特別な美人というわけではない。昔はだいぶ厚ぼったくて、ごまかしがきかないと嘆いていた奥二重も、二十歳を迎えるころには薄くくぼんでいて、ああ痩せたのだなあ、とその目を見て思った。笑うと頬骨が高く上がる。スリムな丸顔は、耳を出しているほうが綺麗に見えて、俺は好きだ。
「にゃあちゃん」
 ずいぶんと安易なそれはの飼い猫の名前で、呼ぶと台の上をすとんと降りての腕に吸い込まれるように抱かれた。俺はでぶねこと呼んでいる。の細腕には余るほどたっぷりした体つきで、当たり前というような顔をしての腕の中に鎮座している。俺を見て、しれっとした顔でどうだと見せびらかすようで、がそいつを抱き上げているとき俺はなんだか拗ねたような気持ちになるのだ。
 別に羨ましくなどない。
はおやつを与えすぎではないか」
「そう? ふつうだよ」
 ねっ、にゃあちゃん。
 赤子を抱くように、太ったでぶねこの後ろ足をぽんぽんとさすって、体を揺らす。人間の子供のように寝てくれるわけもないと分かっているのに、愛しげに愛しげに。
 のそういう表情は、好きだ。誰に認めてもらえなくても構わないが、俺はこの姿を写真に収めて、部屋に飾ってやってもいいと思うほど、好きなのだ。が猫を抱いている姿。愛しげに愛しげに、猫を撫でるその表情。このままあっちに持って帰りたいくらいだ。何ならそのでぶねこごと。俺が一人暮らしをしているあの部屋なら、1人と猫1匹くらいなら、きっと不自由なく住めるはずだろう。
 言い出せないけど。
「尽八君、今回はどれくらいいるつもりなの?」
「そうだな。1週間くらいだ」
「そっか。おかえりなさい」
 向こうの、俺の部屋でも、毎日そうやって出迎えてくれないか。なんて。
「なあ、1週間なんて、短いんだぞ」
「そうだね。でも基本的に会えないから、大事に感じるよ」
「随分いじらしいことを言うな」
 からかうように言ってもには効かない。むしろ俺のほうが、我慢に耐えかねているのだ。帰省までの間、ひどく長く感じた。こんなに長くに会わないでいるのは、大学に進学してからも初めてで、参ってしまったというのに、は久しぶりに会った俺を放って、ただでぶねこを抱いて、俺が愛してやまないその顔で平気そうに微笑んでいるだけだ。悔しいどころか、腹が立ってくる。
 なあ。お前をこんなにも愛しいと思う物好きなんて、これから先もずっと、俺だけだよ。断言してもいい。だから早くそのでぶねこを降ろして、その体全部を俺にくれないか。




初恋と呼ぶ (140209)























 柔らかい茶髪はベッドにさらされて、鼻先をくすぐる甘い花の香りがまだ少し濡れてる髪のそれなのか、もう冷えてぺたりとする肌のそれなのか俺には分からなかった。華奢な手首をつかむと、柔らかさの奥に細い骨の感じがある。は骨まで細い。細長いその親指に触れて、何度もなぞる。
「新開君、眠そうな顔してるね」
 シャワーを浴びて落ち着いて、眠気に負けてしまいそうなのは事実だった。は眠る犬猫にするように、何度も俺の髪を撫でつける。眠たい。冷え性の爪先が首に触れるのが、心地いい。抱き寄せると押しつぶしてしまいそうで、俺はいつも気を遣う。俺がこの体で圧し掛かったら、このちっぽけなからだなんて潰れてしまうだろうから。
「ああ。おめさんは、まだ眠くないのか」
 こうやって横になって撫でてばかりいたら、我慢できなくなって襲っちまいそうだ。それが分かってるから俺は寝ようとしているのに。早く寝てくれ。の寝顔を見て、その額にキスが出来たら俺はそれでいいから。耳にかかった髪の毛を梳いてやると、気持ちよさそうにが目を閉じたのを見てやっぱり、どうしようか迷った。ゆっくりゆっくり、待ちたいと俺は思ってる、けど。
「…………どきどきして寝れないよ」
 その一言で弾けた。覆いかぶさってキスしようとすると、が少し身構えて、肩をすくめたのが分かって、少し我に返る。できるだけ体重を掛けないように気をつけて、その小さい唇を奪う。舌が絡んで、俺の乾いた唇がどんどん潤っていく。いつかが、新開君とのキスは食べられてしまいそうだ、と言っていた。
 その言葉通り最後までぺろりと食べつくしてしまいたい。
「ん、新開君、待って」
 たぶん俺の力は強すぎて、欲望に任せてに触れたらは痛がるのだと思う。柔らかすぎて、どのくらい力を入れたらいいのか分からない。でも甘くて柔らかいそれを前にして制御するのも惜しいと感じてしまう。欲しくなる。誘惑がその瞳なのか、声なのか、温度なのかも分からない。がいいと言うまで、ゆっくり待ちたい。にも俺を、求めて欲しいから。
「最後までは、しねえよ」
「うん、ごめんね」
「いいよ。おめさんの嫌がることはしねえから」
 辛いけど、それでもいい。そう言って頬にキスすると、は幸せそうに笑うから、本当にそれだけでいい気がしてくる。でも、行けるとこまで行っていい? に怖がられると、無性に傷つくから、ちょっとずつ慣れてくれると嬉しいんだけど。はありがとう、と言って俺の両頬を手でつつんで、瞳の真ん中をじいっと見て首を傾けた。
「優しくさわってね、新開君」
 …………そういうこと言われると、制御できなくなっちまうだろ、ばか。




意地悪なドラマチック (140209)























 薄く汗ばんだ太ももを撫でると、そこから鳥肌が立っては背中をのけ反らせた。俺の骨が当たるのが痛いと言っていたが、の柔らかい腰に手をかけると、骨のくぼみがすぐに浮かんでくる。だってじゅうぶんに細いくせに。そこらじゅう柔らかくふわふわしているのに、触ると肋骨とか、手首の骨とか、なぞれるくらいせり出してるのが分かる。のからだのこういうことを、知っているのは俺だけなんだろうなと思う。他のやつらは誰も知らない。背骨の上にキスをされるのが、好きだって言うこと、とか。
「私、なにしてるんだろう、って気持ち」
 行為が終わってぐったり横になって、はあ、と息を整えるが、乱れた髪を小指で撫でつけながら、そんなことを言った。
「俺に言うな」
「だって、恥ずかしい」
 薄い毛布をくるくると身にまとって、はだるそうに笑う。セックスするのが嫌なわけじゃなくて、恥ずかしい感覚が嫌いらしい。俺に見られるのが恥ずかしいと。もう何度もしているのに、終わるたびにはため息の余韻に浸って、俺に背を向ける。そうやってそっぽ向かれると、俺の方が不安にさせられるって、は気づいていないんだと思う。

 こっちを見ろ、と言って体に触れると、はびくりと反応して、笑いながら寝返りを打った。
「くすぐったい」
 赤らんだ頬が楽しげに笑ってる。前髪を分けた茶髪がさらり、俺の腕に乗って、は俺にぴったり寄り添って目を閉じる。白くてさらさらな肌が、まだ少し敏感で、わざと腰を撫でるとの体は跳ねて、俺をじっと睨みつけた。やだ、という薄い唇を、無性に塞いでやりたくなった。背骨を下からなぞっていくと、身構えたは俺の腕をつかんで、押し返そうとする。は背中が弱い。
「俊輔、だめ」
 甘いため息が漏れる。は笑ってるが、眉根が寄って、俺がキスするたびに瞳がとろけていく。
 するつもりはなかったのに、に覆いかぶさると、受け入れるように俺の首に手を回したから、珍しいその仕草に妙に興奮して、すぐに呼吸が荒くなった。体を撫でてやると耐えかねたように甘い声がこぼれて、顔をそむける。俺はそれが可愛くてつい笑った。の顔はより赤く火照っていく。
「何してるんだろう、って思うか」
 ふざけたわけじゃなかったが、聞けばは驚いたように、笑った。
 気持ちよすぎて、自分が自分じゃなくなるみたいで、怖い。俺の耳元でそう囁いたは、俺の唇にキスをして、いいよ、と誘った。ぞくぞくと欲望が駆け抜けて、どうしようもなくなる。全部俺のせいに、したらいい。恥ずかしい、なんて感情も、忘れるくらい、愛してやるから。




シューティングキッド (140209)























 うとうと舟をこぎ始めた私の頬をぺちり、冷たい指が叩く。
「寝るなら、ちゃんとベッド行くショ」
 夜更かしにつよい裕介は平気な顔をしているけれど、もう夜の2時を過ぎたところだ。持っていたはずのシャーペンが滑り落ちていて、計算に使っていたザラ紙が肘の下でくしゃくしゃになっていた。うわあ。でも、過去問のほうは無事だ。よかった。散らばったプリントをまとめて、整えてから、空いたスペースについもう一度突っ伏しそうになる。
「このままじゃやばい」
 色んな意味で。テストは明日のお昼だから、明日の午前中にもう一回やれば、たぶん大丈夫だけど、なんか不安。でも眠くて眠くて、しょうがない。
「じゃあ、早く寝るッショ」
 すっかり重たくなった私の体を裕介が引っ張る。もう、このままここで寝ようかな、とさえ思う。朝早く起きて、このまま勉強する。無茶なプランだというのは重々承知なので、口に出さずに目を瞑っていると、いつの間にか私の後ろに回っていた裕介に、抱き上げられてからハッとした。お姫様抱っこだ。裕介のほっそい腕が私の背中と、膝のうらに回って、抱き上げている。
「折れる!」
「バァカ。折れねえよ」
 視界がずいぶんと高い位置にあって、なんか怖い。急いで裕介の首にしがみつくと、顔の位置が近くてまた少しどきっとした。ぺらっぺらな体は私がぎゅうって抱き付いたら、ぱきって折れてしまいそうだと思ってたけど、私のこと抱き上げてベッドに運べるくらいには、しっかりしてて、胸とかも案外とたくましいらしい。
「おまえ小さいから」
 裕介に比べたらたいていの女の子は小さいと思うけど……。なんて可愛くないことを思ったけど言うのはやめて、ふざけて軽いでしょ?と言ってみると、あと3キロ重かったら無理だった、なんて言うから、耳にふうっと息を吹きかけてやった。むかつく。
「おま、何すんだヨ! 危ねえッショ」
 落とすぞ、なんて言いながらも、裕介はそっとベッドに降ろしてくれるから、やっぱり優しいのだ。裕介は私の隣にすぐ横になって、私の毛布をぽんぽんと叩きながら、おやすみ、と寝かしつけてくれる。自分はもうテスト終わったからって、余裕見せちゃってさ。ずるいよ。もう波のように襲ってくる眠気に耐えながら、その薄っぺらい頬に手を伸ばして、引き寄せる。
「おやすみ」
 冷たい形の睫毛に触れて、唇を奪うと裕介は少しだけ驚いて、でも大人っぽく気だるい笑みを見せた。私の好きな表情だ。
「あした、早起きするからね」
「ん。ちゃんと起こしてやっから」
 だから早く寝ろよ、って頭を撫でて、裕介は優しく笑う。




くちびるでは伝えきれない (140209)























「荒北、風邪ひいたってほんと?」
 咳をして丸めていた背中をばん、と叩かれて、顔を上げるとがいた。物珍しそうに覗き込んできやがって。マスクを直しておうと返事すると、は他人事きわまりない感嘆の声をあげる。
「具合悪そうな顔」
「悪そうじゃなくて、悪ィんだよ」
 いちおうまともに心配しているらしく、前の席に腰かけたは真面目な顔をして俺をじっと見つめる。頭ぼーっとしてるせいで、せっかくが近い距離にいるのに、何かを考えてる余裕もない。いつもならもっとドキッとかギクッとかしてたかもしんねェ。なんか勿体無い気もするけど、それはそれでアレだし、良かったのか何なのかよく分かんねえし、あーもうだめだ、分かんねえ。頭回んねえ。
「帰んなよ」
「やだ」
 悪化するよ、とは諌める。
「学校に菌まき散らさないで」
 てめえ、そっちが本音かよ、移すぞ! マスクに手をかけて身を乗り出すと、はひゃあと飛び上がって、「冗談だよ」と取り繕った。てめえのそれは、冗談に聞こえねえんだヨ。心配とかいいからもうどっか行けっつの、うぜえ。……って言おうと思ったけど、疲れるから止めた。俺に反撃されなかったは逆に驚いて、本当に大丈夫?なんて聞いてくる。
「荒北が元気ないとか、変な感じ」
 ……じゃあおまえ、うるせえ、とかって言われたかったのかヨ? とんだマゾだな、チャン。
「睨まないでよ」
「睨んでねえヨ」
 はいつも俺に素直じゃないと文句を言うが、素直だったらここはどんな態度を取るのが正解なんだろう。俺の素直な気持ちといえば、眠たいっていうのと、に噛みつきたいってことで、まあこれは風邪引いてるときに限らず、いつも思ってるし、素直に言ってみたところで叶えられない欲望だということも知っているから、やっぱり素直になるのは難しいことだと俺は思う。
「熱あるんじゃない?」
 何気なく伸ばされたの手が俺のデコに当てられて、はっとした。何、しちゃってんのこいつ? 避けようとしたときにはもう遅くて、まんまと熱を測られてしまった。くそ、冷てえ手だなァ。っていうか、おまえのせいで、熱上がってんだよ。気づけよバカ。




やけどする繭 (140210)























1.ちょっと警戒心を解いてくれたからって、それはやり過ぎです。

 レース中の俺しか知らなかったさんは俺のことを相当怖いヤツだと思ってたみたいで、かなり避けられた。荒北の数少ない女友達のひとりだから、俺はさんみたいな珍しい子に少し興味あったんだけど、まともに顔見て話してくれたのは俺が最初に話しかけてダッシュで逃げられてから約1か月も後になってからだ。荒北より俺が怖いって、どういうことなんだ。普通にショック。
「新開君、教科書貸してくれてありがとう! 助かりました」
「おう。全然いいぜ」
 まあ今では教科書を貸し借りする仲になれたから良いけど。さんって普通にまじめそうだし、可愛いし、荒北と友達っていうのが意味わかんねえな。幼馴染っていうには仲良さすぎる気もするし。もしかして好きなのかな?荒北みたいな不器用なツンデレより、俺のほうが絶対良いと思うんだけど。なんてことを考えながらまじまじとさんの顔を見ていたら、ふしぎそうな顔で見つめ返された。あ、なんかこの角度、いい。
さん、いいね」
「え? なにが?」
 なにがっていうと、うーん、俺は首をひねって考える。
「けっこう好みのタイプ」
 だから荒北じゃなくて俺にしてみない?と、ふざけてバキューン、を付け加えてウインクしてみると、さんは固まってフリーズした。その結果、また怖がられてしばらく避けられた。荒北より俺のほうが怖いってなにかがおかしいと思うんだけど、でもとりあえずは、また1か月かけて距離を縮めてみようかなと思っている。狙った獲物は逃がさないタイプだから、俺。


2.愛の告白はもう少しわかりやすく伝えましょう。

「ん? オメー、なんか顔赤くナァイ?」
 新開君から走って逃げてきたらちょうど荒北に会った。どっきどきしてる、何これ。新開君こわい。いっつもあんな風に女の子を落としているんだ……こわい!!
「い、いや、新開君が……いやなんでもない!」
「ハァ? 新開ィ?」
 荒北にそんなこと伝えてもしょうがないし、第一なんて言っていいかもわかんないし! 赤面したまま黙った私の顔を荒北が覗き込んで、棘のような視線をぶつけてくる。こんな蛇みたいな顔ばっかりしてるから、女友達が増えないんだよ、と思ったけど本気で傷つきそうなので止めておく。私にとって荒北は、一応ちゃんとした男友達だ。それなりに仲も良いと思うし、楽しいやつだと思ってる。
「あいつになんかされたのかァ!?」
「ちっ、違う! 違うよ!」
「ッセ! だったら何でンな顔してんだヨ!」
 ぎゅうっと頬を抓られて、痛いっ!と声をあげると廊下にいた子たちがぎょっとしてこっちを見た。あの子、いじめられてない?荒北こわー、ひそひそ。みたいな女の子の囁き声が飛んでくる。あーあ、また誤解されちゃって可哀想に。
「荒北、そんな顔ばっかりしてるから、彼女できないんだよ!」
「ハアァ!? ンだよ、オメーに関係ねェだろがっ!!」
 細長い荒北の指先が痛くて、思わず涙目になって見上げると、少し罰悪そうにした荒北が、下唇を噛んで黙った。
「………………別に他の女なんか、」
 それだけ呟いてそっぽ向いた荒北が、それ以上突っかかってこなかったのが少し引っかかったけど、頬がまだ痛かったので何も言わないでおいた。


3.そんなに睨まないでください、あなたの顔は恐いんですから。

「む? 荒北とさんじゃないか」
 何とも言えない空気の中に、華やかな空気を飛ばして東堂君が現れた。正直、助かった。なんかよく分からないけど荒北はプリプリしてるし、私は私でまだ落ち着かないし。頬も痛い。
「なんだなんだ、喧嘩かね? さんにこんな顔をさせるとは荒北、一丁前だな」
「ッセ!! 喧嘩じゃねェ!! いつも通りだっつのォ!!」
 たしかにいつも通りだなあ、と思って頷いた。東堂君は天然っていうかあんまり雰囲気読まない人だから、あまり深く気にせずに彼のペースでぺらぺらと会話を繰り広げてくれる。荒北がそれに突っかかったり、たまに私が巻き込まれたり。さっきの空気を一変してくれたから、とりあえずほっとする。東堂君って独特だけど、こういうときにいてくれると助かるなあ。
「そうださん。この前の菓子は美味だったぞ。ありがとう!」
「ほんと? 新製品のイチゴ味、東堂君も気に入るかなと思ってさー」
「……………」
さんの選ぶ菓子はセンスがいいな。俺の好みと一緒だ!」
「あっ、じゃあこの苺ミルク味もあげるよ、はい」
「おお! ありがとう! 今度俺も何か礼をしよう」
「…………………」
 よく分かんないけど隣から強烈な視線を感じるんだけど、無視していいかなあ。


4.ツンデレを有効的に使い分けましょう。

「よっ、さん」
 俺が後ろから声をかけると、さんは振り返ってビクッと肩を持ちあげた。いや、怖がりすぎだろ。でもくちびるを尖らせて、ちょっと俯きがちに視線を逸らすその表情は、やっぱり良いと思う。っていうか、さんってこんなに可愛かったっけ?
「そんなに怖がらないでくんねーかな」
「だ、だって!」
「でも意識してくれてんのは、嬉しいよ」
 なんてこと言うとまた、さんの頬が真っ赤になって固まった。けっこう恥ずかしがり屋なんだな。そういう顔、もっと見たくなるっていうか……からかって遊んでみたくなる。荒北にバレたら殺されそうだなー。あいつたまに、さんのこと好きなんじゃないの?ってこと言ったりするし、いや、たぶん、好きなんだろうなあとは思うけどさ。
「荒北がさ」
「え?」
「飴持ってた。あれ、さんに貰ったんだって」
 あ、という顔をして、さんは自分のポケットを探る。ごそごそ。きゅっと握って取り出した小さな手を、「あげようか?」と控えめに、差し出してくれた。
「うん。欲しい。ありがと」
「べ……別にいいよ。この飴、美味しいから」
 ツンデレっぽい言い方してるけど、言ってること普通にかわいくてちょっと笑う。荒北の前でも、こんな顔してんのかな。突き出すように手のひらに落としてくれた苺ミルク味を握りしめて、じゃあまた、と手を振って踵を返す。


5.怯えてばかりでは先に進めませんよ。

「荒北、さんって可愛いな」
「ハァッ? 何言っちゃってんのォ、頭おかしいんじゃナァイ?」
 聞けば幼馴染で長い付き合いの荒北とさんは、お互いに可愛いとかかっこいいとかそういう概念がないらしい。まあ、俺にとっては好都合。しかし荒北は、自分がさんのこと好きだとかって、気づいてるんだろうか。気づいてなくても俺がさんに興味持ってるって分かったら、相当嫌がるんだろうな。
「あいつキャーキャーうるせーし、めんどくせーだろ」
「そうか?」
「…………新開ィ、オメーこの前、に何したんだヨ?」
 ブッサイクな顔で走ってきてさァ、なんてそっけない言い方してるけど、内心かなり気にしてますって顔だ。
「ちょっとからかってみた」
「ッハ。すぐ泣くから、めんどくせーぞ」
「そしたら反応が可愛かったんだ。クセになっちまいそう」
 荒北は黙った。ちらっと見てみると、珍しく小難しい顔して黙っていた。やっと勘づいたか?俺がさんのこと、狙ってるんだって。
「オメー、趣味悪いよォ。が可愛いって、ありえねー」
 …………。そういうお前が一番、さんが可愛くてしかたないって顔、してっけどな。早く気づけよ。


6.お礼はしっかり言いなさい、嬉しいんでしょう?

「最近の君は色々と大変だな。まあ、頑張りたまえ!」
 いきなり指さして何かと思ったら、東堂君はいつもどおりまあ偉そうに、さらさらな髪を揺らしながら華やかに近寄ってきた。なんだなんだ。東堂君はいちいち人目を引くから、やたら周りから注目されて恥ずかしいんだけど、彼自身に悪気はないようなので言わないでおく。モテる男っていうのも大変なものだ。
「何のことかさっぱり……」
「むむ。俺が知らないとでも思ったのか? 新開に迫られているという話じゃないか!」
 ど、どこからそれを。私が目を見開くと、東堂君はドヤ顔でうんうんと頷く。
「まあ君は荒北といい感じだと思っていたから、正直驚いたが……」
「えっ、待って何それ! 初耳だよ」
「ん? 違ったのか? 荒北の顔を見ていれば分かるぞ」
 ……なんか東堂君の勘の働かせ方、女の子みたい。やっぱりモテる男は細かいところにまで目が行くのかな。だけど、いくらなんでも、私と荒北は無いでしょ!無い無い。
「君はそれなりに美しいのだから、荒北は勿体ないな」
「あ、ありがとう……」
「俺レベルになると相手を探すのも大変でな。まあ、そういう意味では荒北も大変そうだが」
 それとなく荒北が全然かっこよくないってことを何度も公言してしまう東堂君は、本当に荒北と仲良しなのかな?と疑問に感じなくもないけれど、東堂君だから許されているのだろうなと思った。自信たっぷりの東堂君の振る舞いは見ててすがすがしくて、なんだかおもしろい。やっぱり、東堂君の距離感って、いいなあ。遠すぎず近すぎず。だからきっとモテてるんだ……。
「なんか東堂君と話すと、元気になれる気がする」
 ついそう伝えると、一瞬面食らったらしい彼は嬉しそうに笑って、「うむ。苦しゅうないぞ!」とよくわからない返事をした。


7.心配しなくとも、結構好かれていますよ。

「チビスケェ、飯食って帰んぞ」
 目の前に現れた荒北が睨みながらそんなことを言った。部活がオフらしい。
「おっ、それ俺も行く」
「なんだ、楽しそうだな。俺も行ってやろう!」
 荒北の後ろからふっと湧いて出てきた新開君と東堂君まで乗ってきて、私は何の返事もしてないのに一緒に行く雰囲気になってしまっている。今日はまっすぐ家に帰って、撮り溜めてた録画を見ようと思ってたのに……。荒北のばか。断ろうとする私の言葉を彼らは何度も遮って、わあわあしているうちに気づけば外。街に向かって歩き出していた。
 騒がしい3人を後ろから見てるのは、楽しかった。男の子ってなんかいいなって。私がにやにやしていると、新開君がくるっと振り返ったので、びっくりしてしまう。
「な、さんもそう思うよな」
「……え? ごめん、聞いてなかった」
「バァカ、ちゃんと話聞いとけ! ブス!」
「こらこら、女子にそのような口を利くんじゃない」
 荒北はほんとブスとかチビとかそういうことばっかり言うもんなあ。自分だってイケメンじゃないくせに。隣に並んでるふたり、見比べてみてよ、新開君と東堂君だよ。と文句を言おうかと思ったけど、そのふたりの手前、気が引けて止めておいた。私がしおらしくしてると荒北は、憎たらしい笑顔で見下ろしてくる。
「オメー、なァにぶりっ子しちゃってんのォ?」
「う、うるさい、ばか!」
 みぞおちを突くと荒北は変な声を出して怒った。新開君と東堂君がそれを見て笑って、ちょっと恥ずかしくなったけど、たまにはいいかなと思った。荒北はむかつくけど。
 なんかこういう放課後も楽しいなあって、特別な気持ち!


他の誰でもないふたりになろうよ (140220)


仲良くなりたい人たちに説く七題 by jachin


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