がらすの屑を片づけて | 似鳥君の6つ上の姉 (140328)

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 うちの愛ちゃんがお世話になってます、と頭を下げたその人は、双子かなんかかと見間違うほど、愛に似ていた。
 もともと小柄な愛をさらにちっちゃくして、がりがりなのをもっと柔らかくして、周りに花を飛ばした感じ。くすんだグレーの髪質なんかまったく同じだ。愛の6つ上、だから俺の5つ上で、大学を卒業して今年社会人になったばかりだと聞いた。愛とは違って落ち着いた雰囲気とか、笑い方とか仕草とかどれをとっても、やっぱり大人のそれで、そのくせ若すぎる風貌にギャップがあって戸惑った。
 可愛いひとだな、というのが最初の印象。愛が大事に大事にしてる理由も、なんか、わかる気がする。

「松岡君、突然だったのにありがとう。どうしても愛ちゃんに渡したくて」
「いえ……別に。同室なんで」

 仕事の帰りに鮫柄に寄って、愛の世話を焼きに来るあたり、このひとも相当なブラコンなんだと思う。普通、高校生の弟のところに寄り道したりしないだろうし。周りから聞く『姉』の姿と、このひとはどうも一致しない。家の中で権力持ってるとか、弟をこき使うとか、そういうのがなさそうだと思った。まあ外見で判断してるにすぎないけど、どちらかと言うと、愛のわがままを笑って聞いていそうだし、たっぷり甘やかしてくれそうだし、むしろ二人とも頼りないから、何の解決もしなさそうだな、なんて失礼なことを考えたり。
 でも、このひとを見ていると、愛がどうして歪んでいないのか、何となくだけどわかる気がする。たぶん優しい姉なんだろうなあ。後輩の姉っていう未知の存在に、かすかな高揚を覚えつつも、それを通り越えて微笑ましさすらあるのだから、不思議だ。

「……もう帰るんすか」
「うん。あんまり顔出すと、愛ちゃんに嫌がられちゃうから」

 そんなのただの照れ隠し、だろうに。寮の玄関口でたった5分か10分やり取りしただけで、後ろ姿を見送るのが少し物寂しくなる。今まで数えるほどしか会話したことはないけれど、話すたびに優しい人柄とか、あったかい雰囲気に触れて、胸の奥に痛みのような、切なさが宿っていくのを、俺はたしかに感じていた。
 なんだよ、これ。相手は後輩の姉ちゃんだぞ。しかも6つも年上で、俺よりずっと大人で。

「じゃあね、松岡君。愛ちゃんをよろしく」

 けれど振り返ったその微笑みに見惚れて、やっぱり可愛いひとだ、と思ってしまうのを、止められなかった。



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 携帯の画面を見ながら呆ける。惚ける、という表現が正しいのかもしれない。
 連絡先、聞いた。一応なにかあったときのために、なんて呼び止めて。似鳥さん。なにかあったとき、ってどんなときだよ、とも思ったけど、同室の先輩だからって快く教えてくれたさんも、警戒心が薄いなあと思う。もしかしたらそれくらい俺のこと、信用してくれてるのかもしれない。いや、でもぼーっとしてるし、周りに花飛ばしてるし、愛と一緒で実は大雑把だっていうだけかもしれないけど。
 年上の女性と連絡を取り合ったことなんてないから何のアクションも起こせない。もやもやを打ち消すため、とりあえず腹筋する。っていうか何考えてんだ、俺、後輩の姉相手に……。はあ、とため息をついたその瞬間、二段ベッドの上で愛の携帯が鳴った。意味もなくどきっとして、耳をすませる。こんな風に愛に電話をかけてくる相手なんか、今はひとりしか――――。

「もしもし、姉さん? あのさっ、今日寮まで来てくれたって、凜先輩が……」

 ああ、やっぱり。高鳴った心臓をおして、聞き耳なんか立てねえ、と思いながらも、意識は上に集中してしまう。

「嬉しいけど、あんまり来ないでって……うん、でも……うん、分かってるよ」

 にしても電話の頻度、高すぎだろ。彼女かよ。まあ、あんな姉がいて、しかも自分のこと構って甘やかしてくれるんだから、甘えんのもしょうがない……かもしれない。まあ俺なら絶対しないけど。いや、でも江のことが心配って思うのとおんなじ感情なのか……?愛なんか頼りないし生活力ゼロだし、心配なのは分かるけど……。

「え……凜先輩? うん……分かった、言っとくよ」

 は? 俺? おもむろに出てきた自分のに、はっとして見上げる。二段ベッドの天上しか見えないけど、響いてくる声が気になって、気になってしょうがない。似鳥の姉ちゃん……さん、が俺のを出してくれたっていうのが、なんか、嬉しかった。やばいって、これ。後輩の姉ちゃんだろ、俺のバカ。だめだだめだと首を振っても、なかなかその面影は消えてくれない。
 俺、これ、完全にさんのこと、意識してる。



02 (140328)
















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「あーあ。姉さんの彼氏が凜先輩だったら、僕も安心なのに……」
「は!? な、何言ってんだよおまえ」
「姉さん今、会社の人に言い寄られてるらしいんです。だから心配だなって」

 はあ、と落ち込んだ様子で愛は机に突っ伏して、そんな気になることを言ってみせた。会社の人に言い寄られてる? まあ、あれだけ可愛かったら、男なんて放っておかないだろうし……年下の俺でさえこんな風に思ってるんだから、同期とか先輩とかだったら、もっと近寄りやすいんだろうと思う。シスコンの愛は、自分の姉の恋人ができるたび不満で、どんな相手でもいつも納得いかないらしい。
 そりゃあ今まで彼氏の一人やふたりいたんだろうけど、いざ、弟の口からそういうのを聞くと、やっぱり落ち込むな。別に最初から、あのひとのこと見てるのは俺だけ、なんて思ってなかったけど。5つも年上で、高校どころか大学だって卒業してる社会人だし、いる場所が、あまりにも遠すぎることなんて、最初から分かっていたことだ。

「姉さんも言ってるんですよ。凜先輩、素敵だって」
「な……!?」
「僕に見る目あるって言ってくれるんです! やっぱり感性が一緒なんですよ、僕と姉さん!」

 ……そういう言い方されると、もしかしてさんも愛みたいに、きゃっきゃしたりはしゃいだりするのか……?なんて一抹の妄想がよぎる。愛が俺に騒ぐように、にこにこ笑って犬みたいに尻尾振ったりするのかな……、もしかしたら俺に、なんて。ああ、自分で考えて、自分で恥ずかしくなる。
 でもそんな姿を想像したら、すっげー嬉しい、し、かわいい……と思う。

「凜先輩、姉さんのこと、どう思います?」

 俺は…………。言葉を探して、無性に恥ずかしくなったから、思わずそっけない返事をしてベッドに倒れこんだ。



03 (140328)
















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「よかった、松岡君いた」

 室内プールは寮と校舎のあいだにあって、その道の途中で、聞きおぼえのある声がして振り返った。
 忘れるわけない、高くてきれいな声。喋り方が愛とそっくりで、少しのんびりした優しい声。

さん?」

 長めのスカートをひるがえしながら、ぱたぱたと駆け寄ってくる。その姿はやっぱり、尻尾を振る子犬みたいにも見えた。愛があんなこと言うから、前よりずっと意識してしまっている。顔を見たのは数週間ぶりだけど、どうしてか前よりもっと可愛く見えてしまう。このひと、こんなに可愛かったっけ。愛に似てるけど、愛の姉だって忘れるくらい、一人の女性としてきれいだ、と思う。

「また、これ、愛ちゃんに渡してほしいの」
「ああ……いいっすよ」
「それとこれは、松岡君の分」

 マフィン焼いたから、と小さなラッピング袋を取り出して、よかったら食べてね、と首を傾げた。おどろいて、言葉を忘れた。さん手作りのお菓子。俺に? 愛だけじゃなくて、俺の分、まで。

「どうも……」

 我ながら気の利かない返事だ、と思ったけどしょうがなかった。これ以上何も言えなかった。顔、赤くなってないか心配でつい、隠すように頬を掻く。
 じゃあねとすぐに帰ろうとするさんが、名残惜しくて、とっさに呼び止めた。別に話したいことがあったわけじゃない。振り返って、俺を見上げるさんを見て、この気持ちはただの憧れなんじゃないか、って不安に思いもした。でも俺の中で、さんの存在は少しずつ大きくなって、きっとこのまま、止まらずに想いが膨らんでいくのだと思う。

「あの、今、言い寄られて困ってるって、愛が」
「え? ああ、会社のひとの話かな?」

 恥ずかしそうにさんは笑って、大丈夫だよと大人の顔で笑ってみせる。遠ざけられてるみたいで、少し、傷ついた。やっぱり俺じゃ、さんの隣には立てない、んだろうか。

「…………俺にできること、あれば」
「松岡君?」
「いつでも頼ってください。さん、放っとけないから」

 年下の俺みたいな男に、無防備な表情みせるところとか、優しくするところとか。軽々しくそういう顔しちゃいけないって、大人のくせに分かってないところとか。放っとけないんだ。困ったときに頼るのが、俺であればいい、なんて背伸びしたこと考えて、恥ずかしくなってうつむくけど、さんは茶化さずにうなづいてくれた。

「ありがとう」

 その笑顔、やっぱり、ずるい。



04 (140328)
















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 岩鳶に遊びに行った帰りの電車で、予想外のひとに会った。さん。会社帰りのようで、スーツにジャケットを羽織って、いつも下している髪をひとつに束ねている。こうして見ると別人みたいだ。いつもと違ってかっちりした装いに胸が鳴ったけれど、その隣にはスーツの男が座っていて、なんだか見てはいけないものを見てしまったような、妙にがっかりした気持ちになる。
 並んでいるふたりは見ていてしっくりくる、お似合いの姿だと、思った。さんはやっぱり大人なのだ。

 声をかけられなかったのは、どうしようもなく引け目を感じたからで、スポーツバッグを背負って塩素のにおいをさせている俺は、背伸びのしようもない子供だった。窓の外に見える景色は、ただただ流れていく。少し前のほうに座ってるふたりの話し声や、笑い声が、無性に楽しげで悔しい。

 つい舌打ちをする。早く降りていなくなれ、と思っていたのに、ふたりと俺の降りる駅は同じだった。

「松岡君!」

 気づかれないうちに帰ろうと思っていたのに、俺を呼び止めたのはさんだった。やっぱり予想してなくて、うろたえながら振り返る。

「やっぱり、松岡君だ。ふふ」
「……どうも」
「似鳥さん、もしかして、この子のこと? まだ高校生くらいじゃ……」

 すすっと近寄ってきたさんは、俺の腕に触れるくらいに寄り添った。さんの手が触れて、ついどきっとする。ちいさいさんの頭がすぐ近くにある。目の前のスーツの男はいぶかしんだ顔で俺を見て、文句を言いたげに言葉を濁らせた。

「うん。でも、すごく素敵な男の子だから」

 帰ろう、と俺の腕を引いて、さんは歩き出す。何が起こっているのか分からなくて、俺はスーツの男とさんを交互に見ながら、引かれるようにさんについて行った。帰ろう、って、どこに。「ちょっと、」後ろからスーツの男が、俺たちを見送りながら切羽詰まった声を上げていた。

「ごめんね、松岡君。良いところで会ったから、利用しちゃった」
「あ……もしかして今のやつが?」
「うん。頼れ、って松岡君が言ってくれたの、思い出して」

 ちょっと違ったけどね、と申し訳なさそうにさんは笑う。まだ手が、触れている。俺の前を歩くさんは前ばかり見ているから、どんな表情をしているのか、分からない。けど少し照れているのかもしれなかった。街灯の明かりに照らされて、さんの頬がオレンジ色に染まっているのが、見えたから。

「自分でもばかみたいだなって思うけど、本当に嬉しかったの」

 年上だけど、年上じゃないみたいだ。ちいさくて可愛くて、こうやって笑うところとか、幼くて。

「松岡君が素敵な男の子だって思ってるのは、本当だよ」

 振り返ってそんなことを言うさんを、気づけば抱きしめていた。肩が細くて、華奢で、やっぱり年上じゃないみたいだ、と思う。年なんて関係ないんだ。愛の姉だっていうことも、たぶん関係ない。出会うきっかけはそれだったけど、今はもうそんなこと、どうでもいい。

「俺、ずっと勘違いしてます。さんが……いつか俺のこと見てくれるんじゃないかって」
「松岡君…………」
「俺はまだガキだし、何もできねーけど。でも、さん見てると、放っとけないんだ。俺のそばにいてほしい、って、思う」

 だから、ゆっくりでいいから、俺のこと考えてください。
 子供のわがままみたいなそれを、さんは黙って聞いてくれた。ちいさく頷いて、不意に「凜君」と、俺の名前を呼ぶ。俺の胸にひたいを預けたその横顔は、大人のくせにちっぽけで、弱くて、大事に守ってあげなきゃならないものだ、と思って、いとおしくなった。  さんのことが、俺は、好きだ。

「やっぱり、凜君は素敵な男の子だね」

 大人で、だけどかわいくて。花のとんだ明るい笑顔から、もう目が離せなくなってしまう。


05 (140328)
















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 同じ年くらいのかわいい子が、きっと傍に現れるんじゃない?
 さんが帰り際になだめるように言ったその言葉が、忘れられなかった。俺の告白、相手にされてないのか、ってショックもあったし、さんは俺が年下だっていうことを気にしてるんだと気がついて。
 しがらみがあるのは分かる。さんは大人だし、俺みたいなガキと付き合ったってつまんないのかもしんないけど。

「…………くそ」

 似たような顔してるけど、愛は愛だ。さんじゃない。目の前できょとんとした愛を見て、なんかやるせなくなる。これが、さんのほうだったら……なんてバカみたいなこと考えて、ため息が出た。これだから男子寮での生活は、味気ないし、華もないし、溜まるものだけ溜まってくっていうか……。

「? どうしたんですか、凜先輩?」
「なんでもねーよ、いいから寝ろ」

 風呂上りで濡れた髪を吹きながら、愛が「気になるじゃないですかあ」と食いついてくる。うっとおしい犬っころみてえ、と思っていたけど、今はさんが重なるせいであまり邪険にも出来ない。さんの弟だし。さん、愛のことめちゃくちゃ大事にしてるし、…………それもなんか、悔しいけど。

「うるせー」

 突っぱねると愛はしぶしぶ引き下がって、ぱかっと携帯を開いた。またメールチェック、姉さん姉さん、か……?さん、俺には連絡くれねーのに。もやもや、煙たい感情が胸の奥でくすぶっている。幸せそうな姉弟でなによりだ。愛のことを話しているとき、さんは嬉しそうだし、俺に愛のことを聞いて幸せそうな顔で笑っているのを見るのは、俺も、好きだ。でも、やりきれない気持ちも確かにある。
 だあ、もう、実の弟に嫉妬とか俺、ばかじゃねーの……。

「…………お前の姉ちゃん、俺にくれよ」
「え? なんですか、凜先輩?」
「なんでもねえ!」

 さんを俺のものにしたい、なんてこいつに面と向かって言えるはずもなく、ばたんと寝転がった。



06 (140328)
















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 練習がオフだってことを愛から聞いていたのか、日曜日の昼に駅前に来て、とさんから連絡が入った。
 いきなりのデートの取り付けに俺はもちろん大喜びで、にやけを隠すのに必死だった。俺がそわそわしているのを愛は始終不思議がって、どこ行くんですか、何するんですかとちょこまかついてきたけれど、うるせえと一喝して巻いてきた。初めてさんから来たメール。初めての誘い。浮かれる中学生みたいな気持ちで駅まで行くと、水色のワンピースを着たさんが俺に手を振っていた。

「おはよう。突然ごめんね」
「いや、全然平気です。……むしろ、嬉しかったし」

 そっか、と微笑むさんは、髪を下していて前よりも少し幼く見える。
 ご飯でも食べようと言って連れて行ってくれた店は、路地裏のお洒落なイタリアンで、さんのお気に入りらしい。そんな場所に連れて行ってくれたのが嬉しかった。さんのすること全部に、一喜一憂してる自分がいて、恥ずかしくなるけどそれほど意識してるんだ、と思う。
 本当はさんにも、それくらい俺のこと考えて欲しいって、思ってる。

「前も言ったけどね」

 食後にアイスティをかき混ぜながら、さんはうつむきがちに呟く。

「凜君かっこいいし、わたしみたいな年上じゃなくて、もっといい子いると思うんだ」

 大人びたその物言いはやたら落ち着いて見えた。なだめすかすみたいな、余裕のある笑み。やっぱ、だめか、と思って胸が苦しくなる。さんに俺は勿体ない、というか、あまりに子供すぎて、俺が追いつけないんだ。きっと、この先ずっとそうだ。さんとの距離が急に遠く感じた。ぬるいプールに揺蕩っているような、現実感のなさに目の前が揺れる。

「凜君が思ってるほど、大人のお姉さんじゃないよ?」
「…………それなら、好都合です。さん、遠いから、もっと近づきたい」

 ぐっと身を乗り出すと、さんはちょっとだけ面喰った顔をした。きょとんとしたその顔、やっぱり雰囲気が愛と似てる。だけどどうしようもないくらいかわいくて、やっぱり好きだ、と思う。子供だって決めつけないで俺を見て。ガキ丸出しのそんなせりふが口から出て行って、さんはきらきらした瞳を一度大きく瞬かせた。

「俺はさんが好きです」

 目を見て、そう言えば、かあっと赤くなった頬をさんは隠そうとする。照れてるところ、初めて見た。全然大人みたいじゃなくて、かわいい。もっと近くに行きたいと思った。埋められない5年分があるなら、その分もっと傍にいたい、って。



07 (140328)
















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 ぼーっとする俺を愛が小突く。凜先輩、どうしたんですか?具合でも悪いんですか?呑気な声にいらっとしたけど、呼んでとりあえず正座させる。訳の分かってない愛はぽかんとして、怒られるのかとびくびくしている。違う、怒るんじゃない。俺は決めたんだ。

「お前の姉ちゃん、さん、いるだろ」
「え? あ、はい。姉さんがなにか……」
さんは俺が幸せにするから」

 心配すんな。ついに言い切った。愛は間抜け面で口を開けたまま、へ、と放心している。

「えっ……ええっ!? えっ、そ、それってどういう……、凜先輩!?」
「どうもこうも、決めたんだよ。だから絶対そうする。してみせる」

 まだ付き合えたわけじゃないけど。でもさんは俺の気持ち、分かって受け入れてくれたし、あとは心の準備なんだと思う。そんくらいなら、待つ。全然待つ。何か月かかっても、何年かかってもいいから、俺が大人になって追いつくまで、待っててほしい。絶対、釣り合うような男になってみせる。さんの笑顔とか、弱いところとか、全部守れるような男に。

「そ、そそそんな、僕、全然知らなかったです……! ううっ……!」
「は?! な、泣くなよばか、なんだよ、俺じゃだめかよ……!」
「違いますっ! 僕、ほんとに凜先輩ならいいなって思ってて……! 安心して姉さん、任せられるからっ……!」

 ずるずる鼻をすすった愛は、姉さんをよろしくおねがいします、と言ってぺこっと頭を下げた。こいつほんと、姉ちゃんのこと好きなんだなあ。でもさんも、愛に彼女ができたとかってなったら、泣いて喜びそうだなと思った。少し寂しいけど嬉しいねって、笑って……。ああ、愛もそういう気持ち、かな。なんかさんのことが少しわかった感じがして、嬉しい。愛のことも、さんの大切にしてる弟だし、もう少し大事にしてやるか、とちょっとだけ思った。

「任せとけ」

 愛の頭にぽんと手を置いて、ふっと笑う。覚悟は決めた。あとはあのひとを、手に入れるだけだ。



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「あれ、携帯どこだろ」

 がさごそ自分のバッグを漁るその姿、今まで何度見たことか。ものを無くすのはしょっちゅうだし、一日連絡取れないときなんかはこうやって携帯を無くしているときがほとんどだ。返事がないから心配してれば、「家に置きっぱなしだった」なんてけろっとしたメッセージが夜に届くのだ。さんはもっと注意深くなったほうがいい、と思う。さっきも買ったばっかりの切符、どこにしまったか分からなくなって焦ってたし。

「たぶん内側のポケット」

 バッグの中を探させると案の定、普通に出てきた。さんは良かったーなんて言って笑ってて、その笑顔が可愛くてやっぱり許してしまうけど。
 俺が傍にいないとき、この人どうしてるんだろうって心配になる。

「もっと気をつけてくださいよ」
「うん、ごめん。無くしすぎだよね」
「……分かってるならいいけど」

 あまり悪びれる様子はないけど、さんはちょっと気にしてるんだと思う。唇をこうやってきゅって結ぶときは、ちょっと申し訳ないなって思ってるとき。よく見る顔だから分かってきた。デートのたびに同じこと繰り返してるんだから当たり前かもしれないけど、その世話を焼くのも実は、嫌いじゃなかったりする。馬鹿みてえ。さんの子供っぽいところ見て喜んでるとか、俺の方がよっぽどガキっぽいっての。

「凜君といると油断しちゃうんだよね」

 ……手を繋ぎなおしながら、さんはぽろっとそんなことを言った。
 恥ずかしそうに笑うその表情にぎくりとして、心臓が止まりそうになる。何それ、なんだよそれ、くそ。

「…………ずりい」

 やっぱりしてやられるのは俺なんだ。きっと俺がそういうこと言われると喜ぶって、分かってやってる。このひとほんと、ずるいなあ。物を無くすところだって、注意力散漫なところだって、ただのさんの可愛いところなのに、さらに可愛いこと言うとか本当、ずるい。
 わざとだろ、ってその頬でも抓んでやりたいけど、さんに限ってそんなことないんだろうな。ため息をついて手を握りなおして、ごまかすようにその手をぐいっと引っ張れば、嬉しそうに笑う声が聞こえてきて頬が熱くなった。



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