うたのプリンスさま・Free・弱虫ペダルの妄想コンテンツをまとめたページです。準夢小説ですので名前変換をお願いします。苦情や感想などございましたら拍手からどうぞ。場合によっては大人向け注意です。学生〜社会人の恋人設定が多いです。

抱きしめ15題


1.後ろから (嶺二)
 「たっだいまー!」と明るいテンションで帰ってきた嶺二。たまたま直前までやっていたドラマで、嶺二と女優さんの良い雰囲気のシーンを見てしまったところだった。お仕事なんだから、と言い聞かせるんだけど、ちょっぴり嫉妬してしまっている自分もいる。ごはん出来てるから待ってて、と半ば逃げるようにキッチンに立つけれど、なんだか気まずいかも。テレビでそのドラマがやっているのを見た嶺二は、「あれっ、見ててくれたんだー?」とご機嫌に近づいてくる。う、うん。でも顔ちゃんと見れない!こんな自分もいやだなあ、なんて思ってると、不思議がって顔を覗きこんでくる嶺二。「……あれ? ちゃん、もしかして嫉妬しちゃってる?」なんて、図星。し、してないよ!と否定しても顔が赤くなってすぐにバレてしまう。ああ、もう!「かっわいいなあ、ちゃん! ただのお芝居なのにっ!」おたまを持って震えてると、後ろからぎゅうっと嶺二が抱き付いてくる。首元に顔をうずめて嬉しそうに笑って、「分かりやすいね」ってちゅってして散々からかってくる。嫉妬してたのも忘れるくらい大事に大事に甘やかしてくれる、そんな嶺二との同棲生活、2年目。

2.寝ころんで (レン)
 休日の朝はルーズで、目覚ましもかけずに寝溜めするタイプのレン。お昼ごろに目が覚めたみたいだけど、ベッドでごろごろしてずっと起きてこない。様子を見に行くと「おはよう。子羊ちゃん」なんて言いながら、画になるポージングでベッドに寝転んでいる。なんかの撮影みたい……。そう思いながら近づいて、もう起きなよーと声をかけてみる。でも「そうだな、ハニーが起こしてくれるなら起きるよ」と両腕を差し出してくる。え、それって?恐る恐る手をのばしてみると、両手首をしっかり捕まられて、レンの胸にがばっと飛び込んでしまう。「ふふっ。起きてすぐ子羊ちゃんを抱きしめられるなんて、幸せだなあ」とそのままぎゅっと抱きしめられる。黙ってたらもう1回寝ようとしだすので、胸を叩いて一生懸命起こすけど、腕の力は振りほどけない。「離してあげないよ。せっかくの休みだしね。今日は俺に付き合ってもらうよ」なら起きて遊んでよ、と思うんだけど、笑って受け流されてしまう自由人お坊ちゃま・レンとの、だらだらした休日。

3.座り込んで (カミュ)
 大きな喧嘩をしてしまった。もう戻れないかも、と思い出すたびに涙がにじんでくる。いつものようにシャイニング事務所に出勤し、事務の仕事をこなしていくけれど心は上の空。夕方過ぎ、気分転換にコーヒーでも飲もうと自販機の前に立っていると。「おい」後ろから、聞きなれたカミュの声。え、ええっ。振り向くとカミュがつかつかと歩み寄ってくる。「探したぞ」は……?なんで、会いたくなかったのに、何?別れ話?……混乱して固まっていると、自販機にもたれてカミュが腕を組む。目線を逸らしたまま「……その、悪かった」とぼそり。「さすがに言い過ぎた。反省したんだ。許してくれ」だから、とカミュが向き直った瞬間、思わずへなへなと座り込んでしまう。びっくりした……、別れ話かと思った、堰を切ってボロボロこぼれてくる涙。「おい……これ以上不細工になってどうする」しゃがんでくれたカミュが頬の涙をぬぐって、そっと背中を抱き寄せてくれる。「泣かせてしまったな……」その優しい声にもっと涙が溢れてくる。どうかこのまま人が来ませんように。カミュを抱きしめ返して、ぐちゃぐちゃの仲直り。

4.軽く会話しながら (那月)
 寮のフリースペースに行くと、皆がそろってお茶をしている。ちょこっと顔を出すと、那月がすぐに気がついて「あっ、ちゃん!」と手招きして、お茶を出してくれる。課題の話をしたり、次の現場見学の話をしたり……みんなそれぞれ憩っている中でほっと一息。「このケーキ、美味しいんですよぉ〜」はいどうぞ、と那月が一口差し出してくれたのをぱくり。おいしい、と言う前に「ああっ、可愛い!」、おもむろに那月に抱き付かれ、皆「えっ?」。なっ、那月くん!!ジタバタしても力が強くてびくともしない。「ああもう僕、我慢できませんでした!ちゃんは本当に可愛いですねぇ!」翔ちゃんにすぐ抱き付くのを止めろと言われていたのに……、と反省しつつもぎゅううう。み、みんな見てるし、すっごい恥ずかしい。トキヤ辺りが「那月……人前でイチャイチャするのは避けたほうが賢明ですよ」とか呆れながら突っ込んでため息。那月本人は「イチャイチャ?」ぽかん、っていう、那月の無自覚な恋。

5.お姫様抱っこ (レン)
 旅行から帰ってきて、歩きすぎて足首を少し痛めてしまった。飛行機を降りた足でそのままレンの住むマンションへ向かう。「ああ、早かったね」なんて言いながら平然とドアを開けてくれるレン。旅行中、レンは少し寂しかったんだけど、顔にも言葉にも出さない。ずるい。靴を脱ぎながら思わずいてて、と足首を抑えると、目ざとくレンに見つかってしまう。「足、どうしたの」ちょっと痛めちゃって、と呟くや否や、そのままひょいっと抱き上げられ、リビングまでお姫様抱っこ。「無理に歩いちゃだめじゃないか、レディ。悪い子だ」と甘く囁いて諌めるレン。ごめんなさい、と謝るとにっこり笑って頬にちゅっとキスをされる。「それとも、お土産はレディ自身ってことなのかな?」なんてふざけて笑わせながら、ソファにおろしてからも、ずっと気遣って労わってくれる紳士なレン。優しいねって言っても「レディにはいつも優しいよ」ってかわされたり、「下心があるからね」って翻弄するようににこにこ笑ったり、ツンデレだったり。そんな読めない彼氏。

6.首に腕を回して (蘭丸)
 仕事で上手くいかないことがあったようで、ぴりぴりしている蘭丸。話しかけても「あー?」とか「ああ」とか返してくるだけで態度が悪い。なんかムカついてきて、寂しくもなったので、不意を狙って首元にぎゅっと抱き付いてみた。「……!?」珍しく積極的な行動に案の定、蘭丸は狼狽えて固まってしまう。「び……びっくりさせんな」とツンツンしつつも、ため息をついて腰を抱き寄せてぎゅうってし返してくれる。いらいらしないでよ、と拗ねるように言ってみると、八つ当たりしていたことに気が付いた蘭丸はちょっとだけ罰悪そうに「悪い」って呟いて、頬を摺り寄せてくる。シャンプーの匂いとか、背中の細さとか、そういうのが可愛くてたまらずぎゅっとする力が強くなる。あの、痛いんですけど……。「ちくしょう。お前、ずりーぞ」可愛すぎてムカつく、といって首筋をガブリ。伝わりにくいけど、甘えるときは甘える。素直じゃない蘭丸。

7.振り払われても離れずに (藍)
 久しぶりに事務所で会えたけれど、お互い仕事だから知らん顔してすれ違うだけ。なんか切ないなあ……なんて思って廊下を歩いていると、不意に腕をつかまれて、驚いている間にどこかの部屋にバタンと連れ込まれる。な、何?誰!?相手を確認すると、なんと藍ちゃん。喋るより先にぎゅっと抱き付かれる。だ、駄目だよ、と小声で押し放そうとしても、「やだ」の一点張りでぎゅうう。力が強すぎて振りほどけない。頭に頬をもたげて、充電するみたいにはあ、とため息。藍……?しばらくずっとこのままで、やっと離してくれたかと思うと、やっぱり喋るより先に唇にちゅっとキスをされる。「久しぶりだよね」優しくて少しだけ切ない声。「僕は寂しかったよ。お前は?」わ……わたしも寂しかったよ。頬を撫でながら、わたしが照れたのを見て満足そうにふっと笑う藍ちゃん。「ずっと会いたかったから、我慢できなくなっちゃって」だから連れ込んだんだ、なんて平然と言う男前。スリル満点で心臓持ちません。あくまでも秘密の関係、藍ちゃんと恋人同士。

8.寝ぼけて (音也)
 朝、一向に起きてこない音也を起こしに部屋へ。今日は朝から、一緒に練習しようって言ってたのに……部屋の中を覗くと、音也はまだベッドでぐうぐう眠っている。近づいて、おはよー、と声をかけると音也はだるそうに身じろぎする。ねえねえ、と肩をゆすって、うっすら目を開けたかと思うと――――「ん、」がばっ、と抱きしめられ、そのままベッドの中へ。ぎゅっと強い力で抱きしめられて逃げられない。「ん…………」至近距離で名前を囁かれ、思わずたじたじ。お、音也くん?!「可愛い……」あれよあれよと押し倒されて、半分まだ夢の中にいる音也がぼんやりと見下ろしてくる。起きてるの?起きてないの?!じっと見つめられて、思わず身の危険を感じた瞬間。どさっ、と覆いかぶさってきてもう一回くうくう寝息を立てはじめる。び……びっくりした……!いつもの優しくて爽やかな音也とは違う、気だるく男っぽい一面を見てしまって、心臓バクバク。そんなハプニングから始まる音也との恋。

9.胸に頭を乗せて (真斗)
 落ち込んでいるのか考え事をしているのか、畳の上でずっと正座を続けて唸っている真斗。一旦昼寝でもしなよ、と声をかけて半ば無理やり横にしてみるけれど、はあとため息をついて上の空から脱出できずにいる。じゃあ、わたしが寝かしつけてあげる!と横に添い寝して、胸のあたりをぽんぽん。するとくすっと笑って「子供じゃないんだぞ」と言いながらも真斗は目を閉じる。よしよし、いい感じ。そのまま昼寝してくれるかな?落ち着いた呼吸をしている真斗の胸に顔を乗せて、抱き付く形で自分も寝ようとするけれど、「……これじゃ、眠れないのだが」少し頬を赤らめた真斗が、ゆっくり梳くように髪を撫でてくれる。安心するの、と言ってみるともっと気恥ずかしそうにして、唇を引き結びながら、ごろんと腕枕に体勢チェンジ。「このほうが、お前の顔がよく見える」……寝かせるためだったのに、逆に寝かしつけられてしまう。意味ないけど、真斗が幸せそうだからいいのかな?そんな穏やかな休日のワンシーン。

10.数人で抱きしめ合い (那月&翔)
 舞台の練習をしている翔ちゃんに相手役を頼まれ、台本を持って稽古場で不慣れなりにお手伝い。偶然通りかかった那月が稽古を見に来て、一生懸命な練習風景を見て「わあっ!」と目をキラキラさせる。物語がクライマックスを向かえ、ここでいったん休憩――――と区切りをつけようとすると、「翔ちゃん〜〜! ちゃん〜〜!!」と駆け寄ってきた那月にまとめてぎゅうう!と抱きしめられる。「ちょっ、おま、止めろよーー!!」いきなり抱きしめられて、距離が近くなってつい照れてしまう翔ちゃん。「二人とも、とっても可愛かったですよぉ〜! 偉いですっ!」可愛い可愛い、と言いながら一緒くたにされて、恥ずかしいけどちょっとだけ嬉しい。那月くん離して、と言っても「嫌ですよぉ、翔ちゃんもちゃんも離しませんっ」楽しそうだから、なんかいっかー、ってなってしまう、昼下がり。

11.キスしながら (龍也)
 新しい企画がはかどって仕事に夢中になってしまう毎日。気が付けば龍也のこともほったらかしで、ついに痺れを切らした龍也が仕事場まで迎えに来てくれた。「おい、お前。電話にさえ出ないってどういうことだ」腕を組んで、怒った顔した龍也に見下ろされる。ご、ごめん……と頭を下げると、頭にぽんっと乗せられる大きな手のひら。「ったく……お前は猪突猛進すぎるんだよ。あんまり心配かけるな」ぐしゃぐしゃと髪を撫でながら諭されて、ついしゅんとする。すっと腕を引いて、さりげなく誰もいない場所に連れていかれて……。え、とキョトンとしている腕をぐっと引かれ、唇にキスされる。体勢を崩した体もたくましい腕が支えてくれて、そっと抱きしめられる。こ、こんなところで、と戸惑っている隙にもキスは止まない。呼吸が苦しくて離れると、そのままぎゅう。耳元で、「いつになったら俺に夢中になってくれるんだよ……?」と囁かれて、頬が熱くなる。いつだって包容力に溢れていて、大人な恋愛を教えてくれる日向先生に、ちょっとだけ我慢弱いところがあったりしてもいいかなと。

12.正面から (セシル)
 「……貴女は美しい。可愛い。そして天使のように優しく、女神のようにあたたかい。ワタシはそんな貴女のことが大好きです」毎日毎日、会うたびにこうやって告白をしてくるセシル。それを断るのが日課になっていたけれど、まっすぐなセシルの愛情に触れるうちにだんだんと傾いていく。差し出してくれた花を受け取りながら、でも……、といつものように断ろうとすると、その手をぎゅっと握られてびっくり。「いいえ。貴女は嘘をついています」目を覗き込まれてぎくりとする。「ワタシの気持ち、伝わっていますよね? ……この手を取ってくれますか?」つかまれた手ごと引っ張られて、真正面からセシルの胸に飛び込む。ふわりと香る甘い匂い。抱きしめるセシルの力強い腕。「ああ……貴女はこんなにも小さいのですね。ワタシは、貴女を大切にしたいです」愛しく思ってくれているというのが、髪を撫でる手のひらから伝わってくる。恥ずかしいけど、嬉しい。素直になっていいのかな……?あまりに純粋な恋心に不安になったり。それでも抱きしめてくれる、愛の深いセシル。

13.すがるように (翔)
 最近はすれ違ってばっかりで、会っても喧嘩してしまうことが多い。今日だってせっかく会えたのに、翔ちゃんは疲れて機嫌が悪いみたいで、ぼうっとしてばかりいる。何か悩んでるなら話して、と言っても「別に何でもない」と言ってかわされるだけ……。翔ちゃん、楽しくないみたいだし、わたし帰るね。そう言って玄関に向かうと、「待てよ、」と後ろから腕を引かれる。「…………行かないで、くれ」俯き加減で、よく見えないけれど、翔ちゃんは泣きそうな顔をしてる。「ごめん、俺……お前のこと振り回してばっかりで」「最近、上手くいかないこと多くて。でもお前にそういうとこ、見せるの、格好悪いからさ……」だから、と落とすように呟く翔ちゃんは、なんだか思いつめていて。気づいてあげられなかった自分にただ苛立つ。「お前に甘えてたんだ。俺、ガキっぽいよな」なんて苦笑いしながら、すがるようにそっと抱きしめてくれる翔ちゃん。「ごめん。行かないで……」もっと弱音、吐いていいよ。どんなに格好悪くても、わたしは翔ちゃんの全部が大好きだから。付き合ったばかりで、まだ上手く距離の取れない、不器用なふたり。

14.お尻を触りつつ (蘭丸)
 シャイニング事務所での忘年会、ちょっと奮発したパーティドレスでおめかし。時間がなくて急いで準備していると、コンコン、とドアをノックして蘭丸が入ってくる。「早くしろ」急かして、ネクタイを直しながら準備を待っててくれる蘭丸。よし、準備オッケー。蘭丸に向き直ると、「へえ」と感心してまじまじと見つめられる。ぐっと腰を引き寄せられて、睫毛の触れそうな距離で蘭丸はにっと笑う。「やっと色気出てきたんじゃねーの」いきなり噛みつくようなキスをされてびっくりしているうちに、ついでにお尻までするっと触られて、思わず飛び退く。な、何すんの!しれっとした顔で、蘭丸は自分の唇についたグロスを拭う。「あ? いーだろ別に」も、もう……。リップだって塗り直しだし、変にドキドキさせられちゃった。「ほら、行くぞ」時間ねえ、って誰のせいで手間取ってると思ってるの。何事もなかったかのように手を引いてエスコートしてくれる蘭丸と、少し大人なパーティへ。個人的に蘭丸はお尻が好きだと思ってますすいません。

15.ぎゅっと抱き合い (林檎)
 ちょうど同い年で、シャイニング事務所に勤めだした時期も一緒。学園の事務をやっていると自然と話す機会も多くなってくる。『月宮林檎』のファンだから、そのテンションで行けば彼女は喜んでくれるけれど……嬉しい反面、少しだけ複雑。一緒に頑張っているうちに、俺は彼女のことを好きになっていたみたいだ。久しぶりに事務所で会って、「ちゃーん!」と名前を呼ぶと、遠くから尻尾を振るように駆け寄ってきてくれる。林檎ちゃん、と呼んでくれる彼女をぎゅーっと抱きしめる。傍から見たら、きっと女の子同士の抱擁にしか見えないんだろうけれど、龍也には渋い顔されてしまうかも。俺がどんな思いで抱きしめてるか、本当の意味を彼女は分かってるのかな?「久しぶりね! 元気してた?」握り合った彼女の手のひらは、小さくてとっても可愛い。この距離を崩してしまうのは怖いけど、誰かに渡してしまうなんてことはしたくない。片思いに揺れる、ちょっぴり男らしい一面を覗かせる林檎ちゃん。


2013.12

キスするシチュエーション20題


1.奪い合うように (蘭丸)
 お互い意地張ってばかりでなかなか素直になれない。寂しいって顔見せたら負けな気がする。久しぶりに会ってもついつい強がって、平気な振りしてばっかりで……。蘭丸のほうから「寂しい」って言ってくれたら、私はそれだけで嬉しいんだけど、そうも行かないんだろう。「俺に会いたかった、って顔に書いてあるぜ」近い距離で、それでも睨むみたいに視線を重ね合わせるだけ。キスしてなんて可愛いことは言えない。シャツの首を引っ張って、のどをなぞって首の後ろに手を回す。蘭丸のほうが、辛かったって顔してるよ?からかうように笑って見せれば、噛むようなキスが落ちてきて、そのまま呼吸を奪い合う激しいキスに変わる。気持ちは伝わってるのに、表現できなくてやきもきする。もう少し素直になれば、こうやって気持ちをぶつけ合うだけの関係から進めるのかな?大事だから切ない。愛し合ってるはずなのに満たされない。蘭丸と付き合って、体当たりする壁。

2.息をするよりも自然に (真琴)
 寝不足だけど、時計はもうお昼を指している。ごそごそ着替えてベッドを降りると、ずっと前に起きてたらしい真琴がキッチンから顔を出して、こっちを見てにっこり。「あ、起きた? おはよ。なんか食べる?」当たり前のように、最近お気に入りのペットボトルのジュースを差し出してくれて、寝ぼけながら頷くと優しく頭を撫でられる。「眠たそうな顔だね」ふふって笑いながら、やっぱり当たり前のように唇にちゅっとキスをする真琴。「まあ冷蔵庫の中、なんもないんだけどね。外に食べに行こ?」だから早くシャワー入って、準備して!と少しだけ急かすけど、バスタオル持ってきてくれたりお風呂場まで連れてってくれたり、ドア開けてくれたりと至れり尽くせり。隙あらば唇にキスして、幸せそうに笑うキス魔のまこちゃん。

3.君の機嫌を直すため (凛)
 雨に降られ、電車を逃して、定期を忘れ……災難続きで落ち込み、珍しくイライラしている彼女。小さな子供みたいにクッションをぼこぼこ殴ってごろごろしている。「そーいうときもあるだろ」上手く慰められないけれど、どうやら言葉では落ち着いてもらえないらしい。隣にあぐらをかいて、乱れた髪にぽんっと手を乗せる。少し収まったけれど、まだ不満そうだ。こいつのことだから、しょうがないと分かっていても遣る瀬無い部分があるんだろう。こういうときは、一瞬で忘れさせるのが一番。後ろ頭を引き寄せて、不服そうにとがったままの唇に、噛みついてそのまま押し倒す。驚いて宙に浮かんでいる手を床に押し付けて、イライラした気分ごとぶっとばすようなキスをしてやると、すぐに真っ赤な顔して音を上げる。「落ち着いたか?」ばか、って顔を抑えるのが可愛くてついいじめてしまう。何だかんだいい彼氏な凛。

4.その気にさせたくて (那月)
 那月はよく好き好き言うからあんまり本気にしていなかったけれど、面と向かって「ちゃん、好きですよ」なんて言われてドキッとしない訳もなくて……。でもそういう意味じゃないのかもしれないし、気にしすぎたらきっと損しちゃう。そう思って今日も受け流すと、少しむっとした那月がぐいっと近づいてくる。驚いて後ずされば壁に手をついて逃げ場を無くされる。「僕は何度も好きだって言っているのに……あなたはいつもこうだ」怒って……る?本気な目をした那月に見下ろされて、思わず目を逸らす。「ダメです。こっちを見て……」囁くように、頬を上向けられて、喋る隙もなく唇を奪われてしまう。押し返すけれど、力が強くてどうしようもない。「これで僕の本気、伝わりますか? 僕はあなたに、僕のことを好きになってもらいたいんです」ダメですか……?と、少し悲しそうに呟く那月。那月がこんな強引なことするなんて、まるで砂月みたい。心臓が破裂しそう。小さくすれ違い続ける、那月との強引な両想い。

5.相手の切れた唇をなぞった後で (翔)
 アクションの稽古中、唇をぶつけて切ってしまった翔ちゃん。顔に怪我ということで一時休養に入り、翔ちゃん自身は退屈そうにしている。心配して様子を見に行くけれど、思ったより元気そうで一安心。でも「なんともねーよ。すぐ治るし」とあっけらかんとしているので、ちょっとだけ怒る。アイドルは顔が命なんだよ!痕が残ったらどうしよう?なんて考え出すと落ち着かない。不安がっていると、ソファに座ったまま、ぎゅうと抱きしめられる。「大丈夫だって」本当に?「本当だよ。そんなに心配なら、おまじないして」ほら、って翔ちゃんは楽しそうにニヤニヤして唇を突き出してくる。可愛いけど男っぽくてどきり。痛くても知らないよ、と言って控えめにキスをしてあげると、「そんだけ?」って不服そうな顔をする。退屈だけど一緒に居られるから少し嬉しい、甘えん坊な翔ちゃんっていうのも、たまにはどうかと。

6.別れを惜しんで (藍)
 デートの帰り際。いつも通り、淡々としたまま普通に帰ろうとする藍ちゃんに切なさを募らせる。拗ねているのがばれて、「何? この顔」なんて言いながら頬を抓られる。「もしかして、寂しがってる?」やっぱり真正面から図星突っ込んでくる!半ばヤケになってそうですよ、と頬を膨らませると、藍ちゃんは鼻で笑って首をかしげる。「しょうがないでしょ。明日も仕事なんだから」それは分かってるし、そういうことじゃなくて。やっぱり分かってない!文句を言おうとすると、いきなり奪われる唇。へっ?「あえて触れなかったのに。声に出したら、もっと寂しくなるでしょ」え……?もしかして藍ちゃんも寂しかったの?ついついテンションを上げて聞き返すと、今度は藍ちゃんが拗ねた顔をする。ハットを深くかぶりなおして「うるさいよ」と顔を背けて、「じゃあ帰るよ。またね」最後の最後にデレて、去っていくツンデレな藍ちゃん。

7.口にかと思ったら額にされた、と思ったらやっぱり口にも (レン)
 手の甲にチュッと軽く口づけをするレン。その手をぐっと引き寄せられて、近づく顔に思わず目をつむると、予想に反してその唇は額へ落とされる。か、勘違いした……。余裕たっぷりのレンの瞳に見つめられるのが恥ずかしくて、顔が赤くなる。あんまりからかわないでよ、と困り果てて言うと、くすっと笑われる。「ごめんごめん、さん」待ちわびて、余韻を残すようなキスを唇へ。年下なのに翻弄されてばっかり。手を解いて背を向くと、「あれ……気に入らなかった?」と首筋に伝う冷たいレンの手。そうじゃない、と言ってももう止まってくれない。後ろから抱きしめられて、耳の後ろに熱いキスが落ちてくる。「いいよ。さんの望むところにキスしてあげる……」二人きりのときは甘えん坊で、抱きしめてキスしてばっかりの年下の恋人・レン。魔性の年下。

8.ご褒美で (嶺二)
 バイトでミスをして、後輩にフォローされて情けなくて、家に帰ってからめそめそ涙が出てきてしまう。「ああもう、泣かないで! 僕がいるよ」おどけながら子供をあやすようによしよししてくれる嶺二。みんなが優しいからもっと涙出てきちゃった、と恥ずかしそうに笑うと、「いい後輩を持ったねえ」と嬉しがってくれる嶺二はなんだかお兄ちゃんみたい。「よく頑張ったから、僕からご褒美」涙でしょっぱい唇にキスをしてにっこり。ぎゅっと抱きしめて背中をぽんぽんして慰めてくれる。でもその後輩が男の子だと分かったら、とたんに嫉妬しちゃうのが嶺二で、「なにそれー、なんかずるい! 僕だってちゃんの傍にいてあげたかったのにぃ!」と頬を膨らませるふりをして笑わせてくれる。その表情が面白くてぷって笑っちゃうけど、嫉妬は半分本気。気づかないくらいの独占欲。甘やかすのが上手な大人な恋人、嶺ちゃん。

9.お姫様抱っこのついでに (セシル)
 明日の準備してるから邪魔しないで、と追い返しても、寂しがって離れてくれないセシル。服を選んで、カバンを用意して……とごそごそしていると、「えいっ」いきなりお姫様抱っこで運ばれてしまう。「もう限界です。私をほうっておくが悪いです」にこにこ楽しそうに抱き上げて、まったく……とため息をついてもセシルは何にも気にしない。「こうしていると、は逃げられません。発見ですね」頬や首に何度もキスをしてきて、嬉しそうに鼻歌を歌っている。そのままソファに座って、膝の上に乗せたままいちゃいちゃ。明日の準備……と唇を尖らせても、「あとで手伝います。だから大丈夫」と無責任に引き受けられてしまう。構ってもらえないのが寂しくて、強引にでも連れて行っちゃう。甘えん坊でちょっぴりワガママなセシル。

10.遠くからライバルが見ているので (凛+遙)
 大会中、イライラしている凛がシャワールームのほうに消えていったのを見て、急いで追いかける。ライバルチームだけど、幼馴染だからどうしても心配してしまう。更衣室の前のベンチで、頭にタオルをかけて座っている凛を見つけて声をかけると、不機嫌そうな視線を返されて少し萎縮する。それでも傍に行って、話しかけるけれど……。「何してんだよ……お前」凛のこと、心配で……。凛はおもむろに立ち上がって、迷惑そうな顔をして見下ろしてくる。濡れた前髪から水が滴るのを見ていると、頬に触れる冷たい凛の手。「お前ははるの傍にいるんだろ……なら俺になんて構うんじゃねえ」どうしてそんな風に突き放すの?つい目に涙を浮かべると、凛はひときわ辛そうな顔をして、唇を噛んだ。「ムカつくんだよ。お前も――――はるも」言うなり、唇に触れる凛の唇。え……?いきなりのことに茫然としていると、「……何してるんだ」廊下の向こうから遙が現れる。そんな青春の三角関係!

11.返事の代わりに (音也)
 お昼ご飯にオムライスを作ってあげる、お休みの日。エプロンをしてキッチンに立つと、嬉しそうな音也が後ろからぴょこぴょこ覗いてくる。「俺、なんか手伝おうか!」座ってていいよ、と言っても落ち着かないのかずっと後ろで作っているのを見ている音也。もう、やりづらいんだけど……。にんじん入れてもいい?少しだけ振り返って聞くと、いきなり後ろからきゅっと抱き付いてきて、「うん、いいよ」語尾にハートでもついてそうな甘い声。まったく、甘えん坊だなあ。でも作りづらいから離れてよ?「んー」それから何を聞いてもそんな感じで、返事もそこそこに首筋や耳にチュッとキスをしてくるから落ち着かない。もー音也ってば!「はあ、俺、幸せ。が俺にこうやってごはん作ってくれてるなんてさぁ」……そんな可愛い顔で言われたら、拒めなくなっちゃうなあ。子供みたいな音也に母性くすぐられる午後。

12.部屋の隅まで逃げ込まれながらも (那月)
 「っ、どこだよ!」砂月モードになってる那月に見つかって、寮の中を追いかけっこ。どうしていつも追いかけてくるの!?半泣きで逃げ込んだ空き部屋、すぐに見つかって勢いよくドアが開く。「てめぇ、俺から逃げるなんて、いい度胸じゃねえか……?」キラリ光る瞳が怖い!那月、お願い元に戻って、と後ずさりながら逃げていると、あっという間に部屋の角に追いやられてしまう。壁との間に閉じ込めてくる砂月。「怯えてるその顔、もっと見せろよ……」舌なめずりでもしそうな表情でじっと見つめて、キスされそうになったのを避けても、すぐに首や頬に唇が降ってくる。「……那月はよくて、俺はだめなのか……? おんなじ顔と体なのに、怖えのかよ」だって、砂月は乱暴なんだもん……。見上げると、少しだけ悲しそうな瞳と目が合って、なんだか切なくなってしまう。心のバランスの不安定な恋人、那月。

13.可愛くないことを言う唇は塞いでしまえ (真琴)
 別にわたしのことなんて優先してくれなくていいのに。バイトが終わってすぐ会いに来てくれた真琴に、照れ隠しから悪態をついてしまう。疲れてる真琴を気遣いたかっただけなのに、ツンツンしてばっかりで、こんな自分が嫌になる。わたしと真琴が約束していた日に、遙たちが遊びに行くって話をしていたから、真琴もそっちに行きたかったんじゃないのかな、なんて思ったり。でも真琴はきょとんとして、「なんでそんなこと言うの」って優しい声で覗き込んでくる。だって、はるちゃんが……。むしろ、わたしもはるちゃんと遊びたかったし、あっ、じゃあ合流すればいいのかな。不安になって提案するけれど、真琴はよくわかってないみたい。「なんではるなの?」あ、あれ……?「は俺じゃなくて、はると遊びたかったの?」ち、ちちち違うよ!急いで取り繕おうとすると、その口をふさがれる。ん!「はるじゃなくて、俺のことだけ考えて」シャチ系男子の嫉妬は海より深い。そんな甘い彼氏、真琴。

14.「ちゅーして」と目を閉じられたので (トキヤ)
 忙しくて会えない日が続くけれど、彼女は寂しさを見せず、必死に強がって我慢してくれているのだと私は知っている。仕方がないとお互い分かっているからこそ、どうしても不満を口に出しにくくなる。今日だってせっかくのオフで、久しぶりに遊べるはずだったのに、不意に仕事が入ってしまった。彼女の家までマネージャーが車を回してくれて、私が家を出ようとするのを彼女は笑顔で見送ってくれるけれど、そんな優しさも今は少し辛い。「すみません。には我慢ばかりさせてますね」首を振ってうつむく彼女。「……何もしてあげられなくて、すいません」トキヤ、と引き止める声は少し震えて、泣き出しそうな頬を赤く染めて、彼女は私の袖を引く。私の胸にぴたりと頬をよせて、しおらしい声色に一瞬、何かと思えば…………ちゅーして。なんて言った本人が一番、恥ずかしそうにしてる。ああ、そんなこと言うのはずるい。キスをすればもっと、私のほうが離れがたくなってしまうのに。愛しさ募らせるトキヤとの、切なくて甘い恋愛。

15.わざと跡が残るように (トキヤ)
 彼女は事務所の仕事柄、先輩アイドルと話していることが多い。仕事だし、割り切ったつもりでいたけれど、目の前を通り過ぎる彼女が他の男のところに走っていき、楽しそうに笑っている姿ばかりを見ていると、心にわだかまることも多くて……。忙しくて二人になれる時間も少なく、気が付けば私は嫉妬していたみたいだ。久しぶりに二人で過ごす夜、どうしても自分に抑えが利かない。トキヤ、と彼女が自分の名前を呼ぶのが嬉しくて、つい何度も何度も呼ばせたくなる。たっぷり意地悪をして、どろどろに甘やかして。背中や太ももの、誰にも見えないところに、彼女にも気づかれないようなところに痕をつけて、自分のしるしを刻んでおく。これはせめてもの抵抗で、少しの欲望。彼女のそれを知っているのは、私だけ……そんな風に悦に浸りたい。優しい自分でありたいのに、たまに上手くいかない。理性的じゃない、棘のような愛情を持て余すトキヤ。

16.抱き寄せて (カミュ)
 とある先輩の驚くことを聞いた。え、ええっ!?うそでしょ!?急いでカミュのもとに確認しに行くと、どうやら本当のことらしい。なんで?なんで?と質問攻めにしてしまうと、「あー、煩い」と眉をしかめて邪魔くさそうにするカミュ。でも気になるものは気になる!「俺も知らん」でもなんかちょこっとでも聞いてないの?カミュ共演してたよね?腕を引っ張ってがくがくすると、ぷちっと切れたカミュがため息をついてこっちを睨む。それでもカミュ!と食いついていると、突然伸びてきたカミュの手に腰を寄せられ、顎をぐいっと持ち上げられて、そのまま不意打ちのキスをされてしまった。え、…………え!?「俺が確認してきてやる。貴様は少し黙っていろ。愚民が」絶対零度の瞳で見下ろされたかと思えば、パッと放されて、衝撃のあまり棒立ち。何だかんだ上手いこと黙らせる、男前すぎる伯爵カミュ。

17.本でキス講座を読んだので (音也)
 ディープキスとフレンチキスっておんなじ意味らしい。毎月買ってる雑誌にふとそんなキスの情報が載っていて、感心して隣の音也の腕を引っ張る。ねえ音也、知ってた?「えー、全然知らなかった!」フレンチキスって言う方がなんかお洒落な感じだよね!ぺらぺらとページをめくりながら、音也にそんな話を吹っかけていると、ふと気が付けばどんどん距離が近づいていて、あれれ、キスしてしまいそうなくらい顔が近い。「……俺、誘われてるんだよね?」スイッチ入ったらしく、ずるい目をして見つめてくる音也にたじたじ。そっ、そんなつもりじゃ……。「ほら、これ、実践してみようよ?」雑誌を取り上げられて、机に上にぽんっと放られる。「全部試すまで、雑誌の続きはおあずけね。こっち見て、」楽しそうに笑う音也の、たまに見せる肉食な一面にドキドキハラハラ。そんな暇な夜。

18.言葉で愛を伝えるよりも (蘭丸)
 ぼーっと考え事をしていると、後ろから「おい」とどつかれる。振り返ると蘭丸。痛い、と睨んでみても無視。「すげー間抜け面してたぞ」と鼻で笑って、片手で両頬をむぎゅっとされる。やめてよー!と振り払っても蘭丸は楽しそうに虐めてくる。「ブッサイク」……アイドルにそういうこと言われたら本当にショックなんですけど。拗ねて背を向けると、つむじに顎を乗っけてくる。痛い。離してよ、と言うと「無理」とだけ言って片腕でがっしりホールドされる。力が強くて、痛い。「あんまり油断してんなよ」……一応それ、心配してくれてるの?からかうように振り向くと、照れたのか眉を寄せて「うるせー」、そのまま口をふさぐようなキスに噛みつかれる。言葉で「好き」とはあまり言ってくれないけれど、たまにこうしてじゃれついて行動で示してくれる。構ってくれているようで、実は蘭丸が構ってもらいたがっていたり。いじめ愛。

19.砕けた腰を支えつつ (嶺二)
 高級なレストランで嶺二とデート。ノリノリでエスコートしてくれて、高いワインまで開けてくれたけれど、緊張しているせいか酔いが回るのが早い。嶺二の部屋についてから、立ったままブーツを脱げずに玄関でつまづくと、「しょうがないなあ」と丁寧に脱がしてくれる。立ち上がる前に手を重ねられて、不意打ちにキスをしてくる嶺二。「可愛いね。真っ赤だ」アルコールで赤くなった首筋を手の甲で撫でる。いつになく迫られて思わずドキドキ。逃げようとして立ち上がるとフラついて、支えられながら壁に押し付けられて、もう一度キスをされる。嶺二さん、と名前を呼ぶと首筋へのキスがいったん止む。「ん……びっくりした? でも、君が可愛いのがいけないんだよ」熱いキスと酔いのせいで、もう立っていられないのを、割り裂いた足で壁に縫いつけられる。「……もう腰が抜けちゃったの?」とからかって囁いて。情熱的なのはお酒のせい?たまに肉食系の顔を見せる、食えない年上彼氏な嶺二。

20.冷えた体に芯からの熱を (真斗)
 寒く、雪の降る日に真斗の家へ。コートを脱いで手をすり合わせていると、それを見た真斗がふっと笑って手を差し伸べてくれる。「そんなに寒いならこちらへ来い。ほら、俺の手。温かいだろう」大きくて温かい手のひらがぎゅっと握りしめてくれて、その心遣いが嬉しくて少しずつ温まっていく。手を取り合って向かいあったまま、何となく視線が合って……つい俯くと、真斗に名前を呼ばれた。そっと頬に触れる指先。どきどきと鼓動がうるさくて、もう何も聞こえない。真斗の頬も赤い……。目をつむると唇に軽く触れる熱。ゆっくり目を開けると、距離の近さにお互い少しだけ戸惑う。けれど真斗はそんな思いごと抱きしめて、自分の胸にぐっと引き寄せてくれる。恥ずかしくてどうにかなりそう。でも幸せで、どうしようもなく嬉しい。そんな真斗との初々しいファーストキス。

2013.12

恋する動詞 111題


01.焦がれる (凛)
 むしゃくしゃしてドアを拳で叩くと、寝る前にストレッチをしていた愛が驚いてこっちを見てきた。あーもう、やるせねえ。携帯をベッドに投げ捨てて、その上に飛び込むように身を投げる。凜ちゃん大会がんばってね、とかいうメール。遙も真琴もがんばってるよ、とかいう、あいつからのメール。あいつは俺とはるのどっちを応援するんだろうとか、しょうもないことを考えてイライラしてしまう。何だよこれ。だから連絡せずにいたのに、あいつはそれも分からずにこんな風にメールを送ってくるんだ。「…………」会いてえ。なんて無意識に思ってる自分、気持ち悪すぎてマジで引く。こんな風に連絡取ってたら嫉妬で気が狂いそうになる。あいつからのメールの文面を読み返して、返事を打つかどうか迷う。ムカつくけど、無視してはるのことばっかり考えられるのも嫌だし。短い返事にこっち見ろ、って思いを込めて、送信ボタンを押してまたヤケになる。なんで俺がこんな思いしなきゃなんねーんだ!ベッドでごろごろしながら自問自答。いきなり畜生!!とか口に出して、似鳥君にひたすら気を遣わせる、ツンデレな凛ちゃんの遠い片想い。

02.追いかける (那月)
 ヴァイオリンの天才は、ある日忽然と姿を消してしまった。噂によると、彼は早乙女学園に編入してアイドルを目指してるらしい。きれいな顔立ちと、天性の歌声、素晴らしいヴァイオリンの技術……四ノ宮くんは確かにアイドルにふさわしい外見を持っていると思う。転校してしまったからと言って、彼を諦めることは出来ない。わたしは四ノ宮くんが好きだった。彼のヴァイオリンも、優しい声も全部好きだった。少しも伝えられていないのに、このままお別れなんて絶対に出来ない。意を決して飛び出して早乙女学園に向かう。制服のせいで目立っているけれど、四ノ宮くんに会えるならそんなことどうでもいい。「――――さん?」早乙女学園の制服を着て、少し晴れやかな顔をした四ノ宮くんがわたしの目の前にいる。高鳴る胸を抑えて彼の腕をつかむ。あのね、わたし、四ノ宮くんに会いたくて。「僕に……?」四ノ宮くんのヴァイオリンと歌が好きだったの。伝わるかどうかは分からないけれど、彼はわたしの赤い頬を見てほんの少し笑った。「……君は、僕を探してくれたんですね」柔らかく微笑んで、わたしの手を取った四ノ宮くんは、前とは違う顔をしていた。見つめ合った瞳を逸らせなくなる。追いかけて、那月と恋。

03.諦める (蘭丸)
 夢と引き換えにした、と言えば聞こえはいいが、自分のためにあいつを切り捨てたことに変わりはない。俺のアイドルとしてのデビューが掛かっていた。この機会を逃せば上には行けないし、俺の全部が掛かっている、そんな時期だった。あいつごと大事にして、守ってやるって言葉の一つでも言えたら良かったのかもしれない。でも俺は捨てたのだ。あいつはそれでいいと言って受け入れた。別れは淡白なもので、おかげで今になってひどく思い出して、感傷に浸っているのだからしょうがない。得たものは大きかったが、きっと失ったものも大きかったのだと思う。たとえば今、もう一度出会えたら、俺はやっぱりあいつを選んでいるだろうか。連絡先はまだ消してない。繋がるのかも分からない電話番号を眺めて、ふいに後悔する。「もし、そんな彼女と再会できたらどうする?」なんて俺に吹っかける嶺二は、冗談を言っているようでもなかった。意味を分かりあぐねている俺を見て嶺二が笑う。「ランちゃんが引きずってるみたいだからさ」僕からのプレゼントだよ。予想外の展開に言葉を失って。とある夜の、ちっぽけな恋の話。

04.懐かしむ (レン)
 学生の頃に使っていた携帯が出てきて、写真フォルダを漁れば面白い写メがごそごそ出てきた。ああ、これは学園祭のときで、これはイッチーたちと女装したときのやつで……。「ほら見て。10代の頃の俺だよ。今とどっちが良いかな?」ハニーに見せると、まじまじと食いついて写メと俺とを見比べて始めた。おじさんになったねえ、なんて言って笑うけれど、どっちも格好良いよ、とか甘いことを言ってくれるんだ。もちろんハニーだって、ママになっても可愛いままだよ?むしろもっと綺麗になったんじゃないかな。「あ、これ、ハニーと初めて撮った写メだよ」スターリッシュのライブの打ち上げで全員で撮ったやつだ。こんなに遠くに座ってるけど、俺はこのときから君のこと可愛いなって思ってたんだよ。本当に。ハニーはまだ半信半疑な顔しているけれど、抱き寄せると、昔と全然かわらないあどけない顔で可愛らしくはにかんでくれる。君のそんな顔を見るたびに、俺は君に恋をしている気がするよ。ハニーは俺を何度も恋に落としてくれる。ハニーにとって俺もそうだといいんだけどね。「愛してるよ、子羊ちゃん」

05.望む (音也)
 朝からハードなスケジュールをこなして、夜遅くに事務所に着いてから、ばたっとソファに倒れこむ。帰る前にもう1回、事務所で確認作業。こんなんで根を上げてちゃいけないってわかるけど、さすがにずっとこのままだと思うと疲れちゃうなあ。スターリッシュがどんどん人気出て、俺もメディアにたくさん出れるようになって、良いことばっかりなんだけど……。あー、なんか眠たい。うとうとしてると、ちゃんがお茶を出してくれた。お疲れ様、とチョコもつけて労わってくれる。ちゃんはいつも優しくて、事務所に戻ってきて名前ちゃんがいると、俺はなんか嬉しい。勝手だけど癒されるし、毎日名前ちゃんの顔見れてたら、俺は幸せな気がする。そうだよ。こんな風に疲れたときにちゃんに労わってもらえたら、どれだけハッピーだろう?名前ちゃん、俺の彼女になってくれないかなあ。なんて、恋愛禁止なのに何言ってんだろー。疲れてるなあ、俺。頬杖ついてそんなことを呟くけれど、頭の中では色々考えちゃって。ちゃんごめんなさい。と思いながら、一瞬だけ眠りに落ちていた。忙しくて疲れてきて、ついに恋愛を求め始めた音也の青い春。

06.願う (真琴)
 席替えで、憧れの真琴くんの斜め後ろの席をゲット。黒板を見るついでに真琴くんの横顔まで見えちゃうラッキー極まりない席!と思っていたんだけど、いざ視界に真琴くんが入ってくると、ドキドキしてばっかりで落ち着かなくてなんだか居眠りも出来ない。あんまりカッコいいから、切なくなってきちゃったりもして……。はあ。真琴くん、こっち振り向いたりしないかなあ?振り向け、振り向け。ちょっとでいいから、私のこと見てくれないかなー。なんて。心の中でそんなこと願ってたら、すっごいタイミングよく真琴くんが振り向いて、私を見た。目が合った。勢いよく逸らしちゃったけど、ずっと見てた、ってバレちゃったかな……。うわ、恥ずかしい。でも、それから次の日もまた次の日も何度か同じようなことがあって、真琴くんは少しだけ笑いかけてくれるようになった。真琴くんの笑顔、カッコよすぎてヤバイ。顔が熱い。もしかして真琴くん、私の気持ちに気づいてたりするのかな?でもまあ、それでもいっか。この席で真琴くんの笑顔を一人占めしてるのは私だもん。神様お願い、もう席替えなんかしないで。たぶん真琴は何となく気づいてる確信犯。青春始まってます、そんな淡い恋。

07.想う (トキヤ/イノセントグライダーの続き)
 迎えに行く、と言っておいてまだその覚悟も出来てない。きっと彼女は今日も向かいのバイト先で働いているのだろう。近いのに、会いに行けないのがもどかしい。心ではこんなに想っているのに、それを表現することは許されていなくて……。事務所の前を通るたびに彼女のことを考えている。誰にものにもならないで、なんて傲慢な押し付けだっただろうか。今の私には彼女を十分に幸せに出来る力もないのに。諦めることも出来なくて、ただ彼女に会いたい、と想ってしまう。そんなところに彼女からの連絡が入る。『今日はバイトです。あと2時間で終わるんですけど、……』ああ、ちょうど、私の仕事が終わるのも2時間ほどだ。こんな偶然はきっとない。私はすぐに返事を打つ。「私もあと2時間で終わります。よければ、そのあと食事でもどうですか」たったこれだけの文章なのに、返事を待つのが少し気恥ずかしい。願わくば彼女が受け入れてくれますように。そして彼女に伝えたい。君を想うだけで、私はこんなにも幸せになれるのだと。

08.見つめる (嶺二)
 ソファに座って台本をぱらぱら捲っていると、ふと感じる視線。顔をあげてのほうを向くと、はハッとして途端に恥ずかしそうな顔をした。そんなにじいっと見られてたら、さすがに僕だって気になっちゃうよ。台本をテーブルに置いて、手招きをするとはちょこんと横に腰かける。「どうしたの? 構ってほしくなった?」ばつが悪いのか、はしきりにごめんね、と謝りながら首を横に振っている。そんなに赤い顔されると、僕がいじめてるみたいだ。なんだかもっと意地悪してみたくなっちゃうなぁ。仕返しとばかりにじろじろ覗き込んでみると、視線をそらしたが観念したようにぽそり呟いた。……真面目な顔してる嶺ちゃん、かっこよくて見惚れちゃって……。言ってから自分で照れてるんだから、は本当に恥ずかしがり屋だ。そういうとこ、すっごく可愛いよ。たまらずその小さな唇にキスをして、もっともっと照れさせてみる。あーあ、のせいで仕事が進まないよ。僕をこんなに虜にさせるなんて、君は悪い子だね。でもまあ幸せだからいっか。笑ってらぶらぶ。嶺ちゃんに溺愛される、幸せな休日。

09.悩む (林檎)
 「だって、時間は限られてるのよ〜?」それは分かってるけど……だからってこれはどーなの!忙しい合間を縫って会いに来てくれた林檎ちゃん(女の子バージョン)に押し倒されて、身動きが取れない状況。「疲れたアタシを癒してくれるのよね? ちゃん!」待って待って、もしかしてこのままするつもり?それってどーなの!?「どうもこうもないわよぉ。アタシたち付き合ってるんじゃない♪」付き合ってる……けど、あれ……わたし女の人と付き合ってたっけ……むしろ女装したままノリノリでセックスしようとしてる男の人と付き合ってたっけ……?「ふふ。面白い顔ねぇ」眉間のしわにちゅっとキスをしてくるのは、わたしよりもずっと可愛い顔した林檎ちゃん。華奢だけど締まってる体も、わたしの手首をつかまえる手も完璧に男の人なのに、メイクばっちりのキラキラした顔がやっぱり不ぞろいだ。でもすごい、美人だなあ。なんかドキドキしてきたし……このちぐはぐな感じ、ハマるかも。わたしが好きになったのは男の林檎ちゃんだっけ?それとも、可愛い女の子の林檎ちゃん?悩んでも答えは出ない。だって林檎ちゃんの全部が好きなんだもん。「ほーら、よそ見しないで」性別の概念もぶっとばす林檎ちゃんと、大人な恋!

10.惚れる (渚)
 クラスメイトの渚くんはいつも元気で明るくて前向きだ。でも男子同士でふざけあってるところなんて幼稚だし、やっぱり同い年の男の子なんて子供っぽくて全然ダメ。付き合うなら、包容力のある年上の先輩がいいな。渚くんは可愛いし、良い人だけど、彼氏向きって感じじゃないし。水泳やってるところがかっこいーって言ってた子がいるけど、可愛いの間違いなんじゃないのかな。「明後日、水泳部の大会だからみんな見に来てね!」なんて、クラスのHRで大きく宣言してった渚くんを見ながらそう思う。行く気なんて少しもなかったのに、友達に誘われて仕方なく大会の応援をしに行くことになってしまった。しぶしぶ覗いたプールサイド。ばさっとジャージを脱ぎ捨てた渚くん、思ったより筋肉ちゃんとあって、少し驚いた。プールに入るときも、泳いでる姿も、上がって水を吹いてる背中も……。あれ?なんか……かっこいい……かも?「あっ、ちゃん! 来てくれてたんだね!」ぼーっとしてたら観客席に向かって渚くんが手を振ってる。あ、う、うん……。「僕の泳ぎ、かっこよかったでしょー!」可愛くウインクをした渚くんの顔が、なぜかまっすぐ見れない。何、この気持ち?渚のギャップにやられて、惚れちゃった?夏。

11.逃げる (真斗)
 の姿が目に入ると、調子が狂ってしまう。ただ廊下ですれ違うだけ……なのに、動悸がうるさくて落ち着かない。笑顔を向けられたときにはもう、逃げ出したくてたまらなくなる。厄介なこの感情は何なんだ。今だって面と向かって話せなくてつい、目を逸らしてしまった。逃げるように背を向けた俺を、は不思議がって追いかけてくる。おい、やめろ、袖を引っ張るな。頬が赤くなっているのが自分でも分かって情けなくなった。避けてるわけじゃない……否、どちらかというと、避けているのかもしれない。そんな不安そうな顔、するな。悪いのは俺だから……。「すまない。でも今は、お前の顔を見れない……」どうして?と首を傾げて覗き込んで、そんな仕草をするのは卑怯だ。どうしてかなんて、自分でも分からない。「お、お前を見ると動悸が激しくなってだな……その。胸が、苦しくなるんだ……」言うと今度は、の顔が真っ赤になって、口をぱくぱくさせて俺を見た。ああお前は、そのような驚いた表情すら可愛いのだな……。やっぱりお前の傍にいると、俺は鼓動のせいで何も手に着かなくなってしまう。恋を自覚していない聖川さんの、無自覚ゆえの爆弾投下。

12.囁く (トキヤ)
 「分からないと言うのなら……何度でも教えてあげますよ」鍵のかかった部屋。仮眠をとると言ったから、しばらくは誰もここに寄り付かないのだとトキヤは言う。少し怒ってる?でもなんだか楽しそうな、意地悪な顔してる。逃げ場をなくしたわたしを引き寄せて、耳たぶを食むようなキスの音が鳴る。「……」耳をくすぐるその声にびくり、肩が揺れる。トキヤのそんな風に掠れた声が、色っぽくて熱っぽくて、もうどうしようもなくなる。「私だけを見て……」低い声に、ぞわりと粟立つ背中をそのまま組み敷かれ、トキヤは抵抗するわたしの手を捕えて、押し付けながら何度も口づけをしてくる。耳が弱いということも、そんな風に見つめられたら拒めなくなってしまうということも、トキヤは全部知っている。だからこうして耳元ばかりで愛の言葉を囁くのだ。「君は……私以外の男にも優しいので」「私は嫉妬でどうにかなってしまいそうです」「幼稚なことを言っていると、分かってはいます。……それでも、そんな顔を見せるのは私だけにしてください」……いいですか?弱気な言葉と裏腹に、強気でするどい瞳。甘い吐息。熱のこもった囁きに心も体も溶かされる、トキヤの熱情。

13.慰める (セシル)
 またカミュと言い争って打ち負かされてきたらしいセシルが、唇を尖らせながらソファでぼんやりしている。手に持っているのは暗記カード……日本語を覚えるためにセシルが一生懸命手書きしたものだ。ちらっと顔を出すと、セシルが気づいて手を振ってくれるけど、やっぱり元気がない。またカミュと喧嘩したの?「はい、色々ありました。カミュは優しいけど、厳しいです。ウマが合いません」馬が……なんて、難しい言葉をよく知ってるなあ。隣に座って、肩を落としているセシルの背中をぽんぽんと叩く。元気出して。日本語の勉強、わたしも手伝うよ!「……ありがとう。は本当に、優しいですね」ちょっとは元気出たかな?にこっと笑ったセシルはおもむろにわたしの手を取って、王子様のように手の甲にキスをした。えっ!「ワタシのこの気持ちは、への愛です。愛しています」……まっすぐに目を見つめて、急にそんなことを言い出すから驚いた。あわあわと狼狽えるわたしに、セシルは無邪気に笑うだけ。これってどういうこと?まさか、セシルに限ってそんなわけ……。「さあ、さっそくワタシに日本語を教えてください!」わたしの考えすぎかな。確信犯?なセシルにドキドキさせられる、午後。

14.別れる (遙)
 お互いマンネリだっていうのは分かってる。一緒にいたいって思うことも、前ほど無くなってきたし。たぶん遙だって同じこと思ってる、はず……。もう潮時なのかな。別れて一から始めたほうが、お互いのためになるのかもしれない。ねえ遙、わたしたちもし別れたらさ……。窓枠を落ちていく雨垂れのような会話の中で、ぽつりとそんなことを呟いてみる。遙のことだから、きっといつもと同じテンションで、冷静な声で返事が返ってくるんだと思ってた。なのに遙はわたしの手をつかんで、ぐっと引っ張った。遙、泣きそうな顔してる。驚いた。何の気なしにした、どうでもいい会話のつもりだったのに。「冗談でも、別れるとか、言うな」ああ……遙は、こういう表情もするんだ。長い間一緒にいたのに、わたし、知らなかったよ。遙の知らないところがまだたくさんあるんだね。でもわたしの知ってるところは多分、もっとたくさんあって、わたししか知らない遙だって、きっとたくさんいるんだよね。そう思った途端、遙とのこの距離がとても愛おしくなってくる。遙もわたしのこと、そう想ってくれてる?もしいなくなったら、って考えてやっと気が付いた。ごめんね。別れるなんて、もう二度と言わないよ。

15.待つ (真琴)
 バイト先の店が混んで、上がり時間をだいぶオーバーしてしまった。バイト後に真琴と遊ぶ約束してたのに、来ないって怒ってるかな?いや、真琴のことだから怒ったりしないで、ずっと待っててくれてるんだと思うけど……。だからこそ申し訳なくなってくる!慌てて服を着替えて、真琴に電話を掛けながらスタッフ用の出入り口から飛び出すと、「!」聞きなれた声がして、振り返ると真琴がこっちを見て手を振っていた。えっ、どうして!?待ち合わせ場所、ここじゃないのに。壁に寄りかかって待っててくれていたのか、真琴の鼻の頭が赤くなってる。こんなに寒いのに、もしかしてずっと待っててくれたの……?「心配になってさ。ここまで来ちゃったんだ」真琴の手を取ると冷たくて、胸がきゅうっと痛くなる。待たせちゃってごめん!謝っても、逆に「忙しかったの? お疲れ様」ってにこにこ気遣ってくれる真琴の優しさが胸にしみる。ありがと……。嬉しくて泣きそうになって、人目も構わずにぎゅっと抱き付いてみる。「わ、びっくりした……! いいって、気にしないで」柔らかく頭を撫でてくれる真琴の、優しさに感動するデート前。

16.ときめく (レン)
 女の子はみんな可愛いから、俺はただ花を愛でるように接してあげているだけ。見た目が美しい子も、控えめな魅力を持った子も、俺にとってはみんな花と同じだ。頬染めた女の子の瞳の中に俺が映っていると、自分の存在を求められているような気がして心地いいんだ。だから相手は誰だって構わない……。「あれ。まだ仕事してたんだ?」深夜、仕事を終えて事務所に戻ると、事務室のデスクにちゃんが向かっていた。こんな時間まで仕事してるなんて、女の子は体に悪いよ。ちゃんは俺と同い年で、何かと事務仕事で世話になっているから、会えばよく話す。彼女も花のように可愛い子だ。色白なその頬を赤く染めてやるのはなかなか面白いから、俺は好き。隣のイスに腰掛けて覗き込むと、眠そうな彼女と目が合った。神宮寺君もね、とあくび交じりの声は少し艶っぽく、もっとからかってみたくなる。「俺も朝から頑張ってきたんだよ。褒めてくれる?」呆れたように笑ったちゃんは、そっと手を伸ばして――――俺の頭を撫でた。よしよし。予想外の反応に、思わず固まる。悪戯っぽく口角を上げた子供みたいな笑顔が、なぜか俺の心臓をドクリと高鳴らせて、焦る。あれ、何だろう、この感じ。もしかして俺……翻弄されてる?なんてそんな、まさか。

17.自惚れる (カミュ)
 仕事でとあるミスをやらかして、せっかく作った資料が最初からやり直しになってしまった。これはさすがに落ち込むなあと思っていると、事務所に嶺二とカミュがひょいっと顔を出してくれた。「やっほーちゃん! 元気してる?」相変わらず元気な嶺二さんと、その後ろで仏頂面しているお堅いカミュ。嶺二さんとおしゃべりしているわたしを尻目に、カミュは面倒くさそうに「早く行くぞ」と催促をする。足止めしちゃって、なんだか申し訳ないな。わたしがしゅんとしていると、にやにやした嶺二さんがカミュを肘で小突く。「まったくもうカミュってば、素直じゃないんだから! ちゃんが元気そうで安心したー、って素直に言えばいいのにさ」え?「……っ! そんなこと、あるわけないだろう。俺はもう行くぞ」えっ、カミュが照れてる?なんだか楽しそうな嶺二さんに聞いてみると、さっき事務所の先輩がわたしのミスの話を二人にしたらしく、それからカミュが心配してわたしの顔を見に来たんだって。それ本当なの?カミュ!「ふん、自惚れるな。お前のことだから、ピーピー泣いているのではないかと思っただけだ」って、やっぱり心配してくれたんだね……!照れ隠しに罵ってしまう、ツンデレなカミュにきゅんとする昼下がり。

18.触れる (音也)
 あ、俺、寂しかったんだなあってを抱きしめてから気が付いた。そんなつもりなかったけど、結構ストレスとか溜めてたのかな。に触れてると心の枷が外れるみたいに、毒気が抜かれていく。安心する、ってこんな感じかな。は俺が疲れてるのを知ってて、こんな風に気を遣って会いに来てくれたのかと思うと、嬉しくて嬉しくて俺、どうにかなりそうだよ。苦しい、とが笑うので、俺は少し抱きしめる力を緩めて、の額にちゅっとキスをした。ごめんごめん。でも、止められないんだ。細い首筋も、うすっぺらい鎖骨も肩も、少し触れてしまうともっと、もっとと欲が溢れてきてしまう。やっぱり俺、のことが大好きだよ。本当は少しも離れていたくない。無意識のうちに、眉間にしわが寄ってたのを、は指で撫でてくれた。ごめん、俺焦ってた……よね。もっと余裕持てる大人の男になれたらいいんだけど、いつになるかな。「ね……もっと触れてもいい?」仕方ないなあ、って恥ずかしそうな顔するも可愛いよ。会えないときも、ずっと俺だけのものでいてよ。

19.寂しがる (真斗)
 再来月の舞台が落ち着くまでしばらく会えない、って当たり前のようにマサは言う。再来月ってことは二か月間会えないってことなんだけど、まあ、それもあっという間あのかな……。今までもお互い忙しくて頻繁に会えてたわけじゃないし、たぶん平気だけど、そうまでアッサリ言われたらちょっと寂しいような。会えないって思った途端、急に惜しくなってくるのがきっと人間の複雑な心理で……まあ、今更素直に寂しいなんて言うキャラじゃないんだけどね。悶々と考えながらストローでアイスティーを啜っていると、わたしの方を見ていたマサがふっと笑う。「なんだ。寂しいか?」う。別にそんなことないよ。「お前は顔に出やすいからな。すまない」大人びた表情でのどを鳴らして笑うマサは、すっかり一人前の役者さんになったんだな、と思う。舞台がんばってね。寂しいのを認めて首をかしげると、マサはあやすように頭を撫でてくれる。「何なら、一緒に住むか。そうすれば毎日会える」……!!ま、またそんな冗談言って!「俺はわりと本気、だが」……ほ、ほんとに?突然現れた同棲のプランにびっくり。そんな付き合って4年目の、冬。

20.思い出す (嶺二)
 目を覚ますと、横にちゃんの姿。ぶかぶかな僕のTシャツを着てすやすや眠ってる。え。あれ?何この状況。記憶がないんだけど。もしかして僕やっちゃった?酔った勢いでちゃんを連れ込んで襲っちゃった?いや、そんな、まさか……。でも僕はものすごく肌蹴たカッコをしてる。昨日は打ち上げで、三次会まで行ったのは覚えてる。酔ったせいで日頃の想いが爆発しちゃったのかもしれないけど、さすがにこれは大問題だ。こんなつもりじゃなかった!僕は真剣にちゃんのことが好きで、ちゃんと告白しようと思ってて……!ああ、今は何を言っても説得力がない。ううん、と唸ってちゃんは寝返りを打ち、ついにうっすらと目を開けた。ううっ、直視できない。こんな汚い大人でごめん!開口一番に謝ると、ちゃんはぷっと吹き出して、大丈夫です、と言ってくれた。「嶺二さん覚えてないんですか? 酔っぱらってわたしたちのこと連れて帰って」……わたしたち?ちゃんが指を指した先では、おとやんと翔たんがソファで眠っている。あ……思い出した、かも。たしか3人まとめて連れて帰ってきたんだ。迷惑かけてごめんね、とちゃんに謝ると、「面白かったのでいいです」って笑ってくれた。よかっ……た、のかな、これ。あーもう、二度とお酒なんか飲まない!本当に何もしてないよね、僕?怖くて聞けない!!


恋する動詞 111題 021~040


21.誓う (翔)
 翔ちゃんは売れっ子アイドルだから、外にデートしに行くことはとても少ない。付き合い始めの頃は映画とか、ごはんとかよく行ってたけど、最近はそんなことも無くなってきた。わたしの誕生日の夜、仕事を終えてその足で家に来てくれた翔ちゃん。アイドルと付き合うのって大変だなあ、って思うけど、やっぱり一緒に居られる時間が幸せだから我慢も出来る。「これ、ケーキ。買ってきた!」マネージャーがだけど、って残念そうに唇を尖らせる顔も、翔ちゃんらしくて嬉しい。わたしが作ったごはんを食べて、ケーキの蝋燭に光を灯して。ささやかな誕生日だけど、こんな時間がとても大切だ。「あと……これ」翔ちゃんが取り出した小さな箱。え、これって、指輪?「これはまだ右手につけといて。いつか俺が、ちゃんとお前を迎えに行くっていう約束な」右手の薬指にぴったりのそれは翔ちゃんとお揃いで、手のひらを重ねて胸が熱くなる。「……寂しい思いばっかさせてごめん」いつの間にか大人っぽい顔をするようになった翔ちゃんの、愛のこもった優しいキス。愛してる、っていう言葉が今は一番嬉しい。そんな誕生日。

22.躊躇う (蘭丸)
 この関係が崩れるくらいなら、ずっとこのままでいい。そう思っていたけれど、どうやらそうもいかないみたいだ。あいつの顔を見るたびに辛くなってくる。どうでもいい……って思ってたはずなのに、気づけばこんなにも感情を支配されている。もう無視はできない。我慢だって、したくない。たとえ他の男を好きなんだとしても、……今までみたいな、友人という関係に戻れなくなるのだとしても。このまま他の男のモノになるのを、他の男に傷つけられていくのを、黙ってみているよりマシだ。「」壁との間に閉じ込めて、至近距離で見下ろしてもまだ、どうしても躊躇う。本当にこれでいいのかって。俺らしくもない、けど。「お前がそうやって悲しんでるの見ると、ムカつくんだよ。もう、止めろ」俺が何を言いたいのか、分かってるのか、は唇を引き結んでじっと俺を見上げている。そんな顔、するな。滅茶苦茶にしてやりたいし、優しく慰めて、甘やかしてやりたくもなる。「俺なら……、絶対に泣かせねえのに」だからもう、嶺二のことなんて、止めろ。その一言が言えなくて、ずっと躊躇ってきた。切なさに踏ん切りをつけられない、片思い。

23.弄ぶ (藍)
 同僚にふと、彼氏いるの?と聞かれたときに、咄嗟にはいと答えられなかった。挙句、そのシーンを藍ちゃんに見られてしまっていて、藍ちゃんは絶対零度の真顔のままわたしをじりじりと追及する。こ、こわい……。「ふうん。、今彼氏いないんだ」い、いや、そういう意味じゃなくて。「僕のことは遊びだったんだね。酷いな。僕は本気だったのに」あ、藍ちゃんってば!アイドルである藍ちゃんの立場を気にして、事務所の人相手でも言うのを控えていたのに。でもそれで藍ちゃんを傷つけてたなら意味ないか……。「僕を弄ぶなんて、いい度胸じゃない?」藍ちゃん、目が笑ってないよ……!でも藍ちゃんはこうやって、わたしが困り果てるのを見て楽しんでいるに違いない。ごめんって謝っても藍ちゃんはプイッとそっぽを向いてしまう。どうしたら許してくれるの?「本気だって証明してみせてよ。そしたら許してあげる」つつ、とわたしの唇をなぞって、藍ちゃんはさりげなくキスをせがむ。こ、こんな人が来るかもしれないところで、出来ないよ。わたしを追いつめて見下ろす藍ちゃんは、意地悪な顔して楽しそうに笑ってる。「あれ……しないの?」弄ばれてるのは、間違いなくわたしのほうだ!

24.出会う (那月)
 ぴよちゃんにそっくりな女の子に出会ったんですよ!僕が何度そう言っても、翔ちゃんや音也くんは疑って信じてくれません。「大体ぴよちゃんにそっくりって……」あのつぶらな瞳、可愛い唇、ちょこちょこ歩く小さな体……そう、彼女のあの姿はまさにぴよちゃんでした。シャイニング事務所の廊下ですれ違ったんです。あのとき、彼女と目が合った瞬間、僕は恋に落ちていた。きっとそうです。あれから彼女のことが忘れられなくて、ぼうっとしてしまうんですから。「名前とか、年とかは?」分からないんです……でも、きっと同い年くらい。事務の方なら年上の女性かもしれません。「ぴよちゃんみたいな年上の女性……」音也くんたちは完全に分からない、っていう顔をしてます。音也くんたちにも見せてあげたいなあ……。何より僕が、もう一度彼女に逢いたい。次逢ったら、名前を聞いて、お話をしてみたいです。「じゃあ、あとで事務所行ったら探してみようぜ?」「そうだね。那月の恋がかかってるからね!」ありがとうございます、翔ちゃん、音也くん!ああ、早く逢いたいなあ。ぴよちゃんみたいに可愛い、あの女性に!

25.微笑む (トキヤ)
 眠りが浅く、夜中に目が覚める。腕の中にはすやすや寝息を立てて、穏やかな顔して眠っている。むき出しの肩に毛布を掛けなおしてあげて、子供のように無防備なその寝顔を見てふっと笑みがこぼれる。まぶたに小さなキスを落としても、は気づかない。私の腕の中で、こんなにも安心して眠ってくれている、そのことがただ嬉しくて笑ってしまう。明日、目覚めたら、はきっととても恥ずかしがって、すぐに逃げたがるのだろう。愛しい、と胸にともる温かい感情。自分がこんな風に誰かと一夜を明かすなんて、前は考えもしなかった……。すべてはに出会えたから。「…………」起こしたくはないのに、どこか起きてほしいような気もする。と過ごす時間が1秒でも長くなればいい。そんな風に思って、もっと近くに抱き寄せたくて。子供のように甘えたいし、子猫のように甘やかしてあげたい。腕の中で眠る小さなを、どうしようもなく愛おしく思う。「愛して、ますよ……」聞こえないくらいの声でつぶやいて、もう一度、夢の世界へ。幸せな時間が、ずっと続きますように、と細やかな愛を込めて。

26.拗ねる (遙)
 そういえば、久しぶりに凜ちゃんに会ったんだ。おととい駅で!ふたりで歩く放課後の帰り道、凛に会ったことを遙に報告。ちらっとだけこっちを見た遙はすぐに視線を遠ざけて、「そうか」とそっけない返事をするだけ。きっと気になるけど、気にしてないふりをしてるんだなあ。そう思ってふっと笑うと、遙はちょっと機嫌悪そうに「……なんで笑う」と突っかかって来る。べっつにー!遙も凛ちゃんも、もっと素直になればいいのに。また昔みたいにみんなで泳いでるところが見たいなあ。遙のほうを少し見やると、不機嫌な目でじとり睨まれる。もう、そんな怖い顔しないでよ?別に鮫柄に情報売ったりしてないよ。なんてふざけてみると、「そうじゃない」、と語尾を濁らせ、遙はぷいっとそっぽを向いてしまった。じゃあなあに?覗き込むと、遙は唇をとがらせて、恥ずかしそうに。「……が、嬉しそうな顔してるから」……え、「凛に会ったのがそんなに嬉しかったのか」遙らしからぬ表情に、びっくりして固まると、照れた様子で同じように黙った遙にデコピンされる。い、痛い。遙の拗ねた顔が可愛くて、どきどきしてしまった、この気持ち、一体なんだろう。

27.奪う (レン)
 心配事がちらほら。悩んだって仕方ないことだって分かっているけど、どうしても考えずにはいられない。頬杖をついてはあ、とため息をつく。心配するなよーって目の前の音也やマサは言ってくれるけど、それでも心は晴れてくれない。「浮かない顔だね、レディ?」ふいにレンの声がしたかと思えば、あっと声もあげられないうちに、顎をくいっと持ち上げられ、頬にキスをされてしまった。「わ!!」「っ!? レン!」わたしより、音也とマサのほうがびっくりしてる。何が起こったか一瞬わからなくて、ぽかんとしていると、至近距離でレンはぱちりとウインクをしてみせた。「目の前でそんな顔をされたら、放っておけなくなるだろ。唇を奪われたって仕方がないよ。それとも……」と、レンは親指でわたしの唇をなぞって、「……こっちも奪って欲しいのかな」わたしにしか聞こえないような掠れた声で、そう囁いた。魂を奪われたみたいに呆然とする。心配事なんてすっかり消えていて、わたしを見てニコニコしているレンのことで、もう頭がいっぱいになっていた。奪われた。レンに心を持ってかれた、ある日の出来事。

28.溶け合う (真琴)
 後ろからぎゅうっとされたかと思えば、耳たぶに触れる掠れた声。「ね……、いい?」色っぽい吐息が首をかすめて、奥へ奥へと伸びてくる真琴の大きな手のひらが熱い。だめ……と言っても、聞いてくれない。首筋に強く吸い付いて、痛みの先に赤い痕が残される。あっという間に押し倒されて、見下ろしてくる真琴の瞳がくすぐったくて、つい顔が赤くなる。そういう顔するの、ずるい。もう何も言えなくなっちゃう……。真琴の愛情が全部注がれるみたいに、何処までも優しくて甘い情熱的なキス。「ん……可愛い、……」本当に愛おしそうな目をする、その笑顔がわたしは好き。こうやって真琴を受け入れるたびに、深く深く繋がり合える気がして……。短い呼吸も、熱い口づけも、優しくて丁寧な愛撫も、真琴の全部が愛してるって伝えてくれる気がする。「っ……、」余裕がないときのその声も、うわごとのようにわたしの名前を呼ぶ声も。聴けば胸の奥がきゅっと切なくなる。二人で溶け合う夜、愛し合う時間。念入りに愛情を示してくれるシャチ系男子・真琴。

29.抱きしめる (音也)
 今まで頑張ってきた仕事が大成功!終わったーって報告したら、自分のことみたいに喜んでくれた音也に「やったな! っ!」と、がばっと抱きしめられてしまった。飛び込んだ頬に触れたのは、意外とたくましい胸。硬い腕が背中に回って、顔が近くにあって……。音也はわたしの体なんかすっぽり抱きしめられちゃうんだ、と思った途端、急に意識し始めて、顔が熱くなってしまった。「あっ、ごめん! 俺、いきなり抱きしめたりして……!」ぱっと離してくれた音也も、わたしを見てかあっと頬を赤らめる。な、なんか恥ずかしい、この感じ。音也はアイドルなんだから、こんなことしちゃだめだよ!と笑って諌めてみるけれど、少しだけ困った表情の音也が、わたしの両肩をつかんで真剣な声で言う。「お、俺、誰にでもこうするわけじゃないよ。だから……っ」あ……。目と目が合って、お互い恥ずかしくなる。それ以上言えなかったのは、音也は恋愛禁止のアイドルだから。わたしたちきっと同じ気持ちなのに、なんだか切ない。こうやって触れられるのに、気持ちを伝え合えないなんて……。気持ちを抑えられない音也と、一歩を踏み出せない、曖昧な関係。

30.重ねる (翔)
 でたらめな日本語を喋るセシルの言葉を正したり、お茶の入れ方を教えてあげたり。部屋が汚いと言って掃除を手伝ってくれたり、洗濯物を畳むのを手伝ってくれたり。那月や音也に対する振る舞い方とか、なんかと被るなーと思ってたんだけど、やっとわかった。『お母さん』だ。『保母さん』っていうか。小さな子供の面倒を見るみたいに、柔らかく叱ったり褒めたりしてる、そういう姿が重なるんだ。マスターコースの寮に入って、みんなそれなりに適当な生活してるからこそ、みたいな存在に甘えたくなったりするんだと思う。傍にいたら安心するし。みんな求めてるのはの母性だけじゃなくて、その優しい声とか、笑顔とか、そういうやつで。それに気づいてから、他の奴らも同じことを思ってたりしたら、嫌だって嫉妬みたいな感情をようやく自覚した。俺、のこと好きなのかも。少なくとも大事に想ってる。結婚したらこんなんなのかなー、なんて無意識に想像してて恥ずかしくなったりして。『お母さん』像と重ねてるなんてバレたら、怒られるんだろうけど、隣にいれるならいいかなって思う。守ってやりたい、なんて思うんだ。他の誰でもなく、俺の手で。

31.隠す (聖斗)
 ただいま、と玄関を開けるとリビングからどたばたと音が聞こえて、しばらくしてから「おかえりなさい!」とが出迎えに来た。いつもならすぐに迎えに来るのに、こんなに慌てて出てくるなんて珍しい。しかも手に紙のようなものを持っていて、それは何かと問うと慌てて後ろに隠した。「何でもない」……嘘をつくのが苦手、というわけではないのだろうが、どう考えても怪しい。俺はコートを脱ぐのをやめて、ため息をひとつ落とす。では、仕方がないな。きょとんとするの隙をついて――――その脇腹を思いっきりくすぐってやった。昔からくすぐられるのに弱いは、身をよじり笑いながら床に倒れこむ。このような荒っぽい手段を使いたくはなかったのだが。の手から滑り落ちた紙を拾い上げると、……これは、デビュー当時の俺の写真。「ごめんね、久しぶりに見てたんだけど、嫌がるかなあと思って」なりの気づかいだったのだろうけれど、そんなの取り越し苦労だ。隠す必要はない、と笑ってやるとはほっとしていた。ああ、この写真ももう20年近く前になるのだな。少し気恥ずかしいのは事実だが、たまには思い出を振り返ってみるのも悪くない。

32.染める (嶺二)
 まあいっか、が口癖になってきた。自覚はしてたけど、藍ちゃんが言うほどそんなに言ってたかな?「なんか、最近レイジに似てきたよね」って、そんな嫌な顔しなくたっていいのに。嶺ちゃんに似てきたつもりはないけど、でも確かに一緒にいるうちに、その前向きなところは移ってきたのかもしれないなあ。「アイアイもそう思う? ちゃんはね、僕色に染まっちゃったんだよね」なんて嶺ちゃんは恥ずかしいこと言ってるけど、こっちを見てる藍ちゃんの目が怖い。明らかに『はあ?』って言ってる。「逆に、レイジが色に染まった方が、少し真面目になっていいんじゃない?」「厳しいなあアイアイ。でも確かに、その方がいいよね!」って楽しそうにこっちを見られても、困っちゃうよ。「僕を染めちゃっていいよ、ちゃん?」……どう考えたってばかみたいな台詞なのに、嶺ちゃんは目を見てまっすぐに言ってくるから、なんだか照れてしまう。そんなわたしたちを見て、藍ちゃんはまた白けた目をして『ばかじゃないの?』って言いたそうな顔してため息をついている。嶺ちゃんってば恥ずかしいなあ。でもすきだから、まあいっか。

33.放す (レン)
 縛り付けるのがきっと駄目なんだ。俺だって鳥籠に収まるような、誰かのものになるなんて柄でもないし。こういう結果になるなんて思わなかったな。俺はきみを、鳥籠のなかで飼っていたかったのかもしれないね。大事にしたいからと、離れていくのをあまりに怯えすぎて、きみの自由を奪っていた。それでもきみは許してくれるようなそんな気がしていたんだ。全部俺のわがままだけど、きみは笑って受け入れてくれるんじゃないかって。駄目だった、なんて言葉で片付けたくはないね。こんな気持ち初めてだ。だってもうきみはこの手に戻ってきてくれないんだろう?どうしたらいいんだろう?もっと素直にきみを愛せていたら良かったな。俺はどこかで、きみはずっと俺の傍にいてくれるって過信をしていたんだ。「愛していたよ、レディ。俺なりに大事にしていたんだ。どうか戻ってきて、なんて女々しい言葉、自分が言うだなんて思ってもみなかったよ。きみを諦められるほど、俺は強くない。大人でもない。愛してるんだ。きみを、手放したくない」どこにも行かないように閉じ込めておくだけじゃ、蝶のようなきみは蜜を探して、旅立ってしまうんだ。

34.戯れる (渚)
 可愛い可愛い年下の男の子。近所に住む渚くんは、わたしのクラスメイトの年の離れた弟で、女の子みたいな愛くるしい外見をそのままに、気づけばもう高校1年生になっていた。彼は4月から岩鳶高校に通い始めたようで、登下校の時間が重なって同じ電車に乗ることがたまにある。背だってまだ同じくらいで、わたしよりも華奢なんじゃないかって思うくらい細身で、幼くて可愛い渚くん。「さんって、彼氏いないのー?」いないよ。「えっ、本当に? どうして? こんなに綺麗なのに!」無垢な瞳で微笑んでくれる渚くんのほうが、よっぽど綺麗だけどね?天真爛漫な姿にくすくす笑っていると、にっと笑った渚くんがわたしの前に立ちふさがった。「じゃあ僕、立候補していい? さんのこと好きなんだ!」明け透けな言葉に、一瞬ぽかんとする。そんなまっすぐな瞳、わたしにはとても勿体ないよ。春より少し男の子っぽくなった、渚くんのおでこにデコピンを一つして、通り過ぎる。渚くんがもっと大きくなったらね。戯れにそんなことを言うと、渚くんは「本当だよ? 約束だからね」と楽しそうに後ろからついてくる。可愛い渚くん。こんなに素敵な男の子、やっぱりわたしには勿体ないなあ。

35.求める (セシル)
 「に会いたいです。寂しくてもう、元気が出ません」……電話を出た瞬間から、セシルの消沈した声が聞こえてくる。お仕事中でしょ、セシル?「はい。移動してます。オトヤは寝てます」唇尖らせてるんだろうなあ、って分かってしまうくらい拗ねた声色に、思わずぷっと笑ってしまう。もう、ちゃんと我慢してよ。わたしだって我慢して働いてるんだからね。「アイドルは笑顔が大事だ、とトキヤに言われました。でも、がいなければ、ワタシは笑顔になれないです」お国柄なのか、セシルは愛情表現がまっすぐで、いつも無自覚に恥ずかしい気持ちにさせられてしまう。でも歯の浮くような甘い台詞だって、セシルが言ったら様になってるから不思議だ。わたしだってセシルに会いたいよ、と呟くと、電話の向こうのセシルが少しだけ笑った。「じゃあ、会わなければ。このままでは、寂しくて死んでしまいます」お互い仕事で会えないって分かってるのに、そんな風にふざけるセシルが愛おしい。くだらない電話をして、すぐに切る時間が来て、また名残惜しくなる。「また電話……します。もお仕事、がんばって」寂しがりな恋人は、電話を切るのにも一苦労。

36.傷つく (トキヤ)
 ちょっとしたことで喧嘩。そもそも何の話がここまで拗れたのかも、今となっては分からない。すっかり気が立っているは唇をへの字に曲げて、私をきつく睨んでいる。迫力なんかないはずなのに、喧嘩しているときの名前は、毛を逆立てた猫のように大きく見えるから不思議だ。「トキヤは言い方が冷たいよ。わたしのことなんか好きじゃないって言ってるみたいで傷つく!」「そんなこと一言も言っていません。は考えすぎなんです」「そんなことないよ! トキヤだって考えすぎのくせに!」駄目だ、今は何を言っても冷静にはなれないのかもしれない。もため息をついてぷいっと視線を逸らす。やはりここは私が折れるべきなのか……、「もっと笑ってよ。HAYATO様みたいに。HAYATO様の笑顔のほうがトキヤより可愛い!!」…………。HAYATOへの葛藤はだいぶ前に捨てたのに、ここに来てそれを掘り返してくるなんて……も性格が悪い。私だって傷つくことくらいあるんですよ?はっと冷静になったは口をつぐんで、「ごめん」と取り繕ったけれど、別に怒ったわけではなかったから逆に驚いた。ああでも、ここは調子に乗ったを少し虐めてみましょうか。わざと冷たい目で見下ろすと、は途端に困った顔で慌て始めるから面白い。たまには私に困らされて下さいね?。泣く前には、止めてあげますよ。

37.壊れる (藍)
 藍ちゃんが熱を出して倒れた、と聞いて急いで事務所まで走った。藍ちゃんが熱なんてめったにないことだから少し驚く。扉を開けると、数人のスタッフさんが横たわった藍ちゃんのそばで世話をしていた。藍ちゃん、大丈夫?覗き込むと、赤い顔をした藍ちゃんはだるそうに目を開ける。「ん……なんで、お前」嶺二さんに呼ばれて来たんだよ、というと藍ちゃんは急にはっとして起き上がって、ついでにスタッフさんたちを全員追い払ってしまった。あれ、なんか、機嫌悪い?藍ちゃんはぐいっと私の肩を引き寄せる。「ねえ、どうしてレイジなの。この前も思ったんだよ。そんなに連絡、取り合ってるの?」熱のせいか、藍ちゃんはいつもよりずっと饒舌だ。「すぐ、レイジレイジって、はいっつもレイジのことばっかりだ。レイジが好きなの? 意味分からない。もう僕、壊れそうだよ。何にも考えられない」……なんだか、これって、藍ちゃんが私のことを好きみたいだ。なんて思い上がりかもしれないけど……もしかしたら嶺ちゃんは全部分かってて、私と藍ちゃんを近づけてくれていたのかな。藍ちゃんの熱い背中を抱き寄せて、優しくさする。あのね、藍ちゃん、私ね……。藍ちゃんの具合が早く良くなりますように。そんな願いを込めて、想いを打ち明けるとき。

38.気づく (遙)
 小学校のときから一緒で、ついには同じ地元の大学に進学した、幼馴染の遙。バイトまでの時間をつぶすため一緒にカフェへ行く。歩いていると遙の友達とすれ違って、「彼女?」と顔を覗かれた。違う、と答えながらもちょっとだけ狼狽えて、遙はそんなわたしを見て黙っている。驚いたけど、そういう風に見えてるんだったら、なんか少し嬉しい、かも。なんてことを考えてると、「顔、赤いぞ」と遙は真顔で覗きこんできた。予想外のこと聞かれてびっくりしただけ、と言ってもあまり納得した様子を見せない。「、好きな人とかいるのか」え!急にどうしたの?「俺はお前のこと、好きだけど。今までそういうの考えたことなかったから」ぼそっとそんなこと、付け加えて言うから、茫然。「好きな人とか、いるのか」ちょ、ちょっと待って、遙!!そんな大事なこと、なんで今このタイミングで!?「今気づいたから」そ、そんな……!自由すぎる遙に腰が抜けそうになるけれど、幼馴染期間が長すぎて、素直に好きだって言いにくい。好きな人……いる、よ。たぶん。なんてぼんやり答えると、遙は少しだけ焦って。不安になってるのが可愛いから、もう少しだけ焦らすことにする。幼馴染から恋人へ、不器用にかわっていく遙との恋。

39.伝える (レン?)
 「一字一句、違わずに告げると約束してしまったので、そのまま伝えます。今日は帰りが遅くなるから、先に眠ってていいよ。おやすみのキスは俺が帰るまでお預けだよ、レディ。……以上です。では、私はこれで」「神宮寺に言伝を頼まれた。帰りは1時を過ぎるけど、明日は8時に起こしてほしいな。もちろんおはようのキスでね。とのことだ。あいつが言うことをそのまま伝えるよう言われたので、そうしたまで。ではな。俺は帰る」「レンからに伝言だよー! 明日の朝ごはんは、フレンチトーストがいいな。あとブラックコーヒー。それに君のキスがあれば最高の朝になるよ! とここで、チュッと投げキッス! はいっ、伝言終わり。え? レンに全部伝えろって言われたからさ。なんか恥ずかしいけど、俺はちゃんと伝えたからね!」「お、おい、レンからの伝言……だ。あ……愛してるよ、レディ。……だーもう、そんだけだ! じゃあな! くっそ、あいつはこんな恥ずかしいこと、日ごろから言ってんのか。俺には真似できねえ!!」「神宮寺からの伝言だ。会えなくても泣くんじゃねえ。以上。ついでに俺を遣うとはいい度胸だ、と伝えておけ」

40.疑う (音也)
 最近なんだか素っ気なくて。一緒にいるのに、切なさで胸が苦しくなる。、ホントに俺のことが好き?……なんて聞けたら、不安なんてなくなるんだろうけど、怖くて答えを聞けないよ。後ろ髪を少しだけ引っ張ると、はきょとんとして俺のほうを振り返る。そういう無防備な顔、見せるのも、ずっと俺だけにしてほしい。でも知ってるんだ。最近、誰かと連絡取ってること。もしかしたらは、俺よりもっと好きな人を見つけたのかもしれない。疑うつもりは、ないけれど……それでも不安になってしまう。聞きたいけど、聞けない。でもちゃんと否定してくれるだろ?連絡取ってるそいつのこと、俺よりも好きだなんて言わないよね?「どうしたの、音也」俺だけがこんなに好きで好きでしかたない、なんて思いたくないよ。浮気してる、なんて疑いたくもない。だっては今、俺の目の前にいて、俺を見て微笑んでくれるんだから。この時間を失いたくない。ねえ、、ホントに俺のことが好き?俺のことだけ、好き?……答えを出すのが怖くて、聞けない。別れを予感して、離れないでとしがみつく。知らないふりと知ってること。切ない恋の終わり。


恋する動詞 111題 041~060


41.憂う (嶺二)
 どうやらちゃんはここ最近、悩んでるみたいで、ため息ばかりついているらしい。心配した林檎ちゃんが僕に教えてくれた。でも、そんな憂いを帯びた表情もかわいいよ!と伝えに行くと、ちゃんは僕の登場にとってもびっくりして、狼狽えながら「あ、ありがとうございます」とぺこぺこ頭を下げた。一体、何に悩んでるの?僕でよかったら相談に乗るよ。なんてできるだけ気負わせないようにライトに言ってみたつもりだけど、ちゃんは申し訳なさそうに眉尻を下げて、困った顔をするだけ。あれ、僕には言えないことだったりする?もしかして僕、空気読めてない?……と一瞬めげそうになったわけだけど、ちゃんは僕を見て、「悩んでる……というか……」言いづらそうにしながらも、ポツリ、ポツリと話し始めてくれた。うんうん、なになに?教えて教えて!と身を乗り出すと。「私、嶺二さんのこと、好きなんです」…………ん?「いきなりこんなこと言って、びっくりしますよね、ごめんなさいっ」真っ赤な顔して、ちゃんは俯いてしまったけど、不意打ちくらった僕もどうしようもないくらい顔が赤くなって、なんかもう、恥ずかしくて、嬉しくて、どうにかなってしまいそうだった。でもこれで、ちゃんの悩みは晴れてくれるってことだよね?それは良かった!ほんとに、ええと、僕も幸せだし。うん、解決!

42.応える (真琴)
 真琴は優しいけど、優しくてずるいよね。なんてが言いだして、途端に俯いて泣き出してしまうからすごく焦った。優しいかな?俺。どうしてそんな風に思うの?聞きながらいつもみたいに頭を撫でると、は俺の手を振りほどいて涙をぬぐった。俺はいつだってに優しくしたいし、に喜んでもらいたいって思ってるんだけどな。「真琴、優しいから、ずっと一緒にいたいって思っちゃうよ?」うん、いいよ。むしろ俺のほうが、とずっと一緒にいたいって思ってるし。……って伝えた途端、は目を見開いて俺をじっと見つめてきた。あれ、言ってなかったっけ?名前、とっくに俺の気持ち知ってると思ってた。だって俺、分かりやすく傍にいたでしょ?「私、真琴のこと好きなんだよ?」うん、知ってる。俺も好きだよ。「私のは、幼なじみとしてって意味じゃないよ? はるちゃんとは違うんだよ」ふふ、ちゃんと分かってるよ。「私の彼氏になってくれるの?」が俺にそうしてほしいって望むなら、幼なじみにだって、彼氏にだってなってあげるよ。俺はずっとの傍にいられるなら、どんな形だっていい。の望む形でいいんだ。どんなお願いにだって応えるよ。俺は今までそうやって、のことを大事にしてきたんだから。

43.祈る (似鳥)
 大会の日、姉さんが応援しに来てくれた。僕の番は終わってベンチに座っていると、遠くから僕を呼ぶ姉さんの声がして、振り返ればまだ濡れたままの僕に思い切り姉さんが飛びついてきた。「わあっ、姉さん!」自己新おめでとう、と姉さんは祝ってくれたけど、その顔は少し悲しそうだ。レースの結果自体はあまり良くなかったから、姉さん気を遣ってくれてるのかも。「大丈夫だよ、姉さん。僕すっごく気持ちよかったんだ」泣きそうな顔した姉さんは、僕よりすごくしっかりした大人のはずなのに、こういうときだけ弱くて、僕が守ってあげなくちゃって思わされる。でも僕が姉さんを励まそうとした途端、さっきよりもずっと強く抱きしめられて、「愛ちゃんが良い泳ぎできますように、ってずっと祈ってたの。それが効いたんだね」なんて大人っぽく笑うから、僕はかえってちょっぴり切なくなってしまった。本当は少し悔しかったんだ。姉さんは僕のこと全部分かってるから、きっと心配して走ってきてくれたんだろうな。優しい姉さんに今だけは少し甘えさせてもらおうかな。抱きしめ返すと、姉さんの匂いがして胸の奥が痛くなった。周囲の目も憚らずに仲良しこよし、そんな似鳥くんの姉になりたいっていう話。

44.眠る (那月)
 なんだか眠れなくて、寮のフリースペースでお茶を淹れて飲んでいた。誰も来ないと思っていたのにふと扉が開いて、誰が入ってきた気配がして、少しどきりとしながら振り返る。そこにいたのは、パジャマ姿の那月。「ちゃん……? こんな時間に、一体どうしたんですか?」ちょっと眠れなくて……。そう言うと、那月は柔らかく笑って「実は、僕もなんです」とお茶の準備をし始めた。「眠くなるまで、一緒にいてもいいですか?」隣同士に座って、ゆっくり話しながらぼんやりしていると、いつの間にか少しずつ眠気がやってくる。うとうと、舟をこいでるうちに、いつの間にか那月と一緒にそのまま眠ってしまっていた。朝方の日が昇って目が覚めて、那月と頭を寄せ合って寝ていたことに気づいて少し焦る。那月はまだ穏やかに眠ってる。起こすのも悪いから、動けない。もう少しこのまま眠っててもいいかな……。頬に触れる那月の髪がくすぐったい。腕とか肩とか、こんな風に触れるのなんて初めてだけど、那月ってやっぱり男の子で、体とか逞しいんだなあ……。そう思ったら途端にドキドキしてきてしまう。どうしたんだろう、私。そんな一晩のできごと。

45.振られる (真斗)
 「すまない」「お前の気持ちには応えられない。……泣かないでくれ。きっとお前には、俺よりふさわしい相手が現れるはずだ」「俺にお前は、勿体ない。お前には大切な未来がある。お前の才能は、こんなところで潰えてはならないものだと思う。だから」……学生のころからずっと、わたしは真斗のことが好きだった。最初はただのクラスメイトとして……それから仲良くなって、どんどん気持ちが大きくなって、傍にいたいって思うようになって。わたしたちは恋愛禁止のアイドルだから、恋をしたって意味なんてないのに。真斗はそれをちゃんと分かってる。区別をつけられなくなってたわたしとは違って、ちゃんと将来のことを考えている。わたしたちはここで恋なんかして、未来を棒に振っちゃいけないんだ。特別なんてない。わたしは真斗の特別にはなれない。分かってたことなのに、今はどうしようもなく辛いよ。「お互い、トップアイドルを目指そう。次に会うのはステージの上だ」夢を失うのと同じくらい、あなたを失うのが痛い。

46.眩う (カミュ)
 もうじき生まれてくる赤ん坊のベッドや服やらを買い集めていると、それらを並べながらが愛おしそうに微笑む。話しかけるようにおなかを撫でて、泣いてしまいそうなくらい幸せそうな顔で、笑う。「パパは気が早いですねえ?」……だって待ちきれないものは、しょうがないだろう。の髪を撫でると、子供のように頬を傾けてすり寄せた。「こんなに愛されて、幸せだね」この小さな肩で、二人分の命を背負って立っているのだから、本当に愛おしくてどうしようもないのだ。目が合って、やわらかく笑うを見て、胸の奥がじんと熱くなる。いつだって俺のほうがこの笑顔に救われている。眩しいくらい愛しくて、大切な存在。「ねえカミュ、名前どうしよっか。顔見てからでもいいかな」ああ、俺とお前の子供だから、とても美しいに決まっているし、それからでも構わないだろう。楽しみだ。早くその時が来ればいい。の笑顔を見るたびに、眩さに目をつむってしまいそうになる。けれどそれでもいい。どうしたって幸せだということに、変わりはないのだから。

47.見つける (凛)
 久しぶりのデート!ということで意気込んでオシャレして、駅で待ち合わせてみたけれど、混雑していて人でごった返している。凛、気づいてくれるかな。久しぶりだし、髪型もちょっと変えてみたから、もしかしたら気づかれないかも……なんて。ネガティブなことを考えて待っていると、人混みの割れた向こうに、凛の姿を発見する。向こうも気づいたみたい。遠く手を振ると、凛は慌ててこっちに向かってくる。「わりい、遅れた」ううん大丈夫だよ。見つけてくれないかと思って、心配だったけど。なんて笑うと、凛はぷっと笑って「チビすぎて全然見えなかった」と頭にポンと手を乗せてくる。まったくもう、すぐそうやって意地悪なこと言うんだから。見失っても知らないから。とつんつんしてみると、凛はさりげなく手を繋いで、ぐっと引っ張ってくれた。乾いた手のひらは大きくて、強く引き寄せられたから、凛の肩にぽすんとおでこが当たってしまう。わっ。「離れんなよ」悪戯っぽく笑う笑顔が、かっこよくて、胸がどくんと高鳴った。久しぶりに会って、わたしも緊張してるのかも?そんなデート。「その髪、可愛い」って聞こえたの、気のせいかな?

48.忘れる (翔)
 行きつけのカフェでランチしながら、明日の仕事やこの後のことについてぼちぼち話し合い。今でこそこんな風に2人で堂々と来れるようになったけど、付き合ったばっかりの頃は周りを気にして、すごいこそこそしてたよね。なんて思い出話を持ち出すと、翔は「そうだなあ」ふっと大人っぽく笑った。あのとき、翔ちゃんウィッグ被ったりしてたよね。あれよく考えたらすごい面白かったよね。「そんなことしてたか? もう忘れた」昔の翔なら、照れて突っかかって来てたのに、大人になったなあ。っていうか、おじさんくさくなった?なんて言ったら翔は怒るだろうから、何にも言わないけど。にやにやしてると怪訝な顔をされて、頬をつままれる。「なんか失礼なこと考えてただろ」え、なんでわかるの?「お前、すぐ顔に出るから。何年一緒にいると思ってんだよ」……最近はかっこいい翔ちゃんに、こうやってドキドキさせられてばっかりだ。どんどん大人びて、かっこよくなっていくんだから。ずっとわたしだけの翔ちゃんでいてよ?大人になった翔ちゃんと、一緒に過ごす日常のワンシーン。

49.信じる (レン)
 今夜のディナーパーティ、ダンスもあるんだよ。なんて嘘をついてみると、ちゃんはあっさり信じ込んで、わたし踊れないよ!って慌てはじめた。本当、からかい甲斐があって面白いなあ。俺の言葉を疑いもしないんだから。「謝恩会と言っても、ようは芸能界の社交場だからね。踊れないのは少しマズイな」そ、そうだよね……とちゃんは頷いて、どうしよう、と俺に泣きついてくる。そうやって素直に俺を頼ってくれるところ、好きだよ。冷静に考えれば、踊れそうにない人なんて周りにいっぱいいるのに、気づかないからすごい。「俺が教えてあげるよ、レディ。俺の手を取って、そう、腰に手をおいて」少し戸惑いながらも、ちゃんは必死な顔をして俺の手を取る。ダンスの練習って言えば、こうやって公然と触れられるんだ。ふうん、良いことを知った。これからどうしようか企んでいると、ふと顔をあげたちゃんが、とてもまっすぐな瞳で「レンくん、よろしくね」って微笑むから、俺はうっかりたじろいでしまった。なんか、悪いことしちゃったな……どうしよう?でもちゃんがこんなに俺のこと信じてくれるなんて、思わなかったんだ。なんて言うのは言い訳だけど、この手のひらを離すのは少し惜しい、かな。

50.振り払う (蘭丸・嶺二)
 「ランランの手を振り払うなんて、君やるねえ」にやにや面白がった様子の寿さんに話しかけられて、さっきの現場の一部始終を見られていたことに気がついて恥ずかしくなった。誰にも見られてないと思ったのに。寿さんは私と蘭丸さんの関係を知っているからこそ、なおさら面白いものに感じているんだろうけど、こちらからしてみたら大変な事態なのだ。「なぁに、喧嘩? 珍しいこともあるね」蘭丸さんがふざけるから、ついカチンときてしまっただけ。ただ私が一方的に拗ねてるんです。イライラを引きずっていたせいで、つい寿さんにそう打ち明けてしまったけれど、寿さんは無碍にせずにうんうんと聞いてくれた。「あっちでランランもへこんでるよ。ランランにあんな顔させられるなんて、君くらいなもんじゃない?」そ……そうですか?寿さんだから分かる蘭丸さんの顔、っていうのもあるのかな。「おっと。僕の手は振り払わないでね?」なんて冗談めかして、頭をぽんぽん撫でてくれながら、寿さんは「早く仲直りしなよ」なんて言ってニッと笑う。無邪気な人だなあ、なんて思って、ちょっぴり湧いてしまった浮気心に首を振る。

51.寄り添う (藍)
 星を見ながらぼーっとしている藍ちゃん。考えごとをしてるみたい。何か悩んでるのかな、と心配になったけど、藍ちゃんはそういうのを人に話すタイプじゃないのを知っているから、何も聞かないでおく。バルコニーに出て藍ちゃんの隣に並ぶと、少し怪訝な顔をされた。何しに来たの、って目が言ってる。ただ傍にいたいなあって思っただけだよ。なんてこと、言えるはずもないから、星きれいだねって一言だけ呟いて空を見上げる。気が散るかな。藍ちゃんが邪魔だって言うなら、去るけど。沈んだ様子のままの藍ちゃんにそんなことを言ってみると、今度はもっと不機嫌な顔をしてわたしをにらみつける。「誰もそんなこと言ってない」それって、隣にいていいよってこと?ぷいっと顔を背けてしまった藍ちゃんを見つめると、流し目で「見すぎ」って釘を刺されて、少し面白くなってしまう。だって藍ちゃんを見ていたいんだもん。今はこうして傍にいられるだけで、私は十分幸せだよ。肩が触れるくらいの近さで、星を見上げる。センチメンタルな夜に寄り添うふたり。

52.泣く (林檎)
 「ちゃんったら泣き虫なんだから。女の子はメイクが崩れるから、泣いたら駄目なのよ?」ぼろぼろ零れだす涙を、月宮先生は華奢な指先で拭って、一生懸命わたしを慰めようとしてくれる。優しくて、でも少し力強い月宮先生の手。どうしようもなく溢れてくる悲しみに、わたしは鼻水が出てるのも気にせずに、ただしゃくりあげて泣くことしか出来ない。「んもうっ。ぶちゃいくになっちゃうわよ〜?」諌めるような声だけど、月宮先生は決してわたしのことを突き放したりしない。「よしよし……仕方ないか。今日はアタシの胸で泣いてもいいわよ。特別にね」ふわふわしたニットの胸に、月宮先生はきゅっとわたしを抱きしめてくれた。綺麗で可愛い見た目をしているけれど、触れると逞しくて、月宮先生が男の人だったことを少しだけ思い出す。今日だけは甘えてもいいですか?掻きついて泣き出すと、月宮先生は優しく頭を撫でてくれる。「……可愛い可愛いちゃん。これ以上、傷ついて泣いたりしないで……」耳元で囁く声に、全てをゆだねてしまいたくなる。あたたかい月宮先生の胸で、泣く。

53.握りしめる (渚)
 みんな僕のこと置いてっちゃうんだもんなあ。こればっかりは仕方ないことなんだけど。僕ははるちゃんとまこちゃんの1つ年下で、水泳でも勝てなくて、僕はずっとみんなの後ろを追いかけているだけ。行かないで。卒業しないで。遠くに行っちゃったら、もう一緒に泳げないんだよ?僕そんなの、いやだよ。どうしようもないことなのに、ワガママを言って泣いてしまいそうな僕を、まこちゃんは笑って宥めてくれる。はるちゃんは真顔のまま頭を撫でてくれる。怜ちゃんはため息ついて、平気なふりをしている。ちゃんは僕よりずっと涙を流しながら、僕の手を取って微笑んでくれる。「寂しがってくれて、ありがとう」小さなその手を僕はぎゅうっと握りしめて、もう二度と離したくなんかないって思ったけれど、あんまり涙が出るから仕方なく力を緩めてあげた。ちゃんも僕を置いていくんだね。僕はずっと背中を追いかけるだけだった。はるちゃんやまこちゃんみたいに、ちゃんの隣に並びたかったなあ。その手を引いて歩きたかったよ。遠くに行っても、僕のこと忘れないで、元気で、がんばってね。だいすきだよ。ちゃんの温度が離れたさみしい手のひらを、ただただ、ぎゅっと握りしめた。

54.なぞる (遙)
 水風呂から上がってきた遙が、水着のままぼーっとしてるから、からかうつもりで後ろから背骨をつつつ、となぞってみる。くすぐったがるかな?と軽い気持ちでやったのに、「っ!!」飛び上がって振り返った遙は、唇を噛んで苦しそうな表情をしていた。頬が赤いし……あれ、もしかして、背中弱いの?「おまえ、何するんだ……」遙はそのまま怯えた顔で後ずさる。普段から背中むきだしのくせに、触られるとくすぐったいなんて、なんかおかしい。別にーと言いながら、スッと指先を突き伸ばしてみると、過剰に反応した遙に勢いよく手を捕えられる。「さ、触るな!」……こんな顔した遙、珍しい。面白い。反対の手も伸ばしてみるとそれもガッと捕まえられて、二人して押し合う状態に。何もしないよ、ただ背中をなぞるだけだよ。なんてかけあってみても「だ、駄目だ……! ……!」。恥ずかしそうに身悶えする遙の表情に、S心が刺激されてしまう。弱点発見。たまには攻めに転じてみてもいいかも?そんな遙との攻防戦。

55.慕う (セシル)
 シャイニング事務所で働いていると、打ち合わせでやってくるアイドルたちに顔を合わせることも多くなる。中でも海外から留学してきているセシル君は、ちょっと古風だけど礼儀正しいし、世話を焼きたくなるような可愛さを持っていて、前にお菓子をあげたらとても可愛い笑顔を見せてくれたことを、私は今でも覚えている。アイドルにハマるなんて絶対ありえない、ましてやうちの事務所の子なんて、自分の子供のように思っていたはずなのに……。なんてため息つくこともしばしば。そうして廊下を歩いていると、偶然向かいからセシル君が現れた!「さん。探していました!」その手に持っているのは、新しい期間限定のお菓子。「この前のお礼です。とても嬉しかったので」う、うん、ありがとう。ぎこちなく微笑むと、セシル君はまっすぐに顔を覗き込んできて、小さな子供のように無邪気に笑って「アナタの笑顔が見たかったんです」と首をかしげて言った。え、え?「この気持ちの名前、カミュに教えてもらいました。ワタシは、アナタをお慕い申しております。さん!」そ……そ、それって、どういう意味!?純粋なセシルの言葉に、思わず射抜かれて茫然としてしまう。そんな年下に揺さぶられる恋。

56.憧れる (江)
 「その上腕二頭筋から三頭筋にかけてがすっごく好みです。とっても綺麗な筋肉だなあと思って……よければ近くで見てもいいですか?」……私はふつうに部活をしていただけ、だ。バスケの大会が近いから追い込みのために残っていた体育館。水泳部が貸していたコーンを返しに来てくれたのには気づいていたけれど、マネージャーの1年生の子……松岡さんが、私含め数人が部活を続けていたのを端のほうでずっと見ていたことにまでは、さすがに気が回らなかった。コートを出てTシャツの袖で汗をぬぐうと、ぴょんと目の前に現れたのが松岡さん。頬を赤らめ、まるで告白でもするかのように、さっきの台詞を言ってのけた。きょとんとする私を尻目に松岡さんは目をキラキラと輝かせ、「素敵〜〜〜!!!」と悶絶している。……え、私?なに?私の筋肉の話?「すごいです……! 女性でこんなに理想的な筋肉のつき方している人、初めて見ました!!」どうやら松岡さんは、筋肉フェチらしい。「迷惑じゃなかったら、また見学しに来てもいいですか?」……そんな可愛い顔で言われたら、男子じゃなくても断りにくい!何だろうこの子、可愛いのに残念だ……。でも放っておけない可愛さがあるなあ。お互いに無いものを憧れ合って、恋のような先輩後輩関係を築くふたり。

57.疼く (音也)
 みんなで練習中、が差し入れを持ってきてくれた!それだけでも俺のテンションは上がりまくり。休憩を挟んでお茶を飲んでると、差し入れをみんなに取り分けてくれながら、が小さく鼻歌を歌ってることにまで気がついちゃった!うわ、何これ、超かわいい!!抱きしめたい!でも鼻歌をずっと聞いてたいから、ちょっかいかけられないし……!ってひとりでウズウズしていると、にやついた顔を怪訝な顔のトキヤに「気持ち悪い」と指摘されてしまった。だって、が楽しそうにしてるんだよ?鼻歌歌ってるんだよ?俺も一緒に歌いたいし、ぎゅって抱きしめたくもなるよ!……っていうことを心の中で叫んで、ただひたすら拳をぐっと握って我慢をつづける。そんな俺を見てプッと吹き出したのはレンで、頬杖つきながら「可愛いね」ってを指さして笑った。うわっ、俺がニヤニヤしてたの、気づいてた?なんか恥ずかしいなあ。でも、ホント可愛いよね!ホントに可愛い!早く二人っきりになりたいなあ。そのためにはまず練習を頑張らなきゃね。よーし、に元気もらったから、もうあとひと踏ん張りしようっと!デレデレ全開の音也が珍しく我慢して、でもバレバレで、周りに温かく見守られてしまう。そんなほっこりカップル。

58.絡める (トキヤ)
 ドラマで恋人たちが手を繋いでいるシーンが映って、がそれをじいっと見ていた。いいなあ、とその顔が言っている。確かに私たちは外でデートすることもほとんど無いし、ましてや手を繋いで歩くなんてことは、本当に稀にしか出来ない。は、手を繋いで歩きたいのかもしれない。叶えてあげられない願いがあって、とても申し訳ないけれど、かと言って私にどうにか出来るわけでもないから、もどかしい。だったらせめて……部屋の中でくらいなら。ドラマを見続けているの隣に座って、何も言わずにそっとその手を取る。指を絡めて、きゅっと握ると、は少し驚いて顔を見上げてきた。君の考えていることは、私には全部お見通しですよ?……ぷっと笑ったは照れながら、その手を握り返してくれる。細くて冷たい指に力がこもって、嬉しそうな顔をしたは、私の肩にこてんと頬を寄せた。そして小さくありがと、と呟いてくれる。喜んでくれたみたいで良かった。最近は忙しくてあまり会う時間が取れないから、こうやって触れられる時間がたまらなく愛おしい。人気アイドルトキヤとの、ゆっくりしたおうちデート。

59.惹かれる (那月)
 17歳で上京して、ずっと親元を離れていた僕にとって、同じ北海道出身のさんがお姉ちゃんみたいで、たまにお母さんみたいで、なんだかとっても頼りになる存在として、気づけば僕の中でだんだんと大きなものになっていきました。寮では翔ちゃんとの二人暮らしで、翔ちゃんに色々教えてもらって何とかなっていたけど、一人暮らしとなるとなかなかうまくいかないことも多くって。洗濯機の回し方とか、ごはんの炊き方とか、ちゃんは失敗する僕にプンプンしながらもちゃんと教えてくれるんです。「那月くんは危なっかしくて、心配だよ」僕もしっかりしなきゃー、って思うけど、もし僕がこのままなら、さんはずっと世話を焼いてくれるんでしょうか?なんて思って、ずるくなってしまいます。小さな体で僕を引っ張って、怒ってくれるさんは可愛くて、素敵で、傍にいると自然と惹かれてしまうんです。ずっとこのままがいいなあ。可愛いさんが傍にいてくれるなら、僕は幸せな気がします。この気持ちは、恋なんでしょうか?分からないけれど、僕がさんのことを大好きだっていうのは、確かです。「ねえさん。僕、今日の夜ごはんはオムライスがいいなぁ! 一緒に作りましょう?」

60.騙す (レン)
 遊びのつもりがいつの間にか本気になっていた、なんてまだマシな冗談だ。初めにレンを誘ったのはわたしのほうだった。遊び慣れた女の振りをして近寄って、お酒の勢いでキスまでこぎつけて、なし崩し的に煽ってきっかけ作りは終わり。本当は遊びなんかで終わらせられるような想いじゃなかったのに。それでもレンと1度でもキスが出来るなら良かったのだ。「……泣きそうな顔してるよ」レンは大人びた顔で笑って、わたしの頬を撫でる。しらを切ってもレンには意味がなかった。もう何度キスをしただろう?その度にわたしは苦しくて、愛しくてたまらなくなる。「もう嘘つくのはやめたら?」ああ、もう我慢は限界かもしれない。レンはもしかして、最初から、分かっていたの?「君にこういうのは似合わないよ。乗ってしまった俺も悪いけど」やっぱり終わりなのかな。本気だってこと、ばれないようにしたかったのに。もうレンと一緒に眠ることも、キスすることも出来なくなってしまう。「この関係はもう終わりだね。次に君を抱くなら、恋人としてがいい。……俺の恋人になる気はあるのかい? レディ……」頬に冷たいキスをしたレンは、どうしてか泣きそうな顔をしていた。遊びのつもりが、いつの間にか互いに本気の恋に。レンの歪な恋の仕方。


恋する動詞 111題 061~080


61.照れる (真琴)
 後ろから足の間に挟むように座って抱きしめて、一緒に映画のロードショーを鑑賞。お風呂上りのからは甘い匂いがして、俺はこの香りにいつも誘われてしまう。CMの最中、スマホを見ていたはふっと笑って、渚とのLINEのやりとりを俺にも見せてくれた。「ねえ、渚くん面白いんだけど! 何これ」くだらないやりとりは確かに面白くて、そうだねって俺も笑ったけれど、本当は少し嫉妬してる。俺と一緒にいるときは、他の人のこと考えてほしくないな。焦れったいけど口には出さない。は画面をスライドさせて今度は写メを見せてくれた。この前友達と出かけたとき、と言って女の子が何人か映ってる一枚。「うん。、可愛いね」写真写り悪いところも、俺は好きだよ?なんて意地悪を言って耳たぶを噛むと、は声にならない悲鳴をあげながら、恥ずかしそうに唇を噛んだ。「ほっといて」スマホを放り投げるようにして、は座りなおして俺の脚の間にすっぽり収まってくれる。ふふ、いじめてごめんって。「好きだよ、」呟くと赤くなったの頬に、愛のこもったキスをひとつ落とした。

62.舐める (凛)
 凜ちゃんは首筋が弱いので、くすぐって遊んでいると、ついにプチッと切れた凜ちゃんが「!」と逆襲してきた。腕を捕まれ、ばふっとベッドに押し倒されて、脇腹を全力でくすぐられて悶絶する。あっはは、あはは!はあ、もうだめ、笑い疲れた。最後に、すっかり油断してる凜ちゃんの不意を狙って首筋を撫でると、凜ちゃんは「っ……!」とすごくびっくりして肩をすくめた。「てっめ……! 噛むぞ!」あ、怒っちゃった。不機嫌に眉をつりあげた凜ちゃんは、わたしの手をつかまえて口元に持って行き、その尖った歯を手首に当てがう――――かと思いきや。伸びてきた舌がアイスクリームを舐めるように、ぺろりと手首を這った。挑戦的な瞳に睨まれて、余韻を残しながら唇が離れていく。え、え。呆気にとられているうちに、そのまま覆い被さってきた凜ちゃんが今度は唇をぺろっと舐めて、唇の触れ合う距離でふっと笑う。「俺の勝ち、だな」……声を出す隙間もくれずに、すぐに長いキスで唇を塞がれる。からかって遊んでいたつもりが、いつの間にか逆転してる。強気な凜ちゃんに翻弄されて、いじめ返される夜。

63.誤魔化す (嶺二)
 僕ちんは大人だからね、そりゃあ秘密もいっぱいあるんだよん。なーんて言葉で誤魔化されてくれるなんて思ってないけれど、ちゃんはそれ以上何も聞かずにいてくれたから助かった。不思議がってはいるけれど、話したくないって伝わったのかな?「嶺ちゃんがそう言うなら」って別の話に切り替えてくれた。騙してるみたいで気が引けるけど、ばれちゃいけないからね。もうすぐ君の誕生日でしょ?僕、とっておきのサプライズを用意してるんだよね。だからまだ秘密。ばれないように誤魔化さなきゃ。ああでも、ちゃんは心配性だから不安になっちゃうかな?口には出さないけれど、僕には何となく分かるよ。「ごめんね、ちゃん。でも何も心配しなくていいんだよ」頭を引き寄せて、なだめるようにおでこにチュー。誤魔化すのは得意なんだ。でもちゃんはそれも知ってるから、色々考えちゃうんだろうなー。なんかごめんね。「大丈夫、大丈夫。僕がちゃんのこと好きじゃなくなるなんて、一生ありえないから」だから一生一緒にいて、って、プロポーズするつもりなんだよ。もう少しだけ、いい子で待っててね?

64.確かめる (遙)
 そういえばもうすぐ遙の誕生日だ。何も言ってなかったけど、今年も予定入れたりしてないよね?遙のことだから何も考えず「ああ」とかって返事して、友達と約束しちゃったりしてそうだな。今まで毎年、お互いの誕生日に一緒にケーキ食べてたけど、今年も一緒にいられるかなあ。急いで確認しなきゃ。ねえ、遙!「俺の誕生日?」な、何その表情。もしかして自分の誕生日忘れてた?「いや。忘れてない」別に、彼女とか好きな子とかいるなら、そっちと遊べばいいと思うけど、何もないなら今年も一緒にお祝いしようよ。「ああ……そうだな。お前がそう言うなら、今年は好きなやつと遊ぶことにする」えっ!?あ、遙、好きな子いたんだ?なんかサラッと言うから、びっくりしちゃったよ。そうだよね、好きな子いるならその子と遊んだ方がいいよ!うん、そうだよ、好きな子と……。「?」あれ、どうしたんだろ?なんか、気持ちがしゅんとしちゃった。あれ、おかしい。なんでこんな風に。「で、どこに行くんだ?」……へ?「俺の誕生日。おまえは、どこに行きたい?」え……わたし?わたしは、一緒にケーキ食べれたら、それでいいかなって……。「ん。じゃあ、そうする」……遙?「おまえの行きたいところに行こう」そ、それって……?!柔らかく微笑む遙から、突然の告白。頭が真っ白。そんなサプライズ告白!

65.巡り合う (怜)
 ゼミ室でパソコンと戦ってるその後ろ姿を見て、ふっと笑みがこぼれる。まだ粘っていたんだ。はいつも一度根を詰めると、無理してでも最後まで終わらせようとするから。僕には無茶するな、なんて言うくせに、自分はいいだなんてそんなこと、言わせませんよ?差し入れにホットココアを買っていくと、夢中だったはようやく自分が疲れてることに気が付いたみたいだった。「ありがとう、怜!」……僕は運命だなんて非科学的なもの、まったく信じてなんていないけれど、と巡り合ったことだけは偶然じゃなくて、必然だったと思います。最初は夢にも思ってなかったんです。僕の一方的な片想いから始まった出会いで、君が僕に振り向いてくれたときは、嬉しくて嬉しくて本当にどうにかなりそうでした。そのくらい僕は君に惚れていたんですよ?君は僕が告白するまで、気づいていなかったみたいですけど。狭いゼミ室の中でも、今はこれでいい。その横顔を見つめていたら僕も、もっと頑張れる気がするから。深く愛してくれる同期の彼氏、怜ちゃんと一緒にゼミの準備。ともすればヤンデレ、病みデレに近いような気がして焦ったけど、大丈夫です!!

66.絆される (藍)
 もう別れたほうがお互い身のためだって分かってるのに、どうしても非情になりきれなくて切り捨てられない。こんなはずじゃなかったのに、僕、どうしてしまったんだろう。顔を見ればまだ愛せるんじゃないかって気がしてくるんだ。笑っているのを見れば、まだ僕はのことが好きなんじゃないかって錯覚してしまう。そう、錯覚だ。が泣いてしまうからそれに絆されて、もう会えないと言って手を振り払うことができないだけ。でもきっと名前だって同じなんだ。まだ僕のことが好きかもしれないけれど、どう考えたって僕たちはこれ以上、一緒にいるべきじゃない。僕が名残惜しんでいることを知ってるから。手を放して、後悔するんじゃないかって足踏みしている自分に気づいているから、も僕に情を感じて、手を放せずにいる。ただそれだけ。一体どうやったら先に進めるんだろう?何をしたってへの思いは、変わりなく、断ち切れない情になって続いていく気がしているのに。不毛だ。の顔を見ると、僕はまた立ち止まってしまう。泣かないで。僕のせいで泣いたり、しないで。。愛していたよと言って、全部を過去のことに出来たらよかったのに。もう別れてしまわなきゃ駄目だと分かっているのに、別れられない。長すぎた恋に終止符を打てないふたり。

67.縋る (真琴)
 「ごめん。待って。冷静になれない」両手で顔を覆って、真琴はうつむいた。泣いてしまう、と思った。ひどく悪いことをしているようで胸が痛む。でも言わなきゃ。別れよう、って一言をまさか自分が、口にするなんて思いもしなかったけど。あんなに大好きだった気持ちもどっかに行ってしまった。何か問題があったわけじゃない。きっとこれから一緒にいても、何の問題もない。でも恋じゃない。「なんで……? 俺、別れたくないよ」かすれた声が、後ろ髪を引く。真琴のことは好きだけど、ドキドキしない。なんて酷いこと、言えないけれど、たしかにそう思ってしまったのだ。「嫌なところあるなら、直すから。俺はのこと、ずっと好きだよ。別れたくない」真琴の手は冷たくて、小さく震えていた。真琴はこんなにわたしのことを想ってくれているのに、どうして応えられないんだろう。どうして好きのままでいられなかったんだろう?「……お願いだから……」行かないで。手をぎゅっと握ったまま、真琴は一筋だけ涙をこぼして、そう言った。ごめん。ごめんなさい。その表情を見ていると、わたしまで泣いてしまいそうになる。恋してくれてありがとう。恋させてくれて、ありがとう。一つの恋に終わりを告げる日。

68.悔やむ (セシル)
 久しぶりにお休みで、せっかくとデートが出来ると思ったのに。日々の疲れのせいか、熱が出てしまいました。微熱だけど、大事を取って安静にしていろとマネージャーさんに言われてしまったので、今日は1日寝ていることにします。ああ、残念。に連絡すると、『風邪? それは大変! ちゃんと寝てなきゃ駄目だよ(`・_・´)』と返事が来ました。……、全然、寂しがってる様子じゃない。ワタシはこんなに寂しいのに。一人ぼっちで、こんなに寂しいのに!はあ、どうして風邪なんか引いてしまったのか。一人で悔やんで、ベッドに横になりながら泣きそうになっていると、ガチャリとドアが開きました。マネージャーさんがお昼を持ってきてくれた?起き上がる気力もなくぼーっとしていると、「セシル、生きてるー?」……聞こえてきたのは、の声!飛び起きようとすると、いきなり目の前に現れたが、冷えた手のひらをワタシのオデコにおいて、「寝てなきゃ駄目!」と押し戻しました。、来てくれた。ワタシの看病のために。嬉しい、嬉しい。とても嬉しい!「今日はずっとセシルの傍にいるよ。たくさん甘えていいからね」ああ、風邪を引いたこともラッキーに感じます。が傍にいてくれるのなら、ワタシは他にもう何もいりません。

69.さらう (嶺二)
 「おーい、迎えに来たよん。ちゃん、行こー!」仕事が終わる時間に合わせて、嶺二さんが車でわたしを出迎えてくれた!?えっ、なんで?事務所の同僚は早く行きな、と背中を押してくれるけど、わたしは訳が分からなすぎて挙動不審になってしまう。迎えに来た、って言ってたけど、どういうこと!?わたし嶺二さんとなんか約束してたっけ!?「じゃあ、ちゃんはもらっていくねん。みんなバイビー!」アイドルらしい笑顔で、同僚たちにウインクをかまして、嶺二さんは意気揚々と車を走らせる。あ、あのう、これは一体……?助手席でシートベルトを握りしめながら恐る恐る聞いてみる。「んー? 今日はね、ちゃんをさらいに来たんだよね」……そんな物騒なこと、笑顔で言われても……。怪訝な顔をしていると、嶺二さんは心底楽しそうに笑い出した。「あっはは、冗談だよ。今日はおとやんたちの初舞台だから、君を連れて一緒に観に行こうかと思ってさ!」今日は何の用事もないんだよね?って、もはや降ろしてくれる気はないみたい。観念して連れていかれることにするけれど、実は嶺ちゃんはあらかじめ探りを入れて、予定がないのを確認してから迎えに来ている策士ぶり。用意周到!攻める嶺ちゃんと、ドライブデート。

70.甘える (渚)
 ちゃんは幼馴染だけど、僕はそれ以上の感情を抱いてる。けっこう分かりやすくべたべたしたり、好き好き言ってアピールしてるつもりなんだけど、僕がいつもこういう感じのせいか、ちゃんはあんまり本気だと思ってくれてないみたい。周りには、ちゃんには僕がいる!って思われてるとは思うんだけど。肝心の本人が気づいてくれてないんじゃ意味ないよね。「あーそこ、だめだめ! ちゃんは僕のとなりね」文化祭期間中、飾りづくりで皆で居残り中。男女何人かでイスを並べて作業していたところに、ちゃんが手伝いに来てくれた。僕がこんなことを言っても周りは誰も気に留めない。ずるいよなー渚、なんて男子からの声は飛んで来たりもするけれど、それでもちゃんは譲れないからね。「ねえちゃん、これ終わったらプール覗いてみない?」えー、どうしよっかな、と考えるちゃんの腕をゆさぶって、「つれないこと言わないで、行こうよー!」って甘えてみれば、ちゃんは分かったよ、って頷いてくれる。へへ。僕はこうやって、ちゃんが甘やかしてくれるのがすっごく嬉しいんだ。そのお返しに、僕がちゃんを大事に守ってあげるからね?だから早く気づいてよ、僕の気持ち。

71.選ぶ (音也・トキヤ)
 指先でするりと頬を撫でる、トキヤの瞳は深くて色っぽい。「……愛しています」囁くように呟いたその低い声は、胸の奥をざわつかせて弾ける。トキヤ、すごい。まるで本当に愛を囁かれてるような気がしてくる。これ、たとえ演技でも、言われた方は本気にしちゃうくらいの力を持ってる……と思う。「じゃあ次、俺ね!」トキヤを押しのけて、今度は音也がわたしの目の前に身を乗り出してくる。「、大好き。愛してるよ!」きらきら輝いた目が眩しくて、はにかむような告白に思わず頬が熱くなる。なんだか恥ずかしくなっちゃう。音也の良いところは、こういうまっすぐなところだなあ。「……で、君はどちらがより良いと思いますか?」「俺的には、トキヤのでも正解だと思うんだけどなー」「かえって私は、音也のような勢いが必要なのかとも思わされましたが……」「ねえねえ、はどっちが良いと思う? どっちにドキドキした!?」「音也。私たちは別に、を口説いてるのではないんですよ?」「分かってるよー! 演技の研究でしょ? でも、女の子がドキドキしたほうが正解なんじゃないかな」ねっ、と無邪気に笑う音也と、呆れた顔するトキヤ。次の舞台のラブシーンのお手伝いだけど、身が持たないかも!「ねえ、どっち?」「勿論、私ですよね?」「あっトキヤ、ずるいよ!」

72.失う (翔)
 ずっと好きだった人に恋人ができたんだーって、何でもないことのように翔ちゃんは言ったけれど、その声もその顔も元気がなくて、落ち込んでるんだってことが全部伝わってきた。翔ちゃんは、すごく苦しいんだろうなあ。でもそれを表に出さないように、一生懸命笑ってるんだね。だからわたしも何も知らないふりをして、そっかあって頷いて、辛いねって共感して、翔ちゃんの背中を撫でてあげることしかできない。わたしだってずっと、翔ちゃんのこと見てたんだけど、好きな人いるだなんて知らなかったな。一番仲良くしてるのは、わたしだって思ってたのに。今までの思い上がりが全部恥ずかしい。このまま翔ちゃんの隣にいれるんじゃないか、なんて期待してたわたしがばかみたいだ。失っちゃった。大事な大事な恋だったのに、わたしも今、ここで、失っちゃったよ。「もう何も残らねーってくらい、落ち込んでる。はは、失恋って、こんな辛いんだなあ」わたしたちは二人、悲しい顔して佇んでいる。それぞれ叶わない想いを秘めて、なにもかも失って、それでも好きって気持ちを抑えることができなくて、また失っていくんだ。

73.狙う (真斗・レン)
 「最近のちゃん、可愛くなってきたと思わない?」いつもすました顔の聖川も、ちゃんの名を出せばその眉をぴくりと釣り上げて、心底嫌そうな顔で俺を見る。そんな顔してたら、バレバレだよ。聖川。お前もちゃんのことが好きなんだろう?残念だけど、俺だって譲ってあげるつもりはないんだ。「そうだろうか。は前も変わらずに清らかだ」「最近特に、って話だよ。もしかして恋でもしてるのかな?」「……さあな」付き合ってられない、とでも言いたげな顔。そんなに自信があるのか?一体何を確信している?こちらから狼狽えた反応を見せれば負けだ。あくまでも強気で、読ませないスタンスで。「俺、本気で狙っちゃおうかな。ちゃんのこと」わざわざ宣戦布告してやっているんだ。もちろん、真っ向勝負を挑んでるって分かってるよな?勝算ならある。聖川相手に負けるとも思ってない。ちゃんのことを好きだと思う気持ちも、きっと負けない。分からないけど。一段と冷えた瞳で俺をにらんだ聖川は、興味なさそうに席を立ったけれど、部屋を出る前に振り返って、小さな声でつぶやいた。「……お前には渡さない」ああ、なんだ。そうこなくちゃ、面白くないよね。

74.飽きる (似鳥)
 プールサイドから熱い視線を送る似鳥くんは、私そっちのけで松岡さんの泳ぎに夢中だ。彼女という自分の立場が心配になってしまうくらいの熱狂ぶりに、似鳥くんって本当はそっちの気があるんじゃ、とつい疑ってしまう。いや、そんなことないって分かっているんだけど、私が見たこともないくらいキラキラした顔してるから……。ずっと松岡さんばっかり見てて、飽きないの?なんてつい、聞いてしまった。すると似鳥くんはきょとんと振り返って、「飽きないよ。どうして? あんなに素晴らしいのに!」……ってまるで、宗教みたいなこと言ってくるから、さすがにため息をついちゃった。水泳は私もやってたから興味あるけど、鮫柄だったら御子柴さんの泳ぎが一番かなあ。でもルックスならやっぱり松岡さん?うーん、悩む。「ごめんね、ちゃん! そろそろ出発しようか」あ、もういいの?「うん、ちょっと見たかっただけなんだ。付き合ってくれてありがとう!」似鳥くんは満足そうな顔をして、私の手を取って外に連れ出す。プール見学にはもう飽きちゃったけど、楽しそうにしてる似鳥くんを見てるのは、私もなんだか嬉しいからそれでいい気もする。また一緒に来てあげてもいいかな?なんて、ね。

75.妬む (凛)
 大学で知り合った松岡君は、小さい頃から水泳でその名を馳せてきて、今や世界レベルの舞台で戦ってるすごい人だ。クールな印象だけど、話すと優しく笑ってくれたりする。気づけばわたし、松岡君のことが好き、になってた。脈ないって分かってるけど、それでも近くにいたいって思ってしまう。辛い恋。分かってても、止められない。松岡君はいつも連絡取ってる子がいるみたいで、講義中とか、飲み会の途中とか、スマホの画面にぽんってラインの通知が来るんだ。彼女はいないって言ってたけど、たぶんその子のことが好きなんだろうなぁって思う。だっていつもすぐ返事を返すし、楽しそうな顔して笑ってるの、見てれば分かるから。ずるいなあ、わたしも松岡君のそんな存在になってみたい。今だってほら、松岡君、スマホ見た。「凛、だれー?また七瀬ってヤツ?」「ん? ああ、そう。次いつこっち来んのって」「仲良いねえ。デキてんの?」「ッバカ、んなわけあるか」そんな風に、松岡君の当たり前の存在になれるって、うらやましい。はあ。「?」えっ?な、なに、松岡君。「いや、別に。暗い顔してたから」……わたしのことなんて何とも思ってないくせに、そんな優しい顔見せるなんて、むかつくなあ。好きだよばか。はるかちゃんって誰なの!

76.嘯く (那月)
 僕が追いついたときには、ちゃんはもう涙なんか流していなくて、何でもない顔をして僕を振り返っていました。那月くん、どうしたの。なんて白々しい言葉で笑って、まるで傷ついてないふりをするんです。そんなのウソなのに。僕は見てた。きっと弾けば、脆く崩れ落ちてしまうのだろうと、思って。「ちゃん……これは全部、僕のわがまま、です」腕を強く引いて、ぎゅっと抱きしめると、ちゃんの小さな体はすっぽりと収まってしまいました。柔らかくて、細くて、このまま折れてしまいそうなくらい弱い。「那月くん、」顔が見えなくなって、ちゃんの声が涙まじりに震えているのが分かりました。「駄目だよ……」ちゃんが僕を押し返したけれど、無視をして、もっと抱きしめました。拒まれるのは怖かったけれど、こんなちゃんを放ってなんておけない。好きなんです。僕はちゃんのことが、大好きなんです。「いま、優しくされたら、甘えちゃうよ……」ええ、構いません。今だけでも、いいです。今日のことはこれっきり忘れてしまいますから。優しい声でうそぶいて、精一杯の強がりを見せても、僕の手はおびえていました。もう二度と離したくない、なんて思って、僕まで泣いてしまいそうだったから。

77.掴む (遙)
 外でお酒を飲んでから、家でもう一回飲み直し。珍しくビールばっかり飲んでる遙は気づけば相当出来上がってる。もうそろそろ抑えておきなよ?と心配して言えば、顔色変わらないから分からないけど、遙はかなり酔っぱらっているみたいで、突っかかって来る。「なんで」真顔でじりじり迫られると、なんかコワイ。遙だいじょうぶ?「問題ない」ガッ、強い力で掴まれる手首。ねえ、大丈夫じゃないと思うんだけど。遙?後ずさればもう壁で、いきなり手を伸ばしてきた遙に髪を掻き撫でられる。そのまま後頭部を掴んで、がばっと覆いかぶさるようにキス。壁にぶつけた頭が痛い。床に転がりながら、瞳を蕩けさせる遙を見上げて、頬をぺちぺちする。おーいはるちゃん。「好き」何の脈絡もない告白。うん、私も好きだよ。「好きだ」……満足そうに言ってから、またお酒くさいキス。床に背中がごりごりして痛い。立ち上がろうとすると、腕ごと掴まえられて押さえつけられる。「だめ。このまま、ここでする」はあ、って苦しそうに甘い呼吸をする遙。本気で言ってるの?でも、ここまで酔っぱらったら遙は、もう手がつけられないからなあ。「、好きだ。もう、離さない」アルコールに溺れて、全部に溺れていく遙。

78.手に入れる (蘭丸)
 やっぱりこの感覚が好きだから恋をするのかな。近くにいたらちらちら目が合う存在。思わせぶりな視線を送れば、意味深なまなざしが返ってくる。これが好き。このひと、きっとわたしのこと気にしてるんだなって分かった瞬間、もう手に入れられたような気がして楽しい。わたしあなたのこと、意識してるんですよって雰囲気を伝えられたら、あとは待つだけ。絶対手に入れられないと思ってた、あのひとも、きっとわたしのことを可愛いって思ってる。目がそう言ってる。少しだけ触れる手とか肩とか、もっとわたしに触れたいって伝わってくる。そうでしょ?でも、違うかもしれないから、わたしはトラップをしかけてただ待ってみるだけ。最後までわたしのものになってくれなくてもいいよ。今この瞬間、手に入れられたら、それでいい。それ以上は、何にも求めないよ。ねえ蘭丸さん。「お前、そうやって男誘ってんだな。虚しくなんねえの?」やだなあ、なるに決まってるよ。だからこんなに寂しいんだよ。でも今夜あなたがキスしてくれるなら、後にどれだけ泣くことになっても、我慢できる気がするの。「似合わねえな」でも割り切ったふりだって、たまには大事でしょ?

79.秘める (嶺二)
 僕たちのこと、秘密にできる?小さなちゃんの頭を撫でて、そっと頬に触れると、ほんのり赤らんだ柔らかいそれが可愛くて、やっぱり僕のほうが我慢できなくなってみんなに言っちゃうんじゃないかなあなんて思った。最初はちっちゃな後輩って思ってただけなのに、ちゃんがあんまり可愛いから僕、気づけば好きになってた。一応まだ恋愛禁止って言われてるから、みんなには内緒なんだけどね。だからみんなの前ではちゃんにはとてもそっけなくして、無視して通り過ぎたりもするんだ。そのときのちゃんの傷ついた顔がまた可愛くて。もっと冷たくしたら、泣いちゃうのかな?なんて思ったりして、悪いことばっかり考えちゃうんだよね。でもそのかわり、二人きりになったらたっぷり甘やかして優しくしてあげるよ。秘密の恋っていうのもなかなか悪くない。みんなの前で、僕が何も言わず通り過ぎていくのを、ちゃんは傷つかないように我慢して平気な顔してるんだって思ったら、ワクワクしてきちゃって、なんだか危ない趣味に目覚めちゃいそうだよ。でもそれでもいっか?秘密の恋なんだから、誰にもばれなければいいんだもんね。可愛いちゃん。僕に傷つけられて、甘やかされて、もうだめになっちゃうくらい僕のこと好きになってよ。

80.悟る (真琴)
 が寝てるはるの頭を撫でて、可愛いねって愛おしそうに呟いたのを見て、あ、俺、のこと好きなんだな、って悟った。なんでこのタイミングだったんだろう?はるを見るの目は優しくて、大事に想ってるんだっていうのが、俺にも伝わってくる。俺はのこういう顔が好きなのかな。は俺にも、はるに向けるのと同じ優しさを向けてくれるから。大切だよって言われてるみたいで安心するんだ。はるだけじゃなくて、俺のことも想ってるよ、って言ってくれてるみたいで。今までそれは幼馴染だからだと思ってたけど、少し違うみたいだ。の横顔を見て抱きしめたいって思った。ずっとここにいて。俺とはるの間に、ずっと。何にも選ばなくていいから、この時間がずっと続けばいい。俺がいて、はるがいて、がいて。たぶんこの感情もすぐに消えるって分かってるんだ。そのうち欲張りになって、が欲しいって、一人占めしたいって、思うに決まってるから。好きだって気づいてから想いが加速していく。大事だよって言いたくなる。知らないうちにこんなに、大好きだったみたいだ。ずっとこのままなんて、無理だって知ってるから、切なくて。


恋する動詞 111題 081~100


81.振り回す (藍)
 僕ばっかり振り回されて嫌になっちゃうな。そんな気持ちを込めて睨んでみたのに、はけろっとした顔でただ笑う。はいはい、可愛いね。でも別に許したわけじゃないよ。「ごめんね。今度、埋め合わせする」……僕がしてほしいのは埋め合わせ、なんかじゃないんだけど。会おうと思ってくれてないなら、いいんだよ?別に無理に会おうとしなくたって。なんて女々しい台詞、言えるわけもなくて、僕はくちびるを尖らして少し拗ねた素振りをみせるだけ。「いいよ。そんなのいつになるか分かんないし」理由は僕のほうが忙しいから、だけど。だからせっかくの休みに、と行きたいところあったんだ。「ごめんね、怒らないで、藍。そのかわり次の休みに、わたしが絶対合わせるから」少し焦った顔して、僕を覗き込んでくるはやっぱり計算高くて、ずるいなあって思う。どうしていつもこんなに可愛いんだろう?がこんな風だから、会えないと僕が不安になるし、心配になるんだ。僕の気まぐれな態度や素っ気ない顔は、同じようにおまえも僕に振り回されて欲しいからなんだけど、分かってるのかな。分かってないんだろうな。むかつく。なんか僕ばっかりが好きみたいで、いつも不安だよ。

82.撫でる (トキヤ)
 なんとなく、帰ってくるの待ってたよーって玄関で出迎えれば、トキヤはびっくりした顔して時計を確認した。いま、午前2時47分。「ずっと起きてたんですか?」なんやかんやテレビ観たり、録画したやつ観てたらこんな時間になってた。だったらトキヤ帰ってくるの待ってみようと思って。「待ってみようって…………」あ、トキヤ嬉しそう。でも少し申し訳なさそう。どうせ明日お休みだからいいの!とトキヤの眉間を小突いてみると、やっと肩の力を抜いたトキヤがコートを脱いで、そのままわたしの頭を優しく撫でてくれた。「すみません。だったらもっと早く、連絡をしておけばよかったですね」トキヤは少し困った顔をして、愛おしそうにわたしの髪に触れる。こうして撫でてもらうの、好きだなあ。ねえ、もっと撫でて。甘えるように、その胸にそっとすり寄ると、トキヤはおもむろにコートを放り投げてぎゅっと抱きしめてくれた。「……あんまり可愛いこと、しないでください」今何時だと思ってるんですか、って文句を言うけど、別に時間なんて関係ないじゃない?わたしの頭を優しく撫でてくれるトキヤの頬にキスをして、とどめを刺すと、我慢弱いトキヤはためらいがちに瞳を覗き込んで、そのまま惹かれあうように唇を寄せ合った。

83.茶化す (渚)
 最近は可愛いよりかっこいいって言われることのほうが多くなってきた。中身は何も変わってないーなんて言われちゃうけど、1年生のときよりずっと背が伸びたし筋肉もついたし、僕だってそれなりにイイ男に成長したと思うんだ。なのに肝心のちゃんの態度は、昔から一向に変わらず。3年でクラスが離れてから、僕はけっこう分かりやすくアピールしてるんだけどなあ。虫よけも兼ねて、ちゃんだいすき!って気持ちを隠さないようにしてるんだけど。でも土壇場で弱気になって、ついつい逃げ道を作ってるのもたしかかだ。ちゃん、僕のことただ可愛いとしか思ってないんじゃないかな?「はーあ。ちゃんのばか」「え」「でも好き!」イワトビちゃんと同じくらい!って付け足すと、ちゃんは嫌な顔して唇を尖らせた。「だからそれ、嬉しくないってば」「えー、僕イワトビちゃん大好きなのに?」いつものやりとり。いつものおふざけ。なのに突然、ちゃんは身を乗り出して、僕の両頬をつかまえてぐいっと自分のほうを向かせた。え。な、なに、びっくりした、ちゃん?「茶化さないで」ねえ、とじっと僕の目を見つめるちゃんの頬は、ほんの少しだけ赤くて、僕は見惚れて、ついに想いを伝えるときが来たんだって思った。

84.輝く (音也)
 テレビをつければ音楽番組、バラエティにその顔が映ってる。今を時めくアイドルになって、すっかり輝いて見えるなあ……。遠い人になっちゃった。なんて私が思っていることも知らないであろう、かつての同級生である一十木君は、今日も事務所でお偉いさんと打ち合わせをしている。アイドルになる夢を諦めた私は、卒業してからそのまま事務所でOLをやっているというのに。ああ、私にもっと才能があったら、今頃彼の隣に立って輝いてたかもしれないのにな。さあ仕事に戻ろう、と踵を返した瞬間、「わっ」、どんっと誰かの胸に額をぶつけた。い、痛い。すみません、と顔を上げると、なんと一十木君!「ごめんなさ……あ、君、えっと……さん? だよね?」彼の口から出てきた私の名前に、思わずどきりとする。こんなの、ただのミーハーなファンみたいだ、どうしよう。「久しぶりだね! ぶつかっちゃってごめん、怪我してない?」きらきらの笑顔で心配してくれる一十木君は、やっぱり輝いてる。あの頃となんにも変わってない。大丈夫だよ、と伝えると嬉しそうな顔をして、手を振って去って行った。アイドルになるために生まれてきたみたいだなあ。一十木君はやっぱり、昔から変わらずにずっと輝いてるよ。

85.気にする (レン)
 通り過ぎていく彼女の香水のにおいが変わった、と思った。甘い果実のような香りから、透きとおる花の香りに。だいぶ前に俺がプレゼントした香水を、彼女は気に入ってくれて、それからずっとそれをつけてくれていた。あげたのは結構前だったし、もう無くなったのかな。俺と彼女が別れてからもう、数か月は経っているし。俺と別れても、あげた香水を使ってくれているのが嬉しかった。好きな香りだから、と言って甘い匂いをまとう彼女は今考えれば思わせぶりで、ずっと俺の心を捕えて、あの香りに閉じ込めていたのだと思う。ねえ、どうして香水を変えたの。なんてそんなこと、聞けないけれど、どうしても気になる。もしかして他の男が出来た?前に俺がそうしたように、香水をプレゼントでもされたのかな。だとしたら、寂しいな。誰にも言ったことはなかったけれど、俺のあげた香水をずっと使ってくれている君のことが、俺はまだ好きだったんだよ。彼女の香りは俺のあげたものだと思えば、他の誰より彼女の近くにいるのは、いたのは、俺なんだっていう優越感に浸れた。それだけで満足できるぐらい彼女が恋しかったのに。でも、それももうお終いか。俺も前に、進まないといけないね。

86.受け入れる (那月)
 僕たち、ずいぶん長い間一緒にいますよね。学園で出会ってから、僕がデビューして、今こうやってテレビに出るようになるまでの間、ちゃんはずっと僕の隣で見守ってくれました。僕は本当に、ちゃんに支えられてばっかりいるんですよ。知ってました?だから、ちゃんが寂しがり屋のうさぎさんみたいなところとか、つんつん怒ってトラさんみたいになるところとか、今までたくさん見てきたなあって思って。ふふっ、僕はどんなちゃんも可愛くって、大好きですよ?あ、でも、トラさんになってるときは、ちょっと怖いけど。何回も泣かせてしまったし、怒らせちゃったし、呆れさせちゃうことも多かったけど……でも今一緒にいるのは、それだけ僕たちがお互いを大切に思ってるからで……きっと一緒にいたい、ってお互いに思ってるからで……。僕のこれから先の人生に、ちゃんがいない日々なんて、ありえないです。ちゃんの一番傍にいるのは、僕がいいし、僕の一番傍にいるのも、ちゃんであってほしい。そう思います。だから、その……。僕と、結婚してくれませんか?僕はずっと、ちゃんのことを愛しつづけると、誓うので。大好きなんです。……どうでしょう?

87.呼ぶ (凛)
 久しぶりに大会の会場で会った凛は、わたしたちを睨んで敵意むきだしって感じで、とげとげしてて昔の面影なんか少しも残ってなくて、なんだか寂しかった。もう前みたいに笑ってくれないのかな。わたしのことも、遙たちと一緒にいるからって理由で遠ざけるのかな?久しぶりに会ったのになんか泣きそうだ。これから遙たちの試合で、がんばれって応援しなきゃいけないのに……ああもう、わたしのばか。でも、やっぱりわたしは凛のことが好きなんだって実感してしまった。試合直前、タオルを取りに走っていると、廊下でまた凛と出会った。あ、と思わずつぶやいていて、凛がこっちを見る。胸がずきり。何も言わず走り去ろうとすると、「!」……呼び止められて、心臓が跳ねた。な……なに、凛?目を見れば、意味もなく泣いてしまいそうになる。凛、わたしのことまだ名前で呼んでくれるんだ。なんかすごい、嬉しい……。「これからはるたち、泳ぐんだろ」こくんと頷く。「ぜってー負けねえから、って、言っとけ」分かったと返事すると、凛がふっと笑った。少し無邪気さを残した、男の子っぽい笑顔。昔とおんなじ。ああ、やっぱりわたし、凛が好きだ。名前を呼ばれた瞬間から、どきどきが止まらなくて苦しいよ。

88.持て余す (カミュ)
 苦手と言えば苦手。なのかもしれない。俺が振り回されているのも自覚しているし、奔放な彼女に頭が上がらないという、決定的な弱点を捕まれている。昔は今ほどではなかった……と思うし、時が経つにつれて俺と彼女の差は歴然になり、高圧的なばかりだった彼女の振る舞いもだんだんと柔らかく、かつ、強引なものになっていき、経済力をつけた彼女はさらに行動力を増し、より強大な俺の宿敵となった。逆らえない。なぜだか、どのような無茶を言われても、俺の体はひとりでに彼女の願いのすべてを叶えようとするのだ。すべてが謎!それがである。「次はいつ帰ってくるの、カミュ? バカンスに行きたいと思っていたのだけれど」「だから言ったでしょう。俺は日本に戻らなければ」「あら、あと1週間はいてくれるんじゃないの? 南の国なんかどう? 一緒に行きましょう、カミュ!」ああ始まった、彼女の得意な甘いお誘い。小首を傾げるなんて可愛いことをしながら右手には南国のパンフレット。「だから、姉さん」自分がわがままを言ってるなんて自覚もないだろう彼女に、怒ってみても意味などない。一体どうしたらいいんだ。姉という絶対地位を振りかざす彼女を、俺は持て余している。「……ったく……2泊でいいなら」ほら、また、俺は甘やかしてしまう!

89.焼き付ける (怜)
 納得いかないよって何度も言ったけど、竜ヶ崎君の決意は固いみたいだった。水泳部に入ります、だから陸上部は辞めます。本当に申し訳なさそうに頭を下げていたけれど、その顔はもう未練なんかないみたいだった。竜ヶ崎君ほどの実力ある選手が辞めちゃうのは、もったいないし、残念だし、これから一緒に頑張っていこうって思ってたから、なんかショックだ。私、竜ヶ崎君の棒高跳びのフォーム、きれいですごいなあって思ってたんだよね。でももう見れないんだね。竜ヶ崎君、陸上の才能あるからこのまま続けて欲しかったのに。真面目なところとか、しっかりしてるところとか、私けっこう良いなあって思ってたんだけどなあ。今日が竜ヶ崎君の参加する最後の部活だ。竜ヶ崎君の棒高跳び、しっかり目に焼き付けておかなくちゃ。そして部員たちに、彼のフォームの丁寧さを見習えって叱咤しよう。あんなに綺麗に飛ぶ人いないよって。グラウンドで夕陽を背負って、まっすぐにトラックに向かう竜ヶ崎君の横顔を、見つめて。ああこの姿、好きだったなあ、って思った。

90.突き放す (遙)
 突然、泣かれた。目の前でがぽろぽろ涙をこぼしている。状況を把握できずにうろたえる俺の胸を、名前がどんと叩く。なんで泣いてる?俺、何かしたか。「なんで、冷たくするの?」喉のかすれた声では呟く。冷たく?俺が、に?自覚がなかった俺は、やっぱりうろたえて、固く握りしめられたの手を握る。「冷たくした、つもりは」ない、って。伝えるけど、泣きじゃくってるには多分届いていない。冷たくされた、気がしていたんだろうか。は。たしかに最近ずっと忙しくて、ちゃんと連絡取れてなかった気もする、けど……そんなに泣くほど、寂しい思いをさせてたのか。「はる、何考えてるか分かんないんだもん。連絡しても、なんか突き放されてるみたいで」赤く潤んだ目をこすって、俺を見たは怒っているのでもなく、ただ、悲しんでいるみたいだった。泣くほど辛い思いをさせてしまったのは、悪かったと、思ってる。でもこれ以上、どうやって思いを伝えたら、『冷たい』と思われなくて済むのか、正直分からない。突き放してるつもりなんかなかったのに。の求めてることが、どういうことなのか、分からない。どうしようもなく見つめ合って、溝を埋めることも出来ないまま、ごめんとだけ謝って、ただただ立ち尽くした。

91.溢れ出す (セシル)
 眠そうにうとうとするの頬をするりと撫でると、頬を寄せて気持ちよさそうにして、可愛い、と呟くと少し恥ずかしそうに照れた。もう眠る?ワタシはまだ、眠くない。本当は、付き合って起きていてほしいけど、が眠いなら無理はさせない。んん、と曖昧な返事をするを急かすように、脇腹をくすぐってみる。やだ、やめて、と気だるそうに身をよじったは、そっぽを向いて、拗ねたようにおやすみと告げてしまった。ごめんなさい、からかってしまいました。もうしないから、こっちを向いて?の小さな耳に囁いて、ついでにキスをしてみると、ふっと笑ったがワタシのほうを向く。うん、やっぱり、こっちの方がいいです。ぎゅってして、額にキスをする。おやすみなさい、良い夢を。おまじないをかけてあげると、はすぐに眠りに落ちていく。ああ、ちょっと寂しい。でも、の寝顔を見れたから、ワタシは幸せです。落ちてきた前髪をすくって、の可愛い唇にキスをして、微笑む。触れたところから溢れていくワタシの想い、全部伝わってくれてますか?アナタといると、想いばかりが溢れて溢れて、こぼれて行ってしまいそうになるので、困ってしまいます。

92.近づく (真斗)
 気が付けば隣にいてくれてる、みたいなそんな距離ってヤバイよね。最初は何とも思ってなかったのに、やっぱり気が付けばどんどん心惹かれてる。どうして傍にいてくれるの?泣き出しそうなときにも、嬉しいことがあったときにも、真斗はいつも私の近くにいてくれるんだ。「。時間がないぞ」分かってる、ちょっと待って。そう言いながらも準備に時間がかかってもたついていると、ため息をついた真斗が「前々から準備しておかないから、土壇場になって焦るんだ」って小言を言ってくる。ごめん、でももうちょっと待ってて。よし、オッケー。行こう!「いいのか?」なんだかんだ待っててくれるから真斗は優しい。皆の元に遅れていくと、にこにこした音也にこっそり耳打ちされた。「とマサ、なんか夫婦みたいだね」え!?かあっと頬が熱くなって、照れ隠しに音也を追い払う。ふと隣の真斗を見ると、頭に?マークを浮かべてる。「……どうした。顔が赤いぞ」なんでもない、と言いながら少しだけ近寄って、腕が触れてしまうくらいの距離に立つ。こんな風に近づいても、真斗は避けたりしないから嬉しい。夫婦、なんてまだ早いけど……そのくらい近づけたらいいなあ、なんて、思ったり。

93.守る (真琴)
 ぎゅうぎゅうの満員電車。はると渚が人混みに押されて遠くに行っちゃって、俺はとっさに目の前のの腕を捕まえて、いなくならないように壁沿いに追い込んだ。初めはあった隙間も、人に押されるうちにぐっとなくなって、俺はを押しつぶさないように必死に腕でこらえる。「ご、ごめん。大丈夫?」人が多くて車内が暑いせいか、の顔は赤いし、髪も少し乱れてるし、きっとすごい辛いだろうなあ。「もう少しだから……我慢してくれる?」急にがたん、と揺れて前のめりになって、俺たちは不意に抱き合うみたいな体勢になってしまった。小さなの頭は俺の胸元にあって、心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかってくらい密着してて……。ああ、やばい。でも、此処にいるのが俺で良かった、かな。どきどきするのを必死に抑えながら、とりあえず静かな電車に揺られて過ごす。たまに大丈夫?と聞くと、は苦しそうな声でうん、と頷いてくれる。には悪いけど、俺は少しラッキーだなあなんて思ってたりして。ごめんね、でも、俺が守るから。……って声に出して言えたら、格好良かったんだけどな。は俺でいいって思ってくれるかな。胸元にあるの頭をぽんと撫でて、そんなことを想う電車の中。

94.惑う (トキヤ)
 ずるいなあと思うのは、私がに好意を持っているのだと知っているのに、気軽に触れたり名前を呼んだり、無防備な笑顔を見せたりする、そういうあざといところです。これ以上、その気にさせておいてどうしようと言うんです?どうせ手を伸ばしたところで、君はこちらを向いてはくれないくせに。それは本当に、私がアイドルだから――――という理由だけなんでしょうか?「トキヤ、この前の映画良かったって社長が言ってたよ。もう次の映画の話が来てるって」仕事をしているときのの、凛とした表情も、大人びた振る舞いも、全部が私を惹きつけてやまない。事務所のスタッフだから、という理由で私との間に線を引いているというのも、頭では理解している。越えてはいけない線がまだここにあるのだと……。それでも君に会いに、何かと理由をつけて事務所にまで来てしまう私を、少しは考えてくれてもいいと思うのですが。ああ、こんなに誰かに執着したのは、初めてだ。君の瞳にこんなにも惑わされているのに、それも本気じゃないと言うんですか?私も他のアイドルと同じように、ただの仕事の商品でしかないと。「あんまり無理して、体壊さないでね?」ほら、その笑顔に惑わされて、私はまた君の虜にさせられる。

95.夢見る (翔)
 少しくらい夢見たっていいじゃん。別に今すぐ、こいつを彼女にしてーとか、結婚して―とか言ってるわけじゃないんだし。たぶん今告っても振られて終わりだ。は今、好きなヤツとか作らないで夢に向かって頑張りたい、って言ってた。夢を叶えたいのは勿論俺も同じだし、今は一緒に頑張ろうってお互い励まし合って応援しあうこの距離が、ちょうどいいのかもしれない。好きとか付き合うとか、俺にもよく分かんないけどさ。難しい顔して課題に取り組んだり、楽しそうに歌を歌ったり、ぼーっと楽譜眺めてたりするを見てるのが、俺は好きだから。隣でふっと笑うと、何笑ってるの、とペンで腕をぺしっと突かれた。「んー。別に」今、一生懸命、歌詞考えてるところなんだから。翔も課題終わらせなよ!って、真面目なことを言ってはぷんぷん怒る。二人でこうやって自習室で向かい合ってるだけだけど、俺的には立派なデートのつもり。学園の中っていうのがまたいいよな。頬杖ついてペンを走らせるを見つめながら、デートに誘うとしたらどこにしようか、なんて妄想して、夢ばっかり見てる。そのためにも夢を叶えて卒業して、一人前にならなきゃ。そうしたら堂々とを誘える日が来るはずだから。

96.叶える (嶺二)
 お姫様になりたい、なんて思ってたっけ。幼稚園の頃の写真が出てきて、ふとそんなことを思い出す。昔から少女趣味でロマンチックなことが大好きだった。フリフリのドレスを着て、大きなお城に住んで、シンデレラみたいな舞踏会を開いて……今考えれば他愛のない夢だけど、あの時の私は本当にそれを願っていた。「へえ、そうなんだ〜。なんか意外かも!」嶺二さんは私の幼稚園の頃の写真を見て、かわいいねえ、と表情をほころばせる。顔あんまり変わってないね、ってそれは嬉しいような、嬉しくないような。「ちゃんはもっと現実的な夢を見てるのかと思ってたよ」先生とか、看護師さんとかも似合うんじゃない?なんて言うけど、たしかに小学校に上がる頃には別の夢を持っていた気がする。でも、女の子は誰でも一回くらいは、お姫様になりたいって夢を見るんじゃないかなあ。「そういうものかな?」嶺二さんはおもむろに、思い出にひたる私の手を取ってウインクをする。「でも、ちゃんはもうお姫様だよ。僕だけのね」ほら夢、叶ってる!なんてね、って恥ずかしいことを言ってのける嶺二さんの笑顔に、照れて顔が赤くなってしまった。嶺二さんって天然?計算?……分からないけど、本当に嶺二さんのお姫様になれるなら、夢が叶えられるなあなんて思ってしまった。

97.頷く (レン)
 久しぶりに喧嘩をした。お互い反省するところはあったし、仕方のないすれ違いだったと思う。俺が折れて謝りに行くと、はしぶしぶだけど許してくれた。まだ全部を許してくれたわけじゃないみたいだけど、自分も悪かったからって。不機嫌にしかめられていたの顔が少し緩んで、すぐに泣きそうな表情に変わる。強がりの苦手な子だから、意地だって長く張ってられないって俺は知っていたけれど、感情が高ぶるとすぐに泣いてしまうなんて、本当に子供みたいだ。しょうがないなあ、と抱きしめて頭を撫でる。「こんなので、誤魔化されないからね」は涙声でそうやって強がるけど、一体どうしたら許してくれるのかな。いつも面倒なことを誤魔化して受け流していたら、もうも見逃してくれなくなってしまったみたいだ。自業自得だけど、今になって信じてもらえないっていうのも、思ったより辛いな。「ごめん。でも、はずっと俺の傍にいてくれるんだろう?」何の弁明にもなっていないけれど、呟いた声があまりに弱弱しくて自分でも驚いた。は俺の胸の中で頷いて、「傍にいさせてよ」なんて寂しいことを言うから、俺はやっぱり泣いてしまいそうになった。

98.恋う (藍)
 僕は特定の人を愛しいと思う気持ちがわからない、と言ったら、は信じられないって顔をしたあとにそっか、とうつむいた。恋をしたことがないって言ったほうがには分かりやすかったのかもしれない。でも、僕の感情が未完成っていうだけなのに、どうしてが寂しい顔をするんだろう。どうして?って僕が聞いても、きっとは教えてはくれない。は秘密が多いんだ。どうして僕が話しかけると、うつむくの?どうして頬が赤くなると隠すの?どうして手が触れただけで、恥ずかしいって思うの?……教えてくれないから、分からないよ。は誰かを愛しいと思う気持ちを知ってるの?データが欲しいから、できたら詳しく教えて欲しいんだけど。僕の周りでは君が一番、そういう感情を持っている気がするし、あと単純に僕が知りたいしね。なんでだろう?面白そうだからかな。だって僕が話しかけたら、は真っ赤になるでしょ。恥ずかしそうな顔って可愛いんだって、を見て初めて分かったんだよ。レンが女性をからかうのはそのせいかな?まあ僕がそう思うのはレンみたいに女性相手じゃなくて、君だけだけどね。なんでだろう?分からないけど。ああ、もしかして恋ってこういう感情のことを言うのかもしれないね。

99.感じる (蘭丸)
 あんまり泥臭い情熱を人に見せないタイプではあるけど、蘭丸は熱い人だと思う。ロックボーカリストのイメージそのものっていうか、格好つけてても不自然じゃなくて、それが様になってるオーラのある人。事務所のアイドル達とやっていた舞台の千秋楽に、蘭丸に内緒で行くことにした。行くねって言ってはおいたけど、蘭丸にはきっと大した問題じゃないんだろうな。舞台を楽しめ、感じろ、とか抽象的なことコメントしてたけど、どうなんだろう?なんて斜に構えて観劇しはじめて。最初の10分で、舞台に引き込まれた。理屈っぽいこと考えてる暇なんかなくて、気が付けば終わって私は拍手をして、瞳に涙が浮かんでいた。すごい。すごいよ、蘭丸!挨拶も終わって楽屋に飛び込むと、しらっとした顔をして「おう」なんていつも通りの態度をするけれど、私、感動したよ?みんなすごかったよ、と涙ぼろぼろこぼしながら言うと、蘭丸が吹き出して、頭をぺしんと叩いてきた。「泣きすぎだ」だってこんなに素敵だって思わなかった。しょうがないやつ、って笑ってくれる蘭丸が優しくてもっとぐっと来た。ああ、もう、どんどん蘭丸のこと好きになっていくばっかりで、困っちゃう。

100.頼る (真斗)
 は勝気な女性で、あまり人に頼るのが得意ではないのだと思う。いつも気丈にしているし、少しせっかちで何でも素早くこなしてしまう。一人でしゃんとしているからこそ、俺はたまにが負担を背負いかねているのではないかと心配になったりもするのだが……はそんな素振りも見せず、黙々と仕事をこなしている。「働きすぎじゃないのか」俺が声をかけると、え?という顔をしては振り返る。俺にこんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。心配してくれてるの?と笑ってかわそうとするが、今日はだめだ。流してなどやらない。「誤魔化すな。辛いのなら、少しは他の者を頼ってみてはどうだ」ぴんと伸びた背筋も、傍にいるとこんなに弱く見える。背が高くすらりとした四肢も、こうして見下ろせば所在なさげにして、目が合えばたじろぐ。もっと俺を頼れと言っているのに、はいつまでも素直になれない。「一人で無理をするな」大丈夫、と空元気のように笑って、はやっぱり俺をかわしてしまう。そうやって一人で先を行ってしまうのが、俺は寂しいと思うのに。いつになったら素直に弱音を吐いてくれるのだろうか。頼れないならせめて傍にいて、支えてやるくらいのことはしたいと、思うのだが。


恋する動詞 111題 101~111


101.捨てる (音也)
 『捨てていいよって言ったけど、やっぱり捨てないで。ごめん、今すぐ行く』息切らした声で音也から電話が来た。今から?と時間を見て少し驚いたけれど、人気アイドルの音也に限られた時間しかないから不思議なことでもない。今まで何度もこういうことがあった。そんなことを思い出しながら、にじんでいた涙をぬぐって身支度をする。こんなだらしないパジャマで、泣きはらした顔で会うのはさすがにきつい。やっぱり音也の前では可愛くありたいって思ってしまうあたり、音也のことを忘れられない証拠なのだ。音也が好き。もう会えないなんてそんなの無理だし、久しぶりに電話で声を聴いてこんなにも会いたいと思ってしまった。捨てていいよと言われた水族館のペアチケットも、ちゃんとコルクボードに貼って取ってあるのだ。音也が来てくれる、と思ったらまた涙が出てきて、ぐすぐすしてるうちにすぐインターホンが鳴った。「、俺!」っていつもみたいに音也の声が聞こえてきて、ドアを開けてすぐ音也に抱き付いた。まだ着替えも終わってなかったけど、もうしょうがないから気にしない。「遅くにごめん。起きててよかった。に会いたくなって」私もそう思ってたよ。温かいぬくもりに涙が出る。喧嘩してたのがウソみたいに、いつもの音也が今ここにいる。

102.擦れ違う (那月)
 ちゃんが他の男の人と遊んでた、って事務所の女の人が僕に教えてくれました。でもただのお友達でしょう?と言ってみれば、親密な様子だったから、四ノ宮くんとは別れたのかと思ったよ、なんて衝撃的なことを言われて、僕はショックで、どうしようもなく落ち込んでしまいました。僕はその日、仕事で打ち合わせがあるとしか聞かされていないし、僕以外の男の人とデートするなんて一言も言われていません。どういうことなんでしょう?ちゃんのことを思うと、胸がきりきりと痛くなって、辛くなってしまうので、僕はどうにも出来なくて、少しだけ避けてしまいました。今、ちゃんの顔を見たら僕は、嫉妬と悲しみとを全部ぶつけてしまいそうで怖い。でも僕が避けると、きょとんとして不安そうな顔をするちゃんを見ているのも、同じくらい辛いから困ってしまいます。ちゃん、遊んでた男の人って誰ですか?仕事だって言ったのは嘘だったんですか?どうして僕には何も言ってくれないんですか?他に好きな人が出来たなら、そう言ってくれれば、僕だって……ああ、でも身を引くなんて、そんなこと出来そうにない。連絡を取るのも少し怖くて、僕たちは微妙な距離に離れてしまいました。これだけでもこんなに寂しいのに、別れることなんて、絶対に出来ないと僕は思います。真実が知りたいけど、聞くのが怖い……すれ違って、僕たちはただ苦しいばっかりだ。

103.刻む (凛)
 その横顔を見ていると、胸の中にぽっと灯りがともるような、そんな気持ちになる。特別、目を見張るような美人とかじゃないって分かってるけど。俺にはこいつの全部が可愛くて、愛しい、なんて惚けたこと思ってしまうんだから相当だ。恋愛に溺れるタイプなんかじゃなかったのに。そんなつもりはこれっぽっちもなかったのに、気がつけばの存在が、俺の中にこんなにも深く刻み込まれていたのだ。卒業を目の前にして、お互いに就職先が離れてしまうけど、この手まで放してしまうつもりはない。なんて言ったらは驚くんだろうけど。結婚したい、って言葉も現実味がなくて子供の戯言みたいに聞こえるから、今は言わない。でもいつかちゃんと、言うから、そのときまで待っていてほしい。3月の末にはこうして気軽に会うことも出来なくなる。だからそれまで、ずっと一緒に居ようと思う。この表情も、声も、温度も、言葉も全部、頭の中に刻み付けておきたい。寂しいなんて思わなくなるように。今まで何も考えずに近くにいたから、会えなくなるなんて想像もしなかった。俺たちもついに卒業かあって、まだ少し現実感のない現実を迎えて、少し悲しくて名残惜しい時間の中で、手を繋いでられるのがこんなにも嬉しいんだ。

104.探す (遙)
 「どこにいたんだ。探したぞ」振り返ると、岩鳶のジャージ姿の遙がいた。走ってきたのか髪もぼさぼさで、少し息も上がってる。そんなに探してくれたの?いつもその役目は私のほうだから、なんだか新鮮。「見せたいものがある」言われるがままに腕を引っ張られて、ぐいぐい歩いていく。あれ、遙、髪の毛濡れてる?ほんのり塩素みたいな匂いもする。ってことは……。遙、もしかして、と切り出すと、私の言いたいことを察してか、遙は珍しく楽しそうに笑った。「出来たんだ、プール」ああ、それで飛び込んじゃったのかな。子どものように嬉しそうな顔する遙が可愛い。完成して水を張ったプールを、私に見せたいと思ってくれたのも、嬉しいし。遙の『特別』に私も触れていられる気がして、なんだか幸せだ。まだプールなんて冷たくて寒いだろうに、うきうきしてる遙を見て、ふっと笑いがこみ上げてくる。私の腕を引いて、遙はプールに向かってぐいぐい進んでいく。このままだと、もう1回くらいプールに飛び込んじゃいそうだなあ。着替えなくなって風邪引いちゃいそう。なんて思って、プールに着いても、この手は離さないでおこうと思った。

105.憎む (嶺二)
 別れた理由は他に女の子がいたからで、私はいわゆる二番目の女ってやつで初めから本命じゃなかったのだ。そんな女切ってよと泣きわめいた結果、切られたのは私の方だった。あの日の私は本当に醜くて汚かったと思う。人間、人を愛するとこんな風になるんだって自分でもびっくりするくらい縋りついた。泣いて叫んでお願いしてどうにかなるなら、こんなことにはなっていないし、私のこういうヒステリックなところに嶺二は嫌気がさしていたのかもしれない。でもどうしようもなかったのだ。もうどうなってもいいくらい、嶺二が欲しかった。ただそれだけだったのだ。恋愛って所詮こんなもんで、どこにでも有り触れたものなんだと思う。私に愛してるって言った唇で他の女の子にキスしていたとか、考えるだけで、ぞっとする。逆も同じだ。本命の女の子に好きだと言っていた同じ唇で、私にキスをしていたんだと思うと、むかつくよ。嶺二が憎い。相手の女の子も憎い。何度泣いても足りないよ。でも、一番憎いのは、こんなになってもまだ縋りつきたいと思ってしまう、醜いこの自分自身だ。

106.誘う (真琴)
 隣の事業部のさんは、いつも何かと一生懸命だ。こっちの事業部と往復してるところ、俺はよく見ていたし、小動物みたいにちょこちょこ動く後ろ姿が可愛いなあってずっと思ってた。企画の打ち合わせで何度か話すようになってから、実はしっかりしてるんだってことも分かってきたし。でも今日も会議でイスにつまずいていたりして、なんだか放っておけないひとだと思う。そんなことを考えながら、会議終わりにホワイトボードを片付けていると、「私がやるよ、橘くん」とさんが話かけてきてくれた。わあ、ラッキーだなあ。でも「いいよ。届かないでしょ」とからかってみると、さんはかあっと照れてしまった。うん、なんかいいなあ。少し雑談しながら片付けてると、さんは「あの、えっと」ともじもじしだす。なんだろう?なんか言いたいことでもあるのかな。「ああ、あの……もしよかったら、今度、ごはん……」行きませんか、って、さんは消えそうな声でつぶやいて、真っ赤になって俯いた。うわ、なにこれ、なにこれ!可愛すぎる!俺はもちろん!と勢いよく頷いて、さんを覗き込むと、泣き出しそうな顔したさんに「ありがとう」と微笑まれて、不意打ちくらって俺まで真っ赤になってしまった。ああ、可愛すぎる!

107.振り返る (翔)
 どんどん歩いて行っちゃうなーと思って寂しかったのは本当で、私なんかがいなくても翔ちゃんは立派に歩いて行けるじゃない?って自分の中で理由づけて、ある程度の距離をつくって、自分が傷つかないようにしていたっていうのも、本当のことだ。私ばっかりが欲しい欲しいって求めて、見返りがなかったときが怖いから。だから私なんかがいなくても平気。私だって翔ちゃんがいなくたって、まあ平気。そのくらいのスタンスで、大人ぶっていた。オフの日に私を選んで遊びに誘ってくれるのが嬉しかった。私が自分が一般人だって気にしてるってこと、翔ちゃんはとっくに気がついていたのかもしれない。翔ちゃんはいつも優しい。昔から変わらなくて、私が大好きになった翔ちゃんのままでいてくれる。なのに私ばっかりどうしてこんなに、寂しさとか引け目とか感じちゃうんだろう。ねえ翔ちゃん、私でいいの?本当にいいの?夕日に向かって歩く翔ちゃんのカラフルな後ろ姿を見て、つい、泣きそうになる。滲み始めた視界でふいに、翔ちゃんが振り返った。不細工な顔で涙をこらえてる私を見て、焦るでもなく翔ちゃんは、その手を差し伸べて自分の方に引っ張ってくれる。「帰るぞ」離さないって言ってくれるみたいに、強く強く手を握って。

108.狂わせる (レン)
 弱みって人に知られると厄介だ。メンタル的なものなら尚更、自分以外のヤツにはどうしたって知られたくない。完璧主義ってわけじゃないけど、弱い部分って誰しも触れられたくないものだと思うんだ。不思議だね。人は無意識的に、自分の弱点を隠そうとするのかな。俺は今までそうしてきたし、たとえ付き合った彼女でさえも、苦手なものとか嫌いなものとか、怖いものとかを教えたことは一度もなかった。うっかり、バレンタインに貰ったチョコレートを食べて苦い顔しちゃったことはあるけれど。恋人には優しい男でいたかったんだよ。それなのに、どうしてだろう。ちゃんの前で俺は、そうやって取り繕うのを全部忘れて、怖いものは怖いんだってひけらかして、弱いのを隠すのも忘れて、甘えてしまいそうになるんだ。これが嫌なんだ、あれが辛いんだって、弱音を吐き出してしまいたくなる。こんなの俺じゃない、とも思ったけど、きっとこっちが本来の俺なのかもしれない。甘やかしてもらいたいって思ってる。抱きしめて、俺の我儘を全部聞いてほしいって、思ってる。……こんな感情、誰かに抱くようになるなんて、想像もしてなかったよ。ちゃんに出会って、俺の全部が狂わせられてしまったみたいだ。

109.温める (トキヤ)
 寒い寒い!と言いながら寮に戻ってきたさんは、雪が降ってきたよ、と興奮気味に私に伝えた。読んでいた台本をいったん置いて、窓のほうを覗き込む。ああ、雪だ。春を前にしてまた少し冷えたからだろう。鼻の頭を赤くしたさんは、両手をすり合わせて寒そうにしながらも、雪を見てうれしそうな顔をしている。わたし、冷え性なんだよね。言いながら、色白の手を必死に温めている。「……本当だ。冷たいですね」特に何も考えず、さんの手をぐっと握った。小さな手は私の手の中にすっぽり収まって、雪のように冷えている。なぜだか温めなくてはいけない気がして、そのまま両手で包み込むと、さんは一ノ瀬君、と頼りなく私の名前を呼びながら、驚いた顔をしていた。……ああ。「嫌でしたか」だったら離れよう、と思ったのだけれど、さんは首を横に振る。一ノ瀬君の手、あったかいね。その声は囁くように、私の胸をくすぐる。さんの手はゆっくりと温められていく。その温度を分けたのが私だというのが、無性にうれしかった。こうやって二人きりでいられることも、手に触れても逃げないでいてくれることも。どうせなら指先まで温められるくらい、彼女の時間が欲しいと思った。私は、こんなふうに笑うさんのことが、好きみたいだから。

110.口付ける (渚)
 どうやって殴ってやろうかと思っていたのに、気がつけば渚の腕の中にいた。放してと言ってもぎゅうと抱きしめられるだけで、渚は何も言ってくれない。やめてよ、私怒ってるんだよ。なのにどうしてこんなに嬉しくて、悲しいんだろう。「ちゃん、落ち着いて」いつの間に渚は大人になっていたの?私をなだめる掌も、密着している身体も、すっかり男のひとになっちゃった。やだよ、大人にならないで。私を置いていかないで。「……怜ちゃんから聞いたの?」渚、東京の大学行くって。真琴くんとおんなじで、遠くに行っちゃうんだって。私そんなこと一言も聞いてないのに。渚にとって私ってなに?ただの幼馴染?私はそれだけだって思ってなかったよ。ぼろぼろ溢れていく涙を渚は黙ってみている。渚が切ない顔してるのも、気づいていた。私が泣いたって渚は東京に行っちゃうんだ。でも駄々をこねていないと、渚がどっかに行っちゃいそうで怖いから。「ごめん、泣かないで。ちゃんには、ずっと言おうと思ってたんだよ。でも言えなかった。顔見て話したら、寂しくなっちゃうから、僕、決められなくなるって思ったんだ」だからおねがい、許して。渚は泣きながら、涙で濡れた私のくちびるにキスをした。初めてのキスはしょっぱくて、温かくて、遠くで冷たい海のにおいがしていた。寂しいよ渚。好きだから、行かないで。

111.恋する (すきなひと)
 こっちを見ればいいのに、と思って少しじれったい。笑いかけてなんて贅沢なことは言わないから、せめて目を合わせて、あわよくば名前を呼んでくれないかなあ、なんて。授業中、その背中にこうやって何度もお願いしてること、気づいてる?君は鈍感だから、私の想いになんてこれっぽっちも気づいてなさそう。あるいは、気づいて知らないふりしてるかのどっちか。色んなパターンを妄想して、どんな時でも可愛くいられるように努力してるのに、肝心の本人へアプローチが届かないんじゃ意味がない。直接ぶつかれないけど、来てほしい。連絡ほしいけど、自分からは送れない。なんて受け身だから、少しも進まないのかな。でも君のこと考えるだけで、どきどきしすぎて、冷静でいられなくなっちゃうんだよ。ああ、恋するって大変だな。片想いは楽しいけど切なくて辛いよ。はあとため息をついて窓の外を見る。頑張って話しかけようかな。待ってるばっかりじゃいつまで経ってもゴールが見えない。よし、と意気込んで、彼の背中を追いかける。ねえ、私のこと、好きになってくれませんか?そんな願いを込めて、君を想う。

2013.12~2014.3

デートしてみました お付き合い1か月目編


東堂の場合 いざとなると緊張して真っ赤になるか、いつも通り余裕綽々でちょっと格好良くリードしてくれるかのどっちか。どっちでも美味しいです。前者の場合は集合から「よ、よし! では行こう!」とぎこちなくて最初は手も繋げないし、後者の場合なら待ち合わせから優しく笑って「今日を楽しみにしていたぞ」では行くか、ってさりげなく手を取って、こっちがびっくりしてると「デートなのだから当たり前だろう?」ってかえってきょとんとされる天然たらしの東堂さんもなかなか良いです。「他の女子に嫉妬されるかも分からないが、気にしなくていい。胸を張っていろ」と斜め方向に偉そうなのは必須です。ドキドキでデートしていると黙っていれば格好良い東堂さんは他の女の子からの視線を集めてしまうので、やきもきするし、学校の友達がなんと話しかけてきたりもします。「おお、君か。こんなところで会うとは〜」といつもの感じで話す東堂を見てちょっぴり嫉妬。その友達と別れてからしゅんとしていると、ふと覗き込まれる。ぎく。えっと……。「さては、やきもちか?」そ、そんな!「ハハハ、気にするな。俺は以外の女子などまったく見ていないからな!」と街中で高らかに宣言されてちょっと人目を集めます。あ、ありがとう……恥ずかしい……。でも嫉妬してくれたのが嬉しくてニヤニヤしちゃう東堂さん。「(可愛いやつめ……)」と噛みしめてます。デート中はずっと手を繋いで、あっちに行ってみるか?こっちはどうだ?って色んなものを積極的に見に行く楽しいデートです。飽きません。東堂さんを見ているだけでも飽きません。そんなお付き合い1か月目。


荒北の場合 荒北くんって恋愛経験豊富っていうよりは、高1のときからちょっと長めに付き合ってた彼女がいて、経験は多いわけじゃないけどなんか慣れてる、みたいな特有の雰囲気がありそうです。公式ブスですよね間違ってないですよね?違ったらすいません。デートに待ち合わせても「よォ」みたいなそっけなさから始まって(照れ隠し)「行くか」って一人でスンスン歩いて行っちゃう荒北さん。一生懸命ついてくる彼女を振り返って「(くそ可愛い……)」って噛みしめてるかもしれないけど、脚長いのでそういうところ気を使ってほしいです。荒北くん待ってーみたいなこと言うと「ったく」とか言いながら手を繋いでくれます。プンって向こう向いたまま。ぼちぼち映画でも観に行くんですけど、典型的デートしちゃってる自分が恥ずかしくなるタイプの人なので、映画館で座りながら「(これからどーしよ……)」とかぼんやり考えてます。意外と必死かもしれない。気を抜けば突っかかっちゃってすぐ喧嘩になるので、そのうち「ハァ?!」って言うの禁止令が出ます。荒北さん基本うるさい。でも部活の話してるときはちょっとだけ素直な荒北さんが見れたりしてこっちもドキッとしたり。「もう良いだろォ」って照れてるのを見てニヤニヤしていると「おいてめー」ってほっぺ抓られる(照れ隠し)。なんだかんだデート後半には仲良しになってて普通にラブラブしてます。そんなお付き合い1か月目。


新開の場合 言わずもがな箱学の恋愛マスターだと思っているので、女子の扱い方は手慣れたものです。何故だろう漂う玄人感。バキュンで仕留めたウサギのような彼女をいつも可愛いなあと思って見つめている包容力タイプです。実は俺の好みに仕立て上げる俺様タイプ。従順な女の子でも暴れ馬な女の子でも最終的には新開さんの虜になってしまう恋愛しか見えません。まず待ち合わせて出会った段階で「よっ。今日の格好、可愛いな」制服のときも可愛いけどさ、と何の気なしに言ってしまえる色男。顔色一つ変えないのがおかしいです。早速手を繋いで、「見たい物があるんだけど、いいか?」って彼女を連れてく。ペットショップでウサ吉の何か買いながら子犬や子猫と戯れるほのぼのデート。自然と距離も近づいて、服や雑貨を見ていると、これどうかな?って聞くと「ああ。おめさんに似合ってる」って目を見て言われるので赤面を禁じえません。強い。なんやかんや帰り際、駅くらいまで送ってくれるんですけど、「なんか寂しいな」って手をぎゅっと握ってくる新開さんにこっちもドキドキ。う、うん……。「また明日学校で会えるけどさ」じっと見つめられて近づく距離。新開くん……?と見上げる彼女を心底可愛いなあと思う新開さんはくすっと笑います。「そんなに身構えんなよ。何もしねえよ」嫌がることは、って言いながらぎゅっと抱きしめる新開くん。え!!「嫌だったか?」う、ううん。あんまり真っ赤になってドキドキしているので、ぷっと笑って、「今日はこんくらいかな」また明日、っておでこにチューとかして、大人っぽく笑ってじゃあなと手を振ってくれます。なにこの余裕?完全にバキュンされたお付き合い1か月目。

2014.09

マネージャーになってみました SS


1.なでなで

 新しく入った1年のマネ、って言ったか、寒咲先輩の妹じゃないほう。小野田にもだけど、どうやら俺が怖がらせてるみたいだから、仲良くしとけよなんて金城に言われちまったけど、これと言ってどうしたらいいのかも分からず、微妙な距離感のまま4月が終わってた。まあ、2個下の後輩なんてこんなもんショ。別に仲良くする必要もないっちゃない……し。いや、あるのか。部室に一番乗りして着替えながらそんなことを考える。と、ドアが開いて、いきなり、その、が入ってきた。まじか。うおっと間抜けな声が出て、目を合わせた俺たちは一瞬、固まって、まじで時間が止まった。「よ……よお。早いな」先に切り出したのは俺。だってがあんまり萎縮してっから。……つーか、俺ってそんなに、怖いのか? 小野田といい、といい、なんつーか、こう……。「お、お疲れ様です、巻島先輩」はぺこっと頭を下げて気まずそうに奥の方へ行く。んだよ、これ。どうすんだこの空気。ロッカーに向かって、に背を向けたまま考える。気まずい。ごそごそ、何の気なしにあさったロッカーの奥から、前に誰かにもらったアメが1個だけ出てきた。お、これッショ! よくわかんねーけど、ラッキー。同じように背を向けてたに、後ろから声をかけると、飛ぶように振り返ったが俺の方をじっと見た。「これ」右手を差し出すと、ちょうどの目の前だった。ちっさいな、こいつ。俯かれるとつむじしか見えない。「やるよ。俺、食べないから」手のひらに転がすと、は両手できゅっと握りしめて、ぐっと俺を見上げた。「あ、ありがとうございます!」……ふうん。嬉しそうに笑う顔は、まあまあ可愛い、ショ。「私これ、好きです!」「そうかよ。良かったぜ」「はい! 嬉しいです」って、そんな風に頬を真っ赤にして言うのは、なんか、ずりいな。俺は気づけばの頭をくしゃっと撫でていた。犬っころみてえ。「小さいね、おまえ」思わず頭、撫でたくなるショ。


2.爪きり

 裏門坂を走り終わって正門前に戻ってきた巻島先輩は、爪が割れたからと言って私に爪きりを取ってくるように言いつけた。部室までは遠くないけれど、わざわざ爪を切りに戻るほどじゃないからと、もう次のトレーニングの準備を始めている。「巻島先輩、これ、爪切りです!」「んあ、どうも。ついでに悪いんだけど、ココ、切ってくれない?」ロードバイクに跨ったまま、先輩は右手の指先を差し出してくる。え。わ、私が切るんですか?!「俺もう、息上がっちゃってッショ」たしかに、部活ももう後半のメニューに入っている。しかも左手を使わなくちゃいけないわけだし、手元が狂ったら危ないから、やっぱり私が切ってあげるべきなのかな……。「ほら、早く。切って」う……。細長くて、男の人とは思えない華奢な指先に触れると、なんだか私の方が緊張してしまう。巻島先輩は私を見下ろしてるから、呼吸が近くて、指先から私のどきどきが伝わってしまうんじゃないかと思った。「……なに。緊張して震えてんの?」だ、だって巻島先輩がそんなにじっと見てくるから! ……とは言えず、私は急いでパチンと爪を切って、尖ったところを整えて、応急処置だけをしてあげた。これでおわり。どうですか、と先輩に聞くと、自分の手をぱっと開いて見て、うれしそうに笑った。「ん、いいッショ。サンキュ」そのままするっと私の前を通り過ぎて、練習に戻って行った。たった数分の出来事だけど、一瞬だったような、でもとても長い時間だったような、不思議な感じ。触れてた手の熱さを思い出して、顔が赤くなってしまった。ああ、もう、どうしよう。


3.平気なフリ

 部室でと話してたら、俺たちの後ろから鳴子がぬっと顔を出してきた。「なーんやちゃん、最近、巻島先輩にえらい懐いとるなあ」からかうでもなく、水を差すでもなく、鳴子はただ勘ぐるようにをじいっと見つめている。なんだ、無駄にぎくりとしてしまった。いや、なんで。俺たちはただ話してただけだし、後ろめたいことなんて、何もないッショ。「なんだよ鳴子、羨ましいのか?」「いや、それもあんねんけど、なんちゅーか……」ええと、と言葉を探して、「あっ、分かったわ! なんや兄妹みたいで、ほほえましいなあ思て!」……兄妹ぃ? ああ、まあ、そう見えなくもない……というか、たしかに俺たちは傍から見たらそんな感じなんだろうな、とは思う。そうかなあ、と言って赤面してる(ってまあ、それも意味わかんねーけど)の肩をばしばし叩きながら、鳴子はけらけら笑っている。鳴子が鈍くて助かった、のか? いや別に、だからって他の関係があるってわけでもなんでもねーけどさ、なんで俺、こんなに動揺してんだ。意味わかんねえショ。ふいに視線に気づいて、見やると金城が俺を見てて、心臓が飛び出るかと思うくらいぎくっとした。平然を装っておいたけど、やっぱりなんで俺がこんなに慌ててんのか、全然意味がわかんねえ。お前に言われたとおり、ちゃんと仲良くしてやってるだけっショ。何か文句あんのかよっ。


4.差し入れ

 作りすぎたからと言って、が部室に大きなラッピング袋を広げて行った。中身はハート型のクッキー。半分だけチョコがついてる。小さくて甘さも控えめで食べやすい。部員たちは部活の前に喜んでつまんで、部活が始まる頃にはたくさんあったように見えた袋もほとんど空っぽになっていた。みんな、がっつきすぎショ。俺まだ2つくらいしか食べてないんだけど。「クッキー美味かったなあ! ちゃんて、お菓子作り上手いんやなあ」「手作りクッキーなんて食べたの、僕、初めてです!!」「……そうだな。甘さも控えめで、まあまあ美味かった」はあ、楽しそうにしちゃって、1年たちは呑気で可愛いねえ。「せやけどなんで急にクッキーなんやろ? バレンタインでもないのに」「確かに、なんでだろう?」「もしかして、好きな人の誕生日とかなんちゃう?! ハート型やし! うっわあ、羨ましいわ〜〜!!」「ええっ!? す、好きな人っ?!」……なぜかウキウキと楽しそうな鳴子は、後ろで俺たちが聞いているのを知ってか知らずか、くだらない妄想話に花を咲かせはじめる。ふうん、に好きな人、ねえ。…………そんなこと考えたこともなかったな。でも確かに、言われてみればなんでいきなりクッキー?ってなるし、なんか理由があんのかな。あ、好きなやつがいるのか。それで。…………。おい金城、そんな顔でこっち見んのやめろヨ。別に、気にしてねえし! ……でも、急に、胸の中に鉛が落ちてきたみたいな。認めんのも怖いけど、もしかして俺、超気にしちゃってるんじゃないの、これ。まじかよ。


5.キス

 「なあ、あのさ」不意に私を呼び止めた巻島先輩は、なんだか少し挙動不審だ。えっと、と唇の端をかいて、巻島先輩はとりあえず私を自分の隣に座らせる。部活が始まる前、私と巻島先輩のクラスはどっちもHRが終わるのが早くて、いつも一緒に早く着くことが多い。私はそれがちょっと、嬉しかったりする。最初のうちは緊張して気まずかったけど、巻島先輩の方から打ち解けようと話しかけてくれたりするから、怖いと思うことももうなくなったし。ううん、怖いって言うより、今はむしろ……。「まあ、あの、どうでもいいんだけどヨ」なんですか?「お前さ……クッキー作ってたッショ。あれってさ、その」先週、差し入れしたクッキーのことかな?あれは、友達の誕生日にあげるために作ったやつで……。「あ……え、友達?」はい、友達です。それがどうかしました? もしかして、美味しくなかったですか? 食べて具合悪くなったとか!?「いやっ、そうじゃないショ! すげー美味かった! マジ!」……焦っちゃったけど、巻島先輩が一生懸命フォローしてくれてるから、美味しくなくはなかったみたい。よかった。「だから、その……また作ってくれ、よな」目を逸らして、巻島先輩が照れたような顔してそんなことを言うから、驚いた! 嬉しくて、私まで顔が赤くなってしまう。あんなもので良ければ、もちろん……。あ、よく考えたら、なんだかこの距離って近い、なあ。顔を上げたらすぐそこに巻島先輩の顔があって、手だって触れそうなくらい近くて……。巻島先輩ってやっぱり、かっこいいなあ。「……っ! 、俺――――」「おっはようさーーん!!! …………あれ? 二人して何なん、もしかしてチューでもするとこやった!? 悪いことしたなあ〜!!」「なっなに言ってるの、鳴子君! おはようございますっ、巻島先輩、さん!」


6.濡れた髪をフキフキ

 登校中、急に雨が降ってきて、走って部室まで飛び込んだ。薄暗い早朝の部室には巻島先輩がもう来ていて、ジャージ姿の巻島先輩は私を見るなり「うわ、びしょ濡れッショ」と慌てて、タオルを投げてくれた。そういう巻島先輩も、髪が少し濡れてる。もしかしてもう走ってたのかな。ぽたぽたと垂れてくる滴が冷たい。「ったく、傘、持ってこなかったのか?」顔を上げると、すぐそこに巻島先輩。長い腕がすっと伸びてきて、私の頭をタオルでがしがしと拭いてくれた。少し痛い。けど、拭いてくれる手は優しい。あ、ありがとうございます……とお礼を言うと、「ん」とだけ言って、巻島先輩はタオル越しに頭をぽんぽんと撫でてくれた。「風邪引くなよ」……なんだろう、これ、すっごく嬉しいし、なんだか恥ずかしい。タオルに隠れながら、頬が熱くなるのを隠し切れない。そんな雨の日。


7.応援

 「そこの君、総北のマネージャーだな。巻ちゃんを呼んでくれないか」大会中、箱学のカチューシャのひとに突然声を掛けられた。ええと名前は、たしか……東堂さん……だっけ。まきちゃんって、誰だろう? そんな女の子いたっけ? 私がきょとんとしていると、ん? と東堂さん(たぶん)に見つめ返された。「ふっ、俺に見惚れてしまっているのかね? 全くそれは仕方ないが、俺は今巻ちゃんを探しているんだ」は、はあ……。なんだかすごい人だ。まきちゃんって誰でしょうか、と聞こうとすると、後ろの方から「ああっ!」と巻島先輩の声が聞こえてきて、私が振り返った瞬間にはもう、巻島先輩は私の肩を軽く抱いて、東堂さん(たぶん)との間にぐっと距離を取って立ちはだかっていた。え?「何してるッショ、東堂!」「おお、巻ちゃん! ちょうど探してたところだよ」まきちゃん……巻ちゃん……ってもしかして、巻島先輩のこと? なるほど!「ほう? そんな必死な顔して、さてはこの女子は、巻ちゃんの――」「バッ、んなわけ……!」「ははっ、隠す必要はないよ、巻ちゃん! そうかそうか、君、しっかり巻ちゃんの応援をしてあげるんだぞ!」よくわからないまま、東堂さんは私の頭をぽんと叩いて、巻島先輩にびしっと指さして、宣戦布告をしていた。二人はライバルなのかな? 巻島先輩は困ってる感じだけど、嫌がっているわけじゃなさそう。巻島先輩の新しい一面が見れてなんだか嬉しいな。抱き寄せてくれた肩を、自分で触れてみると、なんだか照れくさくなってちょっとだけ俯いた。


8.ギュッと

 東堂さんがいなくなってから大きなため息をついた巻島先輩は、首をうつむけて私の方を覗き込んだ。「ったく……お前がいなくなったかと思ったら、東堂に絡まれてるとか、予想外すぎるッショ」ご、ごめんなさい。ポケットから定期が落ちて拾ってたら、総北の皆に置いていかれちゃって。選手やマネージャー含めて人がたくさんいて、似たようなウェアを着てる学校もあるから、会場で人探しをするのはなかなか大変だ。でもこうやって巻島先輩が迎えに来てくれるなんて思わなかったから、嬉しい。「で、定期は? 見つかったのか?」すぐ傍に落ちてたから、大丈夫でした、と言うと、巻島先輩は「ならいい」と、おもむろに私の手を引いて歩き出した。え、え? ま、巻島先輩?「おまえ小っこくて、すぐ見失っちまいそうになる。ここで迷子になられても困るッショ」……そう言ってぐいぐい歩き出してしまったから、巻島先輩の顔は見えない。見るのもなんだか恥ずかしいけど……、でも、ギュッと繋いでくれた大きな掌が熱くて、優しくて、つい真っ赤になってしまった頬がとっても熱い。ああ、こんな顔、巻島先輩にもみんなにも見せられない。総北の待機場所まではそう遠くなかったけど、この距離がもっと長ければ、なんて思ってしまった。

2014.09


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