、風邪引く」
 肩に触れたこの手が、振り返るまでもなくクロのものだとわかった。日差しが少し強くなってきたけれど風邪はまだ冷たい。後ろ髪引かれながら振り返れば、あいかわらずの素っ気ない顔でわたしをじっと見下ろしていて、ぎくりとする。
「日焼けするぞ」
 小さな頃から、しょっちゅう風邪を引く子供だったわたしのことが、クロはいまだに目が離せなくて心配になるらしい。もう高校生にもなってしばらく経つのに、まるで兄のように世話を焼いてくれる。は鈍くさいし、弱いなって。たしかにクロからしたらわたしは頼りない女の子なのだと思う。昔からずっと、今も、クロはわたしのことを守ってくれている。
「部活見るなら、中で見ろよ」
「いいの?」
「もちろん。俺のモチベ上がるから、むしろ来い」
 ニッと笑ったその顔は、昔と変わらずに意地悪そうな顔だ。前よりもっと意地悪そうになったかな。うんと頷けば、クロは満足そうにへらりと笑った。そういうしまらない顔していると、あんまり怖くないよ。なんて言えばまた怒るから、黙っておく。
「ボール飛んできたら避けろよ」
「うん」
「いや……やっぱりおまえには無理かも」
 失礼な。バレーボールのレシーブくらいやったことあるよ。腕を組んでクロはうーんと考え込む。わたしを見つめてぶつぶつ、結局「やっぱり無理だ」と結論を出して、よし、とわたしの肩をどんと叩いた。
「もし飛んできたら、大声で叫べ。俺が取りに行くから」
 そんなことできるの?と聞けば、「やるんだよ」とよくわからない自信たっぷりの答えが返ってきた。クロはどうしていつも自信たっぷりで、強いのかな。クロのうしろに隠れていたら、わたしは甘えてもっと弱くなってしまう気がするよ。
 がんばって、とその背中に言えば、おう、と短い返事。みんなの輪の中に入っていくその姿を見て、やっぱりクロはずっとわたしを守ってくれるヒーローなのだと思った。


「はい、てことでちゃんが見学に来てます。ボールぶつけたヤツ、殺します」
「「「ウス!!!!」」」




ぼくの翼はこちら (140624)























 クロが自分のジャージをに貸したりしているのを見ると、やっぱりはクロにとっての特別なんだなと思う。
 たしかに昔からの身体があんまり丈夫じゃないってことは、俺も知ってるけど、クロはあまりに過保護だ。のことを好きとか、大事にしたいとか、そういう次元じゃない。もっと病的なものだ。守ってあげたいって気持ちはすごく伝わってくるんだけど、はそんなに弱いっけ。近くで守ってあげないと倒れちゃうくらい弱いなんて、俺は思ったことない。
「またクロのジャージ」
 俺がつい、つぶやくとはきょとんとして俺のほうを見上げる。
「うん。日焼けするからって」
「……そればっかりだ」
 クロはの色白なところを、きっと好きなのだと思う。なんていうか、透きとおったところ。
「まだ風邪引く季節だからね」
 さあっと俺との間を通り抜けていく風は、もうぬるくて夏の匂いがする。それでもはうっかり体調を崩したりするんだ。風で乱れた髪を直すを見やると、日なたが作った影に浮かぶ白さに、じっと見惚れてしまう。
 クロは早いうちから男っぽかったけど、もいつのまにか女性っぽくなっていて、なんか少しびっくりした。隣に並んでいるからかな。俺よりも身体は小さいし、細いし、クロの目から見たらそれはきっと余計にそうなんだと思う。腕とか、引っぱったら簡単に転んじゃいそうだ。
 ……ああ、だからクロは、の隣でを守りたいって思うのかな。
「どうしたの、研磨」
「……どうもしてないよ」
 のこと一番大事にしてるのはたぶんクロだから、クロの願いはきっと叶うんだよ。だって十分効果を発揮してる。あれだけの傍にいたら、を守ってるのはクロだってみんなが気づくから。
 俺だっての隣にいたいなんて、もう言えなくなってしまう。
 悔しいな。まだ間に合うかな。守られなくても平気なのに弱いところは、俺とはそっくりなのに、悔しい。




ぼくの願いはこちら (140624)























 勉強教えてというから、放課後ふたりで数学をやることにした。
 徹ちゃんは元々要領が良くて、勉強できないわけじゃないから、わたしが知っていることを少し教えてあげれば、すぐにコツをつかんでモノにして行く。むしろ勉強に関しては、わたしのほうが教えてほしいことばっかりだ。要点をつかんだ徹ちゃんは、わたしよりずっと効率よく問題を解いていくし、わたしは本当は数学がいちばん苦手なんだって知っているのに、わかってて頼む徹ちゃんはすこし意地悪だなあと思う。
「もう分かった?」
「うん。ちゃんのおかげでね」
 課題のプリントはもうすぐ終わる。なんだかんだ、ふたりで補いあってちょうどいいくらいだった。
 目の前の徹ちゃんをじっと見ていると、真面目な顔がかっこよくて、なんか笑いそうになる。徹ちゃん、最近、女の子にモテてるらしいじゃん。良かったね、なんて前にわたしが言ったとき、わたしはけっこうからかったつもりだったのに、徹ちゃんはニコニコしながら「まあね」って嬉しそうに笑っていた。わたしはそれにびっくりしたのだ。徹ちゃん、すぐ彼女とかできそうだなあって、思った。
「なに見てるの」
「徹ちゃんってさあ、かっこよくなったよね」
 高校生になって、急に。言えば、徹ちゃんはぱっと顔を上げて目をきらきらさせる。ほんと?と明るい声。
ちゃんがそんなこと言うなんてびっくり」
 ひとつの机に頬杖ついてるから、すこし顔が近い。高校生になってすこしずつ、幼馴染の徹ちゃんって実はかっこよくて、人気者なんだって、意識しはじめた。こんなふうに仲がいいと女の子に羨ましがられるってことも、付き合ってるんじゃないかって疑われることも多くなってきて、そういうふうに見えるんだ、と最初はすごく驚いたのだ。
 たしかにわたしの一番なかよしな男の子は徹ちゃんだし、たぶん、徹ちゃんにとってもそうだと思う。
「なんとなく思っただけ」
 目を合わせてるのが恥ずかしくなってうつむく、なんて、あまりにもそれっぽすぎて、我ながら照れくさくなってきた。なんか、漫画で言うと、わたしが徹ちゃんのこと好きみたいな場面だなあ。徹ちゃんはそんなわたしを見て、やめろよって言うのかと思ったけど、ただ笑ってるだけだった。ニコニコ。
はずっと可愛いけどね」
 問題、解きおわり。シャーペンを置いた徹ちゃんを見上げれば、じっと視線を向けられる。
「徹ちゃん、」
「ね、徹って言ってみて」
「…………徹?」
 徹ちゃんは頷いて、ニコニコしながらわたしの頭をなでた。今までずっとちゃんって呼んでたのに、急にって呼ぶの、やっぱり漫画みたいだなあと思った。今度は徹ちゃんがわたしのことを好きみたいな場面。なんかくすぐったい。そういうのも全部、今さらな気がするのに。
「それでオッケー」
 可愛いねなんて、今まで何度も徹ちゃんに言われてきたはずなのに、胸に響くのはなんでだろう。高校生になったから?放課後の教室だから?こんなふうに近いところにいるから?……分からないけど、どれだけ人気者になっても、変わらないままでいてくれるのは、嬉しいなあと思った。
 わたしだけの徹ちゃんみたいだなあって、今さらそんなことを思って、胸がじわりと熱くなった。




ぼくの可愛い子はこちら (140625)























 不健全だなあとひとごとめいた言葉をつぶやくは、それとは正反対の場所にいる気がした。
 きっともう、にとって俺はほんとうにひとごとなのだ。昔は、よく一緒に遊んでいたけれど、中学に進むころにはそれなりの距離が空いていたし。女の子のわりには活発で、土だらけ泥だらけになって遊んでたはいつの間にか、ふわふわしたスカートの似合う花の香りに変わってしまっていた。
 花の香り。俺にとっては、香りみたいなものだ。実体がなくてつかめないのに、思い出に杭を刺していくもの。
「そうかな」
 最近はバレーボールもしてるし、前ほどじゃないよ。そういうつもりで言ったけれど、には伝わっていなかった。あいかわらず気の強い顔をして、不健全だよともう一度言った。床に散らばっているのは新作のゲームと、先月発売された漫画の新巻。だってこれ、俺の部屋から借りて読んでるくせに、よく言うよ。
「たまには外に出ようよ」
「……なんで」
「体に悪いから」
 だってこんなに天気がいいよ。が指さした窓の外には、晴れた空と太陽があった。まぶしい。まだ午前中だし、俺、起きたばっかりなんだけど。
 の肌はすこしだけ日焼けしていて、健康的だった。やっぱり不健全とは、正反対のところにいる。俺とは違ってアクティブだし、女の子っぽいのも分かるけど、たまにクロみたいにかっこいいところがあるのだ。たぶん俺より、ずっとかっこいいよ。昔からそう思ってきたけれど。
「久しぶりにね」
 ベッドを出て、床に座っていた俺の前に、は正座する。
「いっしょに遊びに行こう」
 花の香り。すこし甘くてくせになる匂い。やっぱりは、俺よりずっとかっこいい。ぱあっと笑った顔はこんなに可愛いのに、いつも俺の腕をひっぱって、知らないところに連れ出してくれるから。ほら、健全でしょって、太陽の下ではけらけら笑うけど、は何にも知らないかもしれないけど、もう健全ではいられないんだよ、俺たち、さあ。
「どこまで行くの?」
「うーん。公園のとなりの、アイス屋さんまで」
 花の香り。思い出に杭を刺していくもの。俺の前を歩いていくを見て、もうこんなに好きなのだと、気がついた。




ぼくの道標はこちら (140701)























 俺がモテモテなところ見せてあげようと思って、試合観戦に連れてきた。インターハイ始まったのはいいけど、こういう風に他校の試合を見学しに行かされるのは嫌いだなあ。まず面倒。次に退屈。興味そそられるのって言ったら、烏野の試合くらいかな。そんなときの暇つぶしにもなるし、やっぱり俺の人気っぷりを見せてあげるいいチャンスだと思って、暇していたちゃんを無理やり着いて来させたのだ。ちゃんは俺のとなりに座って、きょろきょろと体育館を見回している。
ちゃんってあんまり、高校バレー詳しくないよね」
 遠慮もせずうん、と頷くのは、俺に気を使ってない証って感じがするなあ。他の部員のほうが俺とちゃんのふたりに気を使っちゃってて、なんか面白いよ。
「徹ちゃんの試合しか見ないから」
「そっかー。俺って結構、すごいやつなんだよ?」
「それは知ってる」
 なんとなく、と付け足したちゃんは目の前の試合にどんどん夢中になって、ボールの動きを一生懸命目で追っていた。名前も知らないような弱小高同士だけど、ちゃんには新鮮ですごく見えるのかな。でも俺のほうがずっと上手いし、かっこいいはずなのに。いったい誰にそんなに夢中になってんの、ちゃん。隣にいる俺のことは見てくれないのにさ。
「これ、さっき女の子にもらったお菓子」
 可愛いピンクのラッピング袋の中には、小さなクッキーがたくさん詰まっている。いいでしょ。俺、手作りのお菓子って好きなんだ。一つひとつ形が違うのも、手作りならではって感じがしていいよね。がさがさと袋を開けてつまみ出すと、ちゃんは「可愛いね」なんてすっとぼけたことを言って笑うから、俺は不満でついちゃんの口にクッキーを押し込んでやった。
「女の子にもらったんだよ」
「ん。……徹ちゃんって、やっぱりモテるんだ」
「まあねえ」
 そうそう、そういう反応だよ。俺が待ってるの。見知らぬ他校生に声かけられてる俺を見て、嫉妬したりとか。ないの?
「わたしもお菓子作ろうかな」
 バレーボールの形をしたクッキーをつまんで、すごいなあ、と呟いてもう一口ぱくりとかじりつく。俺に作ってくれるってこと?期待して覗き込めば、分かっていたみたいに、ちゃんはぷっと吹き出して笑った。あれ、もしかして俺、分かりやすすぎたかな。ちゃんがあんまり笑うから、なんだか恥ずかしくなってしまった。
「ちゃんと徹ちゃんのために作るよ」
 ……そんな風にニコニコ笑うなよ。期待しすぎて、待ちきれなくなっちゃうじゃん。誤魔化すようにクッキーを口に放り込んで、頬が赤いのを見られないようにそっぽを向いた。やっぱり手作りのクッキーって美味しいよね。俺、好きなんだ。だからちゃんにも作ってほしいんだよ。そして俺の試合、応援に来て、俺だけを見てくれればいいの。




ぼくの恋はこちら (140715)























 徹ちゃんは我儘で、不機嫌なのがすぐ顔に出る。
 岩泉くんは、今までチヤホヤ甘やかされてきたから加減を知らないのだと言った。おまえのせいだぞと小突かれてしまったけれど、わたしは別に徹ちゃんを甘やかしてきたつもりはない。たしかに我儘で、突拍子もなくて、いつだってわたしの遠くで楽しそうに笑っているけれど、徹ちゃんが駆け寄ってきてくれるのは、いつもわたしのほうだから。甘やかされているのはきっとわたしの方なのだ。
「徹ちゃんは犬みたい」
 たまにね、しっぽ振ってるのが見えるよ。寝転がって漫画を読んでいた徹ちゃんは、うつぶせになってひじをついてこちらを見た。えー、俺、犬? と不満そうに嘆いて、読みかけの漫画を閉じる。
「なんで」
「気分屋なところとか?」
「気分屋って、むしろ猫じゃない?」
 違うなあ、なんていうんだろう。人の輪の中でわいわいしてるのに、そこからわたしに手を振ったり、抜けてきたりするでしょ。
「犬を飼ったらこんな感じかなあって」
 徹ちゃんの不満そうな表情は変わらない。でも、わたしにとって徹ちゃんって何だろう、って考えたときに一番にそう思ったのだ。高校に入ってから、少しだけ距離を感じてしまったけれど、それでも徹ちゃんはわたしを置いていったりしなかったから。ちゃん、って笑顔でそばに来てくれるのが、犬みたいで可愛いなあって思ったの。
「……そこまで分かってんのにさ、」
 急にがばっと立ち上がったから、おどろいた。徹ちゃんはわたしの前でもう一度しゃがんで、大きな手でわたしの両頬をつかまえる。かわいた手のひらは固くって、男の子だなあ、と思った。じっと目が合う。
「そういうこと言ってると噛みついちゃうよ」
 ゆっくり、距離が近づいて、触れている部分が妙に熱く、感じた。動けないでいるわたしの頬に、徹ちゃんのくちびるがちゅっとくっついて、すぐに離れていく。なぜか目が逸らせなかった。思わず触れた徹ちゃんの腕は、力強くて、やっぱり男の子なんだと思ってしまった。
「犬みたいでしょ」
 なに、それ。そっと離れていった手のひらが、床の上でわたしの手に重なる。徹ちゃん、近いよって顔を上げれば、恥ずかしそうにはにかむ徹ちゃんの頬が赤くなっているのが分かって、急に恥ずかしくなる。
「うん。……犬みたいで、可愛い」
 くすぐったくてそう笑えば、徹ちゃんは少しだけ不満そうだった。でも、本当だよ。徹ちゃんはずっと可愛くて、最近はちょっとだけ格好いいって、思ってる。
 本当はキスされるんじゃないかって、どきどきした。そう言えばきっと、何かが変わってしまうのだと、気がついたから。




ぼくの我儘はこちら (140730)























 おばさんに通されて部屋に行くと、ちゃんはベッドに寝転がってすやすや眠っていた。
 エアコンの効いた涼しい部屋で、パジャマみたいな部屋着を着て。テスト勉強の途中で眠くなったのか、机の上にはルーズリーフや教科書が散らばっている。今日は一緒に勉強しようって言ってあったのに、どうりで返事がないわけだよ。ちゃん、と声をかけてみても、一向に起きる気配はない。
「……おーい」
 ベッドに手をついて覗き込めば、ぎしり、軋んで、なんだか悪い事してるような気分になった。俺にやましい気持ちがあるのは、別に否定しないけど、寝込みを襲ったりなんてしないよ。もちろん。なんて言い聞かせるように見下ろした寝顔は、心地よさそうで、起こすのが少し申し訳なく感じてしまう。
 ちゃんの寝顔って、ちっちゃい子みたいだなあ。生気を感じないし、ほんとに生きてるのかな、って、心配になるっていうか。
「息してる、よね?」
 呼吸を確かめるように、指の背でちゃんのくちびるに触れる。エアコンのせいで少し乾いてる小さなそれ。ゆっくりしたリズムで呼吸を繰り返しているのを、たしかめて少し安心した。小さな寝息も、肌もちゃんと熱くって、ぞわり、粟立つ感触。
「……ん、」
「あ」
 眠たそうな瞳が開いた。何度かまたたきをして、俺を見つける。徹ちゃん、と寝ぼけた声でつぶやいて、ちゃんはのそのそと身体を起こした。
「……返事くれないから、来ちゃったよ」
 あれ。俺、なんかすっごい、ドキドキしてるけど。どうしよう。変な顔してないよね?
 ちゃんはぐっと身体を伸ばして、うんと背伸びをする。ごめんね、寝てた。そんな声すら、無防備で、なんか。
「徹ちゃん?」
 ベッドに投げ出された白い足に、手のひらで触れるとじわりと熱を持ちはじめる。熱いのは俺の手かな。それとも、ちゃんの脚かな。涼しい部屋のなかで、俺たちの存在だけが熱く、火照るように、汗をかいてる。
 ねえ、ちゃん、俺さ――――
「暑いよーもー」
「…………ですよねー」
 ぽいっと跳ね除けられた手の行先、ないよ。
 転がるようにベッドを降りたちゃんは、何でもない顔して、さっきの続きであろうプリントに向かい始める。あーもう、なんか最近、俺だめなんだよなあ。ちゃんの前で冷静でいられないみたいだ。第一そんな薄着でいるとか、聞いてないし、俺のことなんだと思ってるんだろう、この子。
「徹ちゃん、勉強しないの?」
 …………ちゃんのバカ。




ぼくの惑いはこちら (140803)























 教室のすみっこで、徹ちゃんは女の子と話していた。
 なんか、楽しそうだなあ。と思ったのは徹ちゃんが声を上げて笑っていたからかな。みんなの前にいるときのよそ行きの顔っていうわけでもなくって、自然な雰囲気だった。珍しいな。そういう顔してるほうが、格好つけてるときよりずっと格好いいって、徹ちゃんは分かってるのかな。分かってなさそう。


「あ、ちゃんじゃーん。俺に会いに来てくれたの?」
 女の子との話は終わったみたいで、徹ちゃんはふらっとわたしのほうにやってきた。
 わたしの前にいるときも、普通の徹ちゃん。大勢の女の子の前では、格好つけてる徹ちゃん。
「うん。徹ちゃん、さっき女の子話してたよね」
「……え、」
 徹ちゃんの顔色が変わった。真顔になった。わたしが見てるって気づいてなかったのかな。
「仲良い子なの?」
「あ……うん! あっでも、ただの友達だよ!?」
「そうなんだ。なんか、徹ちゃん楽しそうだったから……」
 わたしがそこまで言うと徹ちゃんは、片手で口を覆って、わああっと奇声を上げてうずくまった。な、なに!? 周りにいたクラスメイトも、廊下に居た女の子たちも、わたしたちを遠巻きに見ている。徹ちゃんを覗き込めば、しどろもどろな顔してすぐに目を逸らされた。
「やめて、見ないで! 俺を見ないで!!」
「な、なんで? どうしたの徹ちゃん?」
「はあー!? どうしたのじゃないよ! ちゃんが可愛いから!」
 言ってからハッとして、徹ちゃんの顔は真っ赤になった。
 か……可愛い? 目の前の徹ちゃんにつられて、わたしの顔も熱くなっていく。
「だって、今のって嫉妬でしょ?」
「嫉妬? って……わたしが?」
「へ……違うの?」
 俺が他の女の子と話してたから、嫉妬したってことじゃないの。


「ち、違うよ! そういうんじゃない!」
 徹ちゃんが変なこと言うから、なんか恥ずかしくなってきた! 教室の入り口だってことも忘れて、わたしと徹ちゃんはしゃがみながら言いあった。周りの人が見てるってことも忘れて、妙に嬉しそうな、興奮した顔してる徹ちゃんを押し返す。
「ただ、さっきみたいに普通の徹ちゃんのほうが、格好いいと思って」
「…………!」
 言ってからハッとした。さっきの徹ちゃんとおんなじように、顔が真っ赤になっていくのが自分でも分かる。
「ねえ、それ、やっぱり、可愛すぎるよ」
 顔を上げると、きっとわたしとおなじくらい真っ赤な顔をした徹ちゃんがいた。目が合ったら、なんだか無性に恥ずかしくなって。わたしたちはしゃがんだまま動けなくなる。何これ。何これ。こんなつもりじゃなかったのに、もう徹ちゃんの顔、まともに見れなくなってしまった。




ぼくらのきっかけがこちら (140825)






























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