋で寝たい」
「だめです」
「……俺の部屋でもいいけど」
「行きません」

 真澄くんはどんなときもめげずに、折れずにストレートな思いをぶつけてくれる。悪い気はしない、どころかわたしは、嬉しく思ってすらいるのだ。……たとえ相手が現役高校生だとしても、自分のことをこんな風に思ってくれる人がいるのは、幸せなことだから。
 誰もいない談話室で、わたしと真澄くんのとりとめもない会話だけが響いている。真澄くんの声は穏やかで、優しくって、ゆっくり話していると少しずつまぶたが重くなってきた。良い感じに眠気がやってきたみたいだ。

「眠い?」
「うん……」

 静かな優しい空間で、徐々にまどろみはじめたわたしの頭に何かが触れる。真澄くんの手のひら、みたいだ。わたしの髪を梳くように撫でている。少し驚いたけれど、真澄くんの手は心地よくって、つい甘えてしまいたくなった。大切なものに触れるように、そっと撫でてくれたから。
 ついにはまぶたがくっついて、首がコテンと傾く。数秒うとうとしてから、わたしはふっと目覚めて慌てて顔を上げた。ああ、やばい――うっかり寝落ちするところだった。

「うあ……寝るところだった」
「眠ってもよかったのに。俺が部屋まで運んであげる」
「そうはいかないよー……」

 真澄くんこそ、眠くはないんだろうか。すっかり重くなったまぶたを必死に開けて、わたしをじっと見つめていた彼の方へと顔を上向ける。真澄くんの様子は、眠そうには見えない。それどころかさっきよりずっとキラキラした瞳でこっちを見ている、ような。

「眠くない。目、覚めた」
「え」
「眠そうなあんたが可愛いから」

 もっと見ていたくなった。……なんて、真澄くんはわたしの顔を覗き込みながら、嬉しそうに目じりを下げる。なんだか急に恥ずかしくなってきてしまった。真澄くんはただの年下の男の子、っていうだけじゃない。もっと甘くて優しい、特別な思いがわたしの中にもあるのだ。誰にも言ってない、真澄くんにも、気づかれていないはず。わたしが自分自身ですら、認めるのをためらっている秘密の感情。
 うっかり赤くなってしまいそうな頬を隠して、わたしは自室へと戻る。ほんの少しの距離なのに、わざわざ送り届けてくれた真澄くんに手を振って、おやすみ、と告げれば真澄くんは一度だけ頷いた。名残惜しそうな瞳でわたしを見つめて、同じように手を振り返す。

「明日こそは一緒に寝て」
「……それはどうでしょう」

 ほんと、面白いくらいにめげないなあ。まっすぐなその想いはあまりに眩しくって、今にも溢れてしまいそうだよ。




(170208) どんなばかげた戯言でもいい




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