飛べない小鳥の唄





 ヘリペリデス・ファイナンス本社での定例会議は毎週火曜日に行われている。
 『折紙サイクロン』として第一部でヒーロー業に就いている僕は、毎週それに呼ばれては1週間の結果とその総評、反省、来週の目標や課題などについてCEOやマネージャーとお話合いをしながら、今後の方針を決めていくのだ。とても大事な会議であることは分かっているけれど、見切れ方が甘かっただとかカメラに抜かれる回数が少なかっただとか、そういうミスを指摘されてくどくどとお説教をされるのは、正直耳の痛い話でもある。
 第一部という一線で働くようになったけれど、ランキングは下位をキープしているのが常だし、ヒーローカードの売上も横ばいで、僕より後に出てきたバーナビーさんにだってあっさりと抜かれてしまった。僕は『見切れヒーロー』だから、その結果はある意味で正解なのかもしれないけれど……たまには画面のど真ん中に抜かれてヒーローインタビューを受けてみたい、と思ったりもするのだ。
 特に、最後の最後で逆転されてしまったときなんかによくそう思う。毎回じゃなくて――――たまにでいい。結局のところ僕は見切れているのが似合うと自分でも思っているし、『ニンジャ』を意識したヒーローとして今のやり方が一番しっくり来ると言うのも分かっているから。


 『折紙サイクロン』としてこのヘリペリデス・ファイナンスの名前を背負って戦えることは僕の誇りだ。最近はようやくNEXTの能力を自分の中で受け止められるようになって、ヒーロー業が楽しくなってきた。僕に期待をして、一生懸命になってくれるCEOやマネージャー、他の社員さんを喜ばせるためにも、もっともっと活躍して、もっともっとヒーローでいたい――――そう思えるようになっただけ、我ながら大きな成長をしたと思う。
 とはいえそのCEOたちには今日もダメ出しをされてしまったし、ヒーローとしての課題は山積みのようだ。まずはもっと自信を持つこと……身体を鍛えること。毎日トレーニングをして、すこしは身体が逞しくなってきたと思っていたけれど、マネージャーに言わせれば僕はまだまだらしい。――とは言えマネージャーはロックバイソンが好きなだけだから、間に受けたってしょうがないとは思うけれど(僕はどう頑張ってもロックバイソンのような身体にはなれない気がするから)。 


 火曜日のお昼過ぎ、今日もヘリペリ本社で定例会議がある。僕はいつも通りヘリペリデス・ビル1階のエレベーターに乗って、37階のボタンを押して……ヒーロー事業部のあるフロアに着くのをじっと待っている。
 このフロアはヒーロー事業部の隣に商品部があって、エレベーターを利用する営業の人たちとよくすれ違う。その中には珍しく日本人社員のすがたがあって、マネージャーが気を使って彼女――――さんと話す機会を設けてくれたことがあった。
 それだと言うのに僕は元来の口下手と、人見知りを発揮してうまく話すことができなかった。僕はそのことをひどく後悔しているのだ。彼女は明るく朗らかなタイプで、僕のどんな話にも楽しげに付き合ってくれたし、もっともっと色んな話を聞いてみたかったのに、緊張をしてうまく接点を作ることが出来なかったから。

 ――――あのときもっとちゃんと話をしていたら、そのあとにだって彼女から日本の話を聞くことができたかもしれないのに。毎週火曜日、此処に来て彼女のすがたを見るたびに僕はそんなことを思って、もやもやと胸の内を曇らせる。ヒーロー事業部は『折紙サイクロン』のデザインに合わせたモチーフの物がたくさん置いてあって、商品化するのにも日本人である彼女が色々とアドバイスをしてくれるのだと、社長が言っていたこともあったっけ……。

 そんなことを考えてぼうっとしているあいだにエレベータのドアが開いた。急に明るく開けた視界に目を細めれば、目の前に女性が立っている。あ――すこし睨んだみたいになってしまった。慌てて「すいません」と呟けば、そこにいたのは今ちょうど考えていた、さんその人だった。


「……お、おはようございます……。」
「お、おはようございます……!」


 さんは僕を見てすごくびっくりした顔をしている。毎週ここに来ているのに、そんなに驚かせてしまったんだろうか……それとも睨んでしまったから、萎縮させてしまったのだろうか。僕は肌や目の色から、他人には冷たい印象を与えがちだといつか友人に言われたことを思い出す。
 そういえばこの前もこの辺りで鉢合わせて、足元をよろけさせたさんのことを支えたことがあった。あのときはとっさに彼女に手を伸ばしていて、転ばないように支える……なんて大胆なことをやってしまったのだ。もしかしてあれのせいで、彼女に怖いとかって思われているのかもしれない。日本人の女性は貞淑なイメージがあるし、距離間の近い人間が苦手だという話を聞いたこともある。
 ……この数秒間で僕は色々なことを考えて悶々としていたのだけれど、さんはうつむいたまま「あの」と、僕に声をかけてくれた。


「今日の会議、わたしも参加するんです。よろしくお願いします……。」
「あ……そうなんですか。よろしくお願いします……。」


 ふと目が合ったとき彼女は、よく分からないままに頬を赤く染めて、勢いよく頭を下げてそのままエレベータに飛び乗ってしまった。振り返ったときにはもうドアが閉まっていた。ああ、速い、まるでニンジャみたい。
 さんはいつもオフィスで働く女性、っていう感じの華やかな格好をしているけれど、見た目からはその年齢が想像できない。女性に年齢を聞くのは失礼だと思って聞けなかったけれど、一体いくつなんだろう……日本人は若く見えるから、最初に出会ったときは僕とおなじくらいだと思っていたけれど、もしかしたらもうすこしお姉さんかもしれない……。
 つくづく日本人にはミステリアスなひとが多いと思う。何を思っているのかあまり読み取れないし、照れた顔や笑った顔が奥ゆかしくって魅力的だと思う。


 僕はさんが去ったあとのエレベータを見つめたまま動けなくなってしまった。今日の会議にはさんが参加する。今まで微妙な距離間のまま接してきたけれど、もしかするともうすこしは距離を縮めて、気軽にお話できるような間柄になれるだろうか。――僕は珍しくそんなことを考えて、胸が高鳴るのを感じていた。
 日本人だから――というよりは、きっとさんのことが気になるのだと思う。僕と話すときにだけ、緊張している様子を見せるのはどうしてだろう。話かければうろたえて、身構えられるのはどうしてだろう。僕はもっとお話をしたいのに……、よそよそしく避けられてしまうのはどうしてだろう。そうやって一つが気になってしまえば、二つ三つと色々なことを意識してしまう。
 最初に話したときのように、明るく朗らかに笑ってほしい……なんて、彼女のすがたを遠目に見かけるたびに思っていたのだ。







 会議の時間にマネージャーとミーティングルームで待っていれば、商品開発部リーダーのマーティスさんに連れられてさんがやって来た。今日は新しいヒーロー関連商品のデザインを選んだり、今後のコンセプトなんかを話し合うと聞かされていたけれど、これがさんが関わっている案件だということは、さっき彼女に言われるまで聞いていなかったのだ。
 仕事のファイルをぱらぱらとめくって、予算案やマーケティング方針などをてきぱきと説明してくれるさんは、見た目のイメージ通り「働く女性」っていう感じで、華やかで活き活きとしていて、思わず見惚れてしまった。自分の仕事に誇りを持って働いているそのすがたが、純粋に格好良いなあと思ったのだ。
 さんは『折紙サイクロン』を心から愛してくれている。こんなにも一生懸命になって仕事をしてくれている、そう思えば僕のほうが照れくさくなったし、嬉しくて胸が熱くなった。こうやって僕を応援してくれている、さんのような社員さんのために――――僕も頑張らなきゃって思ったのだ。

 会議中に目が合えば、やっぱり弾かれたようにさんはパッと逸らしてしまう。だけど前と違うのは、さんがもう一度僕と視線を合わせてくれることだ。新しい商品のことを一緒に話し合って、すこしずつ距離を縮めて……前よりもずっと僕のことをまっすぐ見てくれる、ようになったと思う。僕もまた、前のような後悔をしないくらいには、うまく話せていた気がした。


 会議が終わって、率先してミーティングルームの後片付けを始めていたさんにそっと近づく。あまり驚かせないように、怖いと思われないように、僕は一生懸命顔を上げて彼女の瞳を見つめる。――ああ、たしか日本人はあまり近くで目を見て話すのは、好きじゃないって言っていたっけ。そんなことを思いもしたけれど、僕はそうせずにはいられなかった。


「あの……もし良ければ、また日本のこと、お話してください……。」
「は、はい! わたしで良ければ……!」


 ああ、やっぱりさんの、笑った顔、僕――――好きかもしれない。なんて口に出して言えそうにはないけれど、明るく朗らかに頬を緩ませた彼女を見て、僕ははっきりとそう思ったのだ。




(150910) かわいいひと



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